第45話 奏太
「俺さ、中学の時に好きな人いたんだよね」
「好きな人、ですか」
「そう、好きな人」
自分の過去の事を話し始めると同時に、体が震えているのが分かる。唾を飲み込むと、喉が鳴る音がいつもの数倍大きく聞こえる。
「今思い返せば何で好きになったのかも分からないのに、その時は何故か好きになってしまったんだ」
中学生というと、まだまだ精神的に年齢も低く、思春期という事もあり女性との接触を意識し出す頃。
奏太も思春期真っ最中だったので、自分に優しくしてくれる女性には意識してしまっていた。
それが好きという感情なのかは分からないが、当時の奏太はそう認識していた。
「そん時の俺は馬鹿だからよ。こっちが好きになったら、相手も俺の事を好きなんだと思い込んでた」
「はい…」
琴葉は顔色ひとつ変えることなく、真摯に奏太の言葉を受け止める。
「俺にだけ明るくしてくれて、優しく接してくれる。いつも笑顔で話しかけてくれてさ、そりゃ嫌でも意識しちまう」
「それはしてしまいますね」
「だからさ、ありえもしないのに、その子に告白しちまったんだよ」
今でも忘れる事なく脳内に流れる。あの時の言葉と表情は多分消えることは無い。
道端に座り込むほどにダメージを負わされた言葉を、忘れる人間はいない。悲しい記憶だけはいつまで経っても消えないのが、人間の
「……それで、どうなったんです?」
「惨めながらも、迷う事なくフラれたよ。しかも、最悪の理由だった」
ただフラれて失恋した、だったならここまで落ち込む事はなかった。奏太にとって、心を傷つかされたのはその理由のせいだった。
「どんな理由だったんです?」
「………ゲームだったらしい」
「ゲーム?」
口に出すだけでも、苛立ちと自分の愚かさを感じる。
「………相手に告白させた方が勝ちってゲームを一部の女子達がやってたんだ」
まんまと策略に乗ってしまった悔しさと、自分の恋心を踏み躙られた感覚が、奏太にとっては耐えられない物だった。
それこそ、1人崩れ落ちる程度には…。
「そして、ゲームだって事を打ち明けられた後にさ、『別にあんたの事なんて最初から何とも思ってなかったのよ。勝ちやすそうだったから選んだだけ』の一言だ」
「そんな酷い……」
「本当俺って馬鹿だよな」
一つの感情に振り回されて、周りを見れていなかったのがよく分かる。おそらくだが、裏で笑いものにされていたのだろう。
そう想像しただけで、心が痛かった。
今では笑い話のように話しているが、奏太の顔は笑えていない。それでも、人に打ち明けられただけで、肩の重荷が少し降りた気がする。
「琴葉に比べたら屁でもない悩みだけど、引きずっちまったな」
「奏太くん、それは違いますよ?」
体をこちらに向け、真っ直ぐに光の通った美しい瞳が奏太の視界に入る。
「人の悩みにレベルをつけるべきではないです。奏太くんは奏太くんで傷ついた。私とは比べないで、それでいいじゃないですか」
琴葉の言う通り、奏太の発言は失言だった。人がどれほど傷ついて、どれほど落ち込んだかなんて本人にしか分からない。
それに勝手にランク付けをしてしまうのは、間違った行為だ。
「ごめん。人の悩みに上も下もないよな」
「いえ、ご自身の辛い話をされているのに私を気遣ってくれているのは分かっています」
寛大な琴葉は、奏太の失言を許してくれた。
「それに、それで傷つかない方がおかしいです」
「まぁ、日菜さんに出会って多少は楽になったよ」
その時に色々と話を聞いてもらったのが、当時高校3年生の日菜さんというわけだ。そのおかげで、今立ち直れるくらいには元気になった。
もちろん、相談したからといって全てが解決したわけではない。現にこうして琴葉に情けない姿を見抜かれてしまっている。
「そんな事もあってさ、俺は琴葉が凄いと思うんだ」
「私がですか?」
「……今楽しく生きようとしてるだろ?そんな姿に俺は尊敬していた」
日が経った今でも、ずるずると引っ張っている奏太からすると、見違える成長ぶりに驚かされる。
「………私がそういう風に変われたのは奏太くんのおかげですよ?」
「俺の?」
奏太にはその言葉がうまく響かなかった。自分と同じ過去を持っている琴葉に勝手に同情しただけで、特別何かしたわけでもない。
「奏太くんは、まだ過去に引っ張られてると思っているのかもしませんが、私はその奏太くんの一言一言に心を動かされました」
看病に食事、それに会話。どれもかしこも普通の友人間でなら気にする事なく行われる日常。
奏太はそれを共に過ごしただけだ。その際に琴葉に明るくなってほしいと願ってはいた。
「それでも奏太くんが、まだ過去に嫌気がさすなら、その人達にこう言ってやればいいんです」
琴葉は突然大きく息を吸う。そして、言葉を発した。
「バーーーーカ!!!って」
満足気に言ってやった感を出している琴葉は、周囲の視線を感じて顔を赤らめた。
日菜さんとは違う言葉には、一切の説得力もない。なのに、琴葉が言うと不思議と力をもらえる気がする。
(そんな簡単な事だったか?)
そう疑うくらいには、元気を取り戻していた。
「そもそも奏太くんは悪くないですし、悪いのはその女の人達です」
「俺ももう少し周りを見れたなら、こんな事にはならなかったよな」
思い返せば後悔しか出てこないのが、悩みという物だ。それを解決する方法は、琴葉の言う通り、一発ガンとかました方が良いのかもしれない。
いや、本当は初めからそのつもりだったのだ。奏太が嫌な思い出がある地元に1人残ろうと決意したのも、いい加減に終止符をつけると決めていたからだ。
「奏太くん、」
「何だ?」
琴葉の方を振り向くと、琴葉の細い手が後頭部まで回り、そのまま頭に手を当てた。
状況を理解する間もなく、頭は引き寄せられ、琴葉の胸の辺りに押し付けられた。
「たくさん助けてもらったので、今度は私が奏太くんの力になります」
良い匂いやら、胸の柔らかさに心地よさを感じる。そこに決して下心はなく、純粋に癒される。
そこから離れたく無いと思うくらいには、堕落させられた。
「たまには休んでください。奏太くんにも嫌で悲しい過去はあると思います。でも、今くらいはそれを忘れてください」
ここにいると何も考える気がなくなるし、シャツ越しの人肌の温かさを直に感じられる。
(駄目にされる)
そう思っても、ここから抜け出す気にはならなかった。
「可愛い…」
琴葉のその発言を聞き取る事なく、奏太は眠りに落ちてしまった。
-----あとがき-----
・琴葉ちゃん、突然の母性の目覚め!?なにこれ、こんなに甘くて優しかったの?私もびっくりですよ。
ちょっとやりすぎた感ありますね……。まぁいいか。
ここで2話の「俺もどこか愛、というのを求めているのかもしれない」というのに繋がる設定にしたんですけど、いまいちピンと来ませんね。
奏太自身も琴葉と出会えて、成長したという事ですかね?
これ以上は書きすぎになりそうなので、ここら辺でやめときます。次話もお楽しみに〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます