第192話 異端

「な、お……おい!」

「ちょ……どうなって……るんで?」

「こやつっ……」

「いかん……!」


 目の前で起こった出来事には、ジオパーク冒険団すら反応が遅れてしまった。

 図に乗った生意気な学生たちのリーダー格であるカチグーミが、先ほどまでイジメられていたひ弱なレンピンに腹部を貫かれて臓腑を撒き散らしている。

 なぜこんなことに?

 どう見ても致命傷。

 そもそも、レンピンはどうして?


「い、いやああああああああああああああああああ!」

「か、カチ……グ……な、う、ああああああああ!」


 学生たちもまだ若者。目の前で近しい者が血まみれになっている姿には絶叫した。

 そして、誰がどう見ても、死は免れないほどの傷。

 全身を痙攣させ、カチグーミは今すぐにでも逝きそうな状況である。

 だが、そんな状況でレンピンはワザとらしく焦った様子で笑う。


「アハ、あ~、ダメダメ、死んだり気絶したりしたら……楽になっちゃうでしょ?」

「ひ、あ、が、あ、うえ、が」

「死なない程度……気を失わない程度……痛覚をしっかりと感じ取れるほど感覚や神経を生かす……その方がずっと苦しみ続けられるでしょ?」

「あ、ひ、が……あ……」

「だから、回復させてあげるね。苦しめるぐらいにね」

「ッ!?」


 もう、このまま死んだ方が……意識を失った方がよほど楽だっただろう。

 そもそもこれほどの致命傷を与えられたら、もう痛みの感覚すら無かったのかもしれない。

 しかし、レンピンはそれを許さない。

 貫いた腕から、ほんのりと淡い魔力を流して、カチグーミに送り込んでいく。

 それは、癒しの魔力。

 すると……


「ぎ、いぎゃああああああああああ、あ、お、おおおおお! ぼ、僕の、腸が……ひ、ひいいい!」

「あは、ビクンビクンって起きた♡ ソプラノが聞こるなぁ~」


 死なせない。気も失わせない。痛覚も回復させる。だが、そこまでに留める。回復させるのは……だ。


「でも、せっかくの熱唱も、顔が醜くなりすぎ……せっかく女の子にモテモテのハンサムが台無しだね」

「ひ、いだい、いがあああ、いぎゃああ、いだ、だ、たしゅけ、ひいいい!」

「アレ? も~、よく見たら鼻毛が出てるよ? これもハンサムを損なっちゃうから取ってあげるね……あっ……鼻が取れちゃった、てへ♪」

「ッッッ!? そ、あ、あ……ウヴァアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 惨い。まさにその一言に尽きる所業。

 そして、イカれていた。



「ごめんね……でも、いいよね。人は心なんだから。クラスの中心人物の君を、女の子たちは嫌ったりしないよ。ねえ? ヲナホーちゃん?」


「ッ……れ……ん……ぴん……くっ……ん」



 そんなレンピンはニタリと笑みを浮かべて、腰を抜かして恐怖に震えているヲナホーに向けられた。

 二人は本来幼馴染……という話なのだが、そこにそんな関係性などまるで感じさせないほどの空気だった。


「君らもそうだよね? クリと……リスと……えっと、雌のオーガの君……名前なんだっけ?」

「ッ……あ……」

「ごめんね。覚えてないや。覚えてるのは……ブスのくせに、僕をストレス解消に殴ったり、こき使ってくれたぐらいだな……アハ♡」

「ッ!?」


 女オーガのリョナ。女とはいえ、逞しい肉体と高身長の鬼。

 女ではあるものの、男にも負ける気はないほど、自分の力にも自信はあったのだろう。

 だが、今のリョナは完全に女……しかも、小娘のようであった。

 単純に怖いのである。目の前の、異常なまでに狂気を放つレンピンに。


「だから君は……」

「ひ、い、いや……ご、めんなさい……た、たす……けて」

「……うん、君は……ふふ!」


 次の瞬間、レンピンは穴あきにしたカチグーミを床に放り棄てた。

 未だ発狂しながら、カチグーミが床をのたうち回る中、その体を跨ぐようにしながらレンピンは、腰を抜かしているリョナに……


「とりあえず、両手足だけ捥いじゃおう」


 禍々しいドラゴンの腕をリョナに向けて伸ばそうとした。だが……


「おい」

「……ん?」


 レンピンの腕がリョナに触れようとしたとき、寸前でその手首が掴み取られた。

 それは、先ほどまで呆然としていたものの、これ以上の所業は見過ごせないと割って入った……


「ッ、ガイゼン!」


 そう、ガイゼンだった。

 そして、ガイゼンは珍しく怒気を放った表情でレンピンを睨みつける。


「おい……相手はオナゴじゃぞ?」

「でも、ブスだよ?」


 しかし、ガイゼンの怒気を受けても、レンピンは笑みを絶やさない。

 握り潰されそうなほどのガイゼンの握力で腕を掴まれているのだが、まるで動じていなかった。

 

「っ、つか……何なんだ、こいつは! いじめられっ子じゃなかったのか!?」


 そして、ようやくジオもハッとなって声を荒げた。

 一体、何が起こっているのかと。


「……それよりじゃ、マシン! チューニ! そこの腸飛び散っとる小僧を介抱せよ! まだ生きている!」

「……承知した。チューニ!」

「……あっ……へっ……あっ……」


 そして、ガイゼンはとにかくカチグーミを助けるようにマシンとチューニに告げる。

 しかし、チューニもまた先程の勇ましさが一変して、目の前の予想外の出来事に、まだ混乱したままである。

 それは無理もない。

 ジオですらも、まだ落ち着かないのだから。 

 そんな中……


「う、そだ……ま、まさか……ほ、ほんもの? うそだろ? な、なんで……こ、こんな奴が……いるぴょん?」


 ベテランの風格漂わせていたオジウサが、腰を抜かしたまま部屋の隅まで逃げて震えながらレンピンを見る。


「……りゅ、竜人族と……真祖のヴァンパイアの間に生まれた……混血児……最悪にして災厄……」


 オジウサの口から震えながら語られるレンピンのルーツ……そして……



「数万の荒くれ者たちが集う……『邪気眼魔竜冥獄団』のボス……ま、まろうランキング……2位……五大魔殺界の一人……『禁断異端児・ジャレンゴク』!!」


「「「「ッッッッ!!!!????」」」」



 明かされた真の正体に、ジオたちは絶句するしかなかった。


「な、んで……レンピン……くん……なんで、き、君は、魔人族で……ご両親も……」

「あっ、アレ、親じゃないんだ。実の親が僕は危ないとか忌子だからとかってことで、身分を隠して庶民に預けられてただけなんだ」

「ッ!? で……でも……そ、そんな……君が、あ、あのジャレンゴク……う、そでしょ?」


 この中で、唯一レンピンの昔を知っていたと思われるヲナホーが怯えながらも尋ねる。

 どういうことだ? と。

 すると、レンピンは笑いながら……


「うん。ほら、僕、学校をよくサボってたでしょ? そのとき、外で遊んでたんだけど……なんかそうなっちゃった」

「そうなっ……たって……」

「でさ~、僕はレンピンって本名がなんだかマヌケで昔から嫌だったから、子分とかできても呼ばれたくなかったんだ。なに? レンピンって? どういう意味? だから、咄嗟にカッコいい偽名を考えて名乗ってたら、そのまま、まろうに登録されちゃったんだ」

「そん……なっ……」


 本名が嫌いだったから、自分で考えた偽名を名乗ったら、そのままその名が魔界全土に広がった。

 軽口で語るレンピン……いや、ジャレンゴクはそのままチューニに視線を向け……


「でも、僕の強さを知ったり、僕の肩書だけを見てすり寄ってくる奴や、おべんちゃらばかり言う子分は増えたけど……いじめられっ子レンピンなんかに優しい声を掛けて、友達になってくれたのはチューニくんが初めてなんだ!」 


 ヲナホーたちに見せたような邪悪な笑みではなく、ニッコリと優しく微笑み……


「本当は、こいつらをもっと図に乗らせてから、ここぞという所でザマアな阿鼻叫喚を見てみたかったけど、優先するのは僕よりも友達だよね! そして、そんなチューニくんの仲間も、友達の友達はみんな友達! だから、友達! 友達が四人も増えて僕、ほんと嬉しいや。だから、もうこいつらはいらないや。おじーさんも、手を離して? このゴミで少しだけ遊んでから、ちゃんと捨てるからいいでしょ?」


 歪んだ友情を語って押し付け、楽しそうに騒いだ。

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