第159話 幕間・誰も見ていない場所では

 どこまでも続く薄暗い回廊を、一人の少女が進んでいた。

 その瞳はどこか憂いを帯びており、誰も居ない空間で一人ブツブツと呟いている。

 そして、一つの行き止まりに辿り着いた瞬間、少女が壁に手を翳すと、急に薄暗い回廊が明るく照らし出し、壁と思われていた突き当りは声を発して動き出した。


「承認シマシタ。ドアロック解除シマス」


 無機質な声と共に、壁が横へスライドしていく。

 すると、壁の向こうにはいくつもの四角い構造物や無数の本が立ち並ぶ部屋になっていた。

 

「良かった……地下には何も影響無かったのね。まぁ、世界樹が消し飛んじゃったのも頭の部分だけだったから……」


 その部屋に足を踏み入れた少女、オリィーシ・ボマイェは安堵の息を漏らしながら、慣れた様子で部屋の様子を探る。

 そして、部屋の中央にある、巨大な透明なガラスと、その前にある大きなデスクと椅子に腰を掛けたオリィーシは、顔を上げて声を発する。


「……中央広場の……様子を回せるかしら?」

「要求承認致シマス。要求サレタ座標ノ、衛星映像ヲ回シマス」


 オリィーシがデスクの上にある、無数のスイッチが設置されたボードを高速で叩いていく。

 すると、目の前のガラスが突如発光し、いくつもの奇妙な文字や輝きを映し出した上に声を発し、そしてその数秒後にはある光景が映し出された。


『好きなだけ飲んで騒げ! 俺の奢りだ! だから、世界樹に何があったかは忘れてくれ!』


 映し出されたのは、ジオの姿。

 広場に居る数百人の者たちの前で、酒の入ったