神童が異世界で無双して戻ってくるのを見続けた俺

神童が異世界で無双して戻ってくるのを見続けた俺

 これは『持つ者』と『持たざる者』の話だ。


 同じ高校のクラスメイトである神童アキラは天才だ。

 クラスでは文字通り『神童』と呼ばれている。


「おはよう、神童君」

「おぉ、おはよ」

「神童、聞いてくれよぉ、彼女が酷ぇんだよ」

「またお前喧嘩したの? しょうがないなぁ」

「神童君、今日一緒に遊びに行こーよ」

「悪ぃ、今日親と約束してんだよ」


 成績優秀、スポーツ抜群。容姿も良くて性格も良い。

 いつも朝になると沢山の人が、神童の元に集まる。

 生徒会長や、部活のキャプテン、学校のアイドルに、面白い人気者。

 集まるのはどれも、カースト上位の生徒たちばかり。

 神童が人を差別せず、誰にでも目を向けるからいじめも発生しない。

 クラスの雰囲気が良いのも、神童アキラのお陰だった。


 人間が『持つ者』と『持たざる者』に分かれるとしたら、やっぱり神童アキラは持つ者なのだろう。


 そんな俺は、神童アキラを見つめる「持たざるもの」だ。

 クラスの端の方で、頬杖付きながらカースト上位の生徒を見守るだけの、目立たない生徒。

 それが、俺の日常だった。



 俺達が異世界転生したのは、修学旅行のバスの中だった。



 確か京都に行く途中だったと思う。

 山際を通った時、バスが事故にあったのだ。

 対向車線からトラックが突っ込んできて、死角になって見えなかった。

 ものすごい衝撃で、バスの壁が前面から迫ってきたと思った、その時。


 俺たちは、全然見知らぬ土地に立っていた。

 立っていたのは、俺と神童だけだった。


「お前、仲條だっけ」

「うん。仲條ツカサ」

「じゃあ仲條、とりあえず街に行こうぜ」


 ここがどこかもわからない。

 ただ、見たこともない魔物を見て、現代日本でないことだけは分かる。

 そんな状況でも神童は動じなかった。


 俺達は街に出た。

 そこで、ここが異世界であることを知った。

 剣と魔法が存在する、不思議な世界。

 そんな世界に、俺達は飛ばされた。


 街の人に話を聞くと、ギルドに行って職業判別をした方が良いらしい。

 俺は『戦士』で、神童は『神童』だった。

 神童の能力値は異常で、どうやら千年に一度の逸材らしい。


 異世界に行ってチート級能力を手に入れてざまぁ。

 そんな展開を考えなくはなかったが、現実はそう甘くないようだ。

 やっぱり、人間が『持つ者』と『持たざる者』に分かれるとしたら、神童アキラは『持つ者』なのだろう。



 俺たちはギルドで仕事をこなしながら、順調にランクを上げていった。

 上位のランクになればなるほど危険でレアな仕事がやってくるらしい。

 神童は、俺達が現代に戻るヒントはランクを上げることにあると考えていた。

 特に逆らう理由もなかったので、俺は神童に従った。


 名前が売れるに連れ、沢山の人が『神童』である神童に群がった。


 神童は集まった人たちを拒まなかった。

 仲間が大勢出来すぎて、やがてサブパーティーとメインパーティーに別れたりもした。

 何故か俺はいつも、メインパーティーに居た。

 他の仲間からは、どうしてお前みたいな凡人が居るのかと疑われた。

 神童を慕う女剣士からはやっかまれ、ヒーラーからは神童に近づくダシに使われそうになったりもした。


 上級ヒーラーや剣聖、大魔導師に賢者、祈りの巫女。

 神童の周囲には、カースト上位の奴らが集まるのだ。

 普通の戦士である俺は、明らかに浮いていた。

 それは教室の光景とあまり変わらなかった。



 すごい仲間達と挑むギルドの仕事は、当然のように過酷になっていった。


 ギルドの建物よりも大きなドラゴンと戦うこともあれば、数え切れないほどのアンデッドの軍勢と戦うこともあった。

 片手で街を消し炭にする魔族と戦った時はもうだめかと思ったが、神童や仲間のおかげでなんとか勝てた。


 ボロボロになって疲れ果てた俺に、いつも神童は手を差し伸べた。


「仲條、大丈夫かよ」

「あぁ……ありがとう」


 まるで神様みたいな奴だな、と思ったのを覚えている。


 ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナと等級を上げ、俺達はとうとう最上位のマスタークラスの冒険者になった。

