第184話 向き合う
「……う~ん……今すぐって言われてもな~……」
ジオは頭を抱えて唸ってしまった。
今すぐ一緒に出発しないと面倒になるというキオウの意見も分かるが、このままポルノヴィーチの依頼を放棄して旅立っていいものかと。
正直、キオウやクッコローセよりは、メムスたちに対しての方がジオも遥かに情がある。
ならば、どちらを選ぶかと問われれば、キオウには申し訳ないが、本音を言うならメムスをジオは選ぶ。
だが、ポルノヴィーチの依頼を優先したところで、それを達成することもすぐにできないことは分かっている。
「どうしたもんか……」
どう対応していくべきなのか。その答えが出ずにジオが悩んで溜息を吐くと……
「……ん? ……おい、リーダーよ……」
「あん? どーした、ガイゼン」
「……アレを見てみよ」
ガイゼンが何かに気づいて、屋上から下を覗き込んだ。
そこに何かを見つけたようで、ガイゼンがジオを手招きして教えると……
「あ~~~~、どわ~~~~、あたし~~~、ビッチじゃねえのに~、ど~しよ~、ジオチンのジオチンチンに~」
「ちょっと、黒耳長さん煩いですわ!」
「全くです。あの程度の交わりでトラウマを抱えるなど、この街の脅威となった黒姫にあるまじきですね」
「だいたい~、皆さんの中ではギヤルさんはと~ってもビッチエッチなのですし~」
「私だって……マスター・チューニの……チューイチでも何でも……」
「わ、私だって、いつかそうなるために……遺跡に残されていた、セクハウラ女史のハウトゥ本で……」
人通りの多くなった街中で、見つからないジオたちにただでさえイラついているフェイリヤたちは、未だに落ち込んで項垂れているギヤルに余計にイライラしていた。
先ほどのように街中で大声を出しながら駆け回るようなことはしないが、ただでさえこの都市でも有名な十賢者上位が集っていれば、人々も人垣ができてざわつき始める。
そして、そんな状況下に更に……
「不思議なものですね……」
「「「「ッッ!!??」」」」
「ただの下品でいやらしい女性。あなたの周囲の黒姫派もそう……子供たちの教育に悪影響で、排除するのが、無垢な子供たちのために……そう思っていましたのに……」
また一人、この都市において、そしてこの地上世界においてもその名を轟かせる存在が現れたのだ。
「私もかつては……同じ人を……同じオチン……ゴ、コホン! お、同じモノに狂おしいほど夢中になった身。そのことを思い出したとき……何もかもがバカバカしくなってしまいました」
「「「「マリア姫!?」」」」
「ま、マリリンじゃん!?」
帝国が誇る姫の一人。
そしてその働きは、この都市にも大きく影響を与えた存在でもあり、朝早くから唐突に現れたマリアの存在にエイムやギヤルだけでなく、街中が騒ぎ出した。
「ま、マリア姫……」
「ほう……向こうが先に動いたか……」
屋上からその様子を見ていたジオも、この時ばかりは身を乗り出して下の様子を窺った。
「お、お~、マリリン。来てたんだ……はは、おっはー……」
「マリリンはやめてください……と、言いたいところですが……まあ、もうそれでいいです」
「なに!?」
マリアに対して独特なあだ名で呼びながら、ギヤルがぎこちない笑みを浮かべる。
それだけで、二人の仲が良好ではないことが見て取れる。
それは、この二人の関係性を知っている者たちからすれば当然の事であった。
「お、おいおい、マリア姫だ……相変わらず素晴らしいおっぱ……お美しい方だ」
「で、でもまずいんじゃ……ギヤルちゃんと……」
「昨日は黒姫派が一斉に退学・追放になっちゃったし……」
「ヤバい……一触即発じゃ……」
これから何が起こるのか? それは、周りの者たちにとっても気が気じゃない状況であり、もうこの時点で街の者たちからはオシリスや勇者のことは頭から抜けていた。
そんな状況の中、マリアは続ける。
「色々聞きました……」
「ん?」
「……あなたを慕う方々が……退学追放処分と……」
「あ~……まぁ……」
「言っておきますが、私はそのことについては何もできません。なぜならば、学ぶべき聖域に置いて本来の義務である学業で一定の基準をクリアできない者たちに、この地で学ぶ資格はないと思いますし、そのことは都の上層部やエンコーウ校長も納得されていますので」
空気が途端に重くなった。聖母と呼ばれたマリアから発せられる厳しく鋭い言葉に、エイムやナトゥーラも眼差しが変わる。
だが……
「しかし……それでも学ぼうとする意志がある者たちであれば……どのような種族であろうと受け入れるのがこの都の本質……十賢者三位のあなたには……それがある……分かっていたはずのことですのに……私は本当に……愚かでした。あなたを目の敵にして……」
「マリ……リン?」
「失った記憶を思い出し……そして……彼に言われたからあなたと向き合おうとする……とても浅ましい女です、私は。でも、それでも……キッカケはそうだったとしても……やはり、私自身ももう二度と同じことは……そう思っています」
段々と自嘲するかのように皮肉を口にしながら、マリアは切ない微笑みを浮かべた。
それは、「母」ではなく、まるで迷子になっている「子供」のような表情だった。
その変化に、ギヤルも、そして街の者たちも何かを感じる。
今までの自分たちの知っているマリアとは、何かが違うと。
「マリア姫……」
「……そうですか……マリア様……ジオ様のことを……」
もっとも、エイムとナトゥーラだけはマリアの変化の原因を察していた。
それは、自分たちと同じだ。
愛おしい男の記憶を思い出した。
恋を知り、男の温もりを知り、独占欲や深い愛情や歪んだ想い、更には後悔や罪の意識。あらゆるものを経験した故の変化だと。
ジオ一人を思い出しただけで、考え方も変わる。
それが、エイムたちには理解できた。
「な、なあ、マリリン……急にらしくないってか……うん……それに、ようするに……どうしたん? ってか、どうしたいん?」
突然の今までとは違うマリアの変化にギヤルは戸惑いながらも、「結局何が言いたいのか?」と結論を求める。
すると、マリアは少し言いにくそうにしながら……
「私も分かりません。結局あなたとどうすればいいのか……何をしたいのか……何を求めればいいのか……正直、自分でもまだ答えは出ていないのです」
「はい?」
「本当におかしなことを自分でも言っていると思っています。ただ……一つ言いたいのは……もう……誰かを頭から嫌うようなことをして……後悔はしたくない。そう思っているのです」
まだ、マリア自身で答えは出ていない。
退学・追放処分をした黒姫派の復学をさせるように働きかけるようなことはしない。
今までこの都市から追い出そうとしていたギヤルに対して、手の平を返したように友達になろうとしたりなどしない。
ただ、それでも今までと同じようにはしたくないと思っている。
「異種族への憎しみが……愛する人を……仲間を……友を……家族を……子を……傷つけました。戦争が終わっても、その戦いはまだ続いていますが……私はもう、二度とあんな想いはしたくありません。だからこそ……人間でも魔族でもなく……ヒトらしい関係を築けたらと……」
「マリリン……」
「ふっ……昨晩までの私なら、こんな考えに至らなかったでしょう。でも……あなたとヒトとして歩み寄り、向き合える努力をしたい……ぶつかり合うなら、その上でぶつかり合いたい……そう思っています。そうでなければまた……悲劇が連鎖するかもしれません」
かつて、マリアの故郷である帝国は、ある一人の半魔族を……ジオを……魔族の血を引くという理由だけで全てを奪った。
しかし、魔族でも半魔族でもなく、ジオという男とヒトとして接することで、自分たちも帝国もその考え方や接し方が変わった。
だが、「魔族」というそのものへの認識が変わらず、ただジオだけを特別に見ていたため、ジオの記憶を忘れてしまえば、後に残ったのは魔族に対する負の感情だけ。
だからこそ、マリアもダークエルフでもあり素行も悪い連中とつるむギヤルを毛嫌った。
だが、もうそれはやめたいと。浅いと。もっと向き合える努力をしなければ、また同じことを繰り返す。
そう考えに至ったマリアは、ギヤルにもう少し歩み寄って向き合ってみることを告げた。
「そ、そんなこと……マヂ顔で言われても……いきなりすぎて、あたしも何て言ったらいいか、わっかんねーし……」
「ええ。その通りだと思います。急に手のひらを返したようにと思われても……ですが、それで構いません。私も……結局はただのヒトで、そして女です。意外と、打算的で現金なんですよ」
「……あっ、そうなん? あはは、何それウケる」
戸惑うギヤルだったが、まるで開き直ったかのようなマリアに、なんだか急におかしくなったようで、ギヤルは笑ってしまった。
だが、どこか少しだけスッキリしたようで、ギヤルはマリアに言う。
「あんたさ……なんだろうな……今までは……なんつーか……保母さんに憧れる『いい子ちゃん』って感じだったけど……なんだろう。つらいこととか、苦しいこととかを知った感じが滲み出てて……なんか、大人の女っていう雰囲気も出てるし……」
「それはそうかもしれません。だって、私は少し前まで……自分は生涯純潔を守り抜き、身寄りのない子供たちのためだけに生きると考えていましたのに……純潔なんてとうの昔に散らして、彼に何度もオマンk……ゴホンゴホン! っと、そ、それに、こう見えて子供たちの世話や面倒を見るレベルを超えて……疑似的ではありますが、子育てをした期間もありましたしね」
「えっ!? そうなん? サラッと非処女暴露して……しかも、子育てって!?」
「ふふ、まぁ、おままごとと言えばそれまでですが……その子に対する愛は本気でした。朝と夜におはようとおやすみのキスをして、抱き合うように寝て、お風呂に入れてあげたり、ご飯を食べさせてあげては口をふいてあげたり……それとその子、恥ずかしがり屋でワガママでしたから、お乳をあげたり、おもらしチェックの時などは……」
「うえ~~~、マジい? ……って、なんか母の顔と女の顔が入り交じってんの気のせいなん?」
その光景は、まるで年頃の女たちが楽しそうに談笑している光景。最初の重苦しくギスギスした雰囲気はなく、ギヤルもこれまで知らなかったマリアの側面を見たことに機嫌よくなって笑った。
「……よく分かりませんがどういうことですの? というか、エイムさんとナトゥーラさんは、なんで顔を逸らしていますの?」
「「いえ……マリア姫の子育ての件……色々察したといいますか……」」
「?」
この都市の状況をまるで知らないフェイリヤは、目の前のギヤルとマリアのやりとりと、更に顔を真っ赤にして気まずそうに顔を逸らすエイムとナトゥーラに、ただ首を傾げていた。
そして……
「ぬわははは……昨晩……色々と考えて答えは出たようじゃのう。まあ、誰かさんと何を話したかは知らぬが……あの娘も、ちゃんとああやって笑えるのじゃな」
一部始終を見て、更に旅の途中でマリアと出会っていたガイゼンも、今のマリアの姿を見て微笑ましそうにした。
そして……
「どうやら、こっちの任務は心配いらないようじゃのう。……で? リーダーよ。どうしてそんな頭から湯気をだして俯いておる?」
「……うるせえ……なんも聞くな……触れるな……思い出させるな……はずかしぬ……」
ジオは、一人ずっと蹲って顔を隠しながら、全身から湯気を出していた。
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