第193話 異形の瞳

 酒場の外に集っていた、カチグーミのクラスメートたちは一瞬で悲鳴を上げて逃げていく。


「に、逃げろー! じゃ、ジャレンゴクだー!」

「こ、殺される! あいつが、レンピンが、じゃ、ジャレンゴクだなんて!」


 五大魔殺界のジャレンゴク。その人物こそ、正に今回の魔界への旅の要因となった人物。

 次期大魔王の座を狙う魔界全土に轟く実力者。

 その実力は、現時点ではまだ未知数であるものの、その狂気が尋常でないことは誰もが理解した。


「こ、こいつが……あの、ジャレンゴクだってのか!?」


 だが、驚きはするものの「ウソだ」とはジオも思わない。

 むしろ、それぐらいでないと納得できないほどの、身も凍るような悪意の嵐が吹き荒れていた。


「うふ……チューニくんの仲間で良かったね……おじーさん……そして、ジオくん」

「……あん?」

「おかげで、君たちも今日から僕たちの友達なんだから……」


 すると、ガイゼンに腕を掴まれたままのジャレンゴクが鋭角に吊り上げた笑顔を向けてジオたちに告げる。


「いきなり僕の腕を掴んだり……偽名とはいえ僕を呼び捨てにしたり、こいつ呼ばわりしてるんだ……友達じゃなければ、とりあえず腎臓ぐらい貰ってたかもねぇ」

「「ッッ!!??」」


 その悪意に触れて、ジオもガイゼンも理解した。

 この目の前の人物は、同じ五大魔殺界とはいえ、ポルノヴィーチとは明らかに違うと。

 そして、同様に……


「ほう、言ってくれるじゃねえか」

「じゃのう……小僧」


 ある意味でポルノヴィーチと違い、目の前の悪魔には一切の手加減が不要と言える。

 逆にその方が二人にとっては、ありがたかった。


「ん~? アハ……今日は本当に素敵だね……」


 そんなジオとガイゼンのむしろ好戦的な笑みと威圧を返されると、ジャレンゴクはウットリしたように微笑んだ。



「友達が出来たらやってみたかったんだ……友達とは遠慮しない間柄……だから……どれだけやっても、最後は仲直りできるんだよね? 何があったとしても! 真の友達のためなら、後悔せずに何でもいいんだよね!」


「……お前……親しき仲にも礼儀ありって知らねーのか?」


「アハ、……喧嘩かぁ~……友達との喧嘩なんて楽しみだなあ……」



 これを待ち望んでいたとばかりに、ズレた発言をして興奮するジャレンゴク。

 だが、これ以上は付き合ってられないとばかりに、まずはガイゼンが動いた。


「ぶっとんだガキじゃわい! とりあえず、オモテへ出よ。ここでは迷惑が……」

「え? 何々? 命令しちゃってるの? 僕に? 友達に命令っておかしくなーい?」

「ッ!?」


 ガイゼンがジャレンゴクの腕を掴んだまま、そのまま店の外へと投げ飛ばそうとした。

 だが、その前にジャレンゴクは、竜の鱗に侵食され、これまで前髪で隠れていた片目に一度手を翳す。

 すると、次の瞬間に目から手を離すと、その瞳は変貌していた。


「……なにっ!?」


 ガイゼンも思わず声を出して驚く。

 ジャレンゴクの片目が、赤く螺旋を描いた瞳に変わっていたからだ。


「まったく……これだから、邪気眼を持たない人には分らないんだから……」

「な……なんじゃ……その瞳は? 見たことない魔眼じゃ……」

「魔眼なんてダサダサだね……今の時代、開眼した第三の瞳は邪気眼って言うのに……」

「じゃ、き……?」

「そして、僕のこの瞳は……歴史上この僕だけしか開眼していない……僕だけの瞳!」


 その時だった、赤く渦巻く瞳を大きく見開いた瞬間、ガイゼンの全身が……


「ぬっ?! うおっ、黒い炎!?」

「……炎熱地獄……あは、アハハハハハ! アハハハハハハハハ!」


 突如出現した黒い炎がガイゼンの全身を一気に包む。

 燃え盛る炎はたちまち、一瞬で室内を高熱と変え、身の回りのテーブルも椅子も食器も全てを一瞬で溶かしていく。


「おいッ、ガイゼン!」


 まさか、あのガイゼンが? と、ジオも流石に一瞬焦ってしまったが……



「ぬ、ぬ、ぬどりゃあああああああああああああああああああああああああああ!」



 炎に包まれたまま、勢い任せに天井を突き破って空へと飛ぶガイゼン。

 そして、一度身を縮みこませ、溜め込んだ力を一気に解放するように全身を広げた。

 発せられたガイゼン気合のような雄叫びは、禍々しい炎を力ずくで剥がし、更なる上空と空の四方に四散する。

 もし、今のを地上でやられたら、建物ごと崩壊してジオたちも吹っ飛ばされていたであろう。

 だが、ガイゼンが思わず気を使ってしまうほど力を込めなければ打ち消せない炎とも言えた。


「へぇ……そういうことできちゃうんだ~……すごいな~」


 突き破られた天井から見える上空のガイゼンに感心したように頷くジャレンゴク。

 一方で、ガイゼンは炎は消したものの、腕や胸などが黒ずんで、かなりの火傷を負っている。

 無論、火傷でガイゼンが臆するわけではないが……


「まったく……なかなかの火遊びじゃったぞ……のう? 小童が……!」


 ガイゼンの額に血管が浮き上がっている。そして放たれる怒気。

 それは、仲間であるジオたちでも初めて見るガイゼンの形相だった。

 一方で……


「あ……あ、ま、間違いない……ピョン……あの眼から放たれる……地獄の炎……ま、間違いないピョン」


 腰を抜かしたままのオジウサの震える唇から、あることが語られた。


「ほ、炎を含めて……あらゆる地獄を召喚できるという噂の……禁断異端児ジャレンゴクのみが持つと言われている瞳……『冥獄眼めいごくがん』……やっぱり、あれがジャレンゴクで間違いないピョン!」


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