 マスタークラスの冒険者は歴代でも数えるほどしか居ないらしい。

 頼まれる仕事は魔王討伐とか、世界樹の復活とか、高難度なものばかりだ。

 仕事の危険度は度を越えており、命がいくつあっても足りない状況だった。

 当然のように仲間は死んだり、逃げ出したり、抜けたりした。


 神童はもう、何もせずとも一生遊んで暮らせるだけの富と名誉を得たはずだ。

 元の世界に帰らずとも、神童ならこの世界で、元の世界よりも幸せに暮らせるだろう。

 それなのに、何故かあいつは歩みを止めない。

 止まろうとしない。


 やがてマスタークラスの仕事をいくつかこなした頃。

 世界を時の狭間に飲み込ませようとする『時空の番人』を倒す仕事が入ってきた。

 これだ、と思った。

 時空の番人なら、こいつを倒せば俺達は現実に帰れるのかもしれない。


 その頃には、あれだけ居た大勢の仲間は消え、いつしか俺たちは二人になっていた。


 結論から言うと俺たちは時空の番人を倒した。

 時空の番人は今までの中でも段違いの存在だった。

 神にも等しい力を持ち、戦闘中に時を止めてくるなど、普通の人間ならまず勝つことは不可能だった。


 でも『神童』である神童はそいつを倒した。

 神にも勝てるのは神だけだ。

『神童』はまさしく『神の童』という意味だったらしい。

 次元が違うな、となんとなく思った。



 俺は現代へ帰ってこれた。

 神童も何故か一緒だった。


 現代に戻ってきた俺達は、事故に遭ったはずの修学旅行のバスに乗っていた。

 その世界線では、何故か事故を奇跡的に回避し、俺達は予定通り修学旅行を楽しむことが出来た。


 俺と神童の交流は、その後もなんとなく続いた。

 異世界でそうだったように、俺は神童の後をなんとなく追いかける事になった。


 そして今、当たり前のように同じ大学に進学し、同じサークルに入り、同じ学部で同じ講義を受けている。


 ある時、サークルの飲み会で、たまたま神童とサシで飲む機会があった。

 大学に入っても神童は『神童』だったし、いつも大勢の人に囲まれていた。

 だからそんな機会は本当に久しぶりだった。


「なぁ神童。ずっと聞きたいことがあったんだけど」

「ん?」

「何でこっちの世界に戻ってきたの?」


 俺が尋ねると、神童はキョトンとした顔をした。


「あのままあっちで暮らしたら一生幸せだったじゃん。お前最強だし、世界平和にしたし、かわいい子もいっぱいいたし。俺のことなんて、見捨てたら良かっただろ。俺、正直あんま役立たなかったじゃん」


 俺が言うと、神童はしばらく何か考えたあと、ポソリと言った。


「でも、最後まで着いて来れたの、お前だけだったよ」


 その時、なんとなく俺は理解した気がした。

『持つ者』だけが見ている世界と、孤独を。


 神童は天才だった。

 彼にしか見えていない物が、きっと沢山あった。

 沢山の人が、神童に近づいた。

 でも、誰も彼もが、彼を独占したり、利用しようとしていた。

 誰も神童を理解しようとする人は居なかった。


 俺は神童を遠くから俯瞰ふかんして見つめるだけの存在だった。

 近づき過ぎもせず、かと言って遠くに行くわけでもなく。

 衛星のように、当たり前にそこに居て、話を聞いてくれる、干渉しない存在。

 多分神童には、そんな存在が必要だったんだと思う。


 人間が『持つ者』と『持たざる者』に分かれるとしたら、やっぱり神童アキラは『持つ者』なのだろう。

 一方で俺は、そんな神童アキラを見つめる『持たざる者』だ。


 でも。

『持たざる者』だから、与えられる物もあるのだと思う。


 俺は多分、神童に夢を見ていた。

 退屈だった俺に、神童は想像を超えた何かを見せてくれるんじゃないかって。

 だって神童は『神童』で、俺には無い物がある『持つ者』で。


 いつだって、彼は物語の主人公だったのだから。


「今後も頼むぜ、相棒」


 神童は、笑顔でビールジョッキを差し出して来る。

 俺は少し笑うと、自分のジョッキをコツンとぶつけた。

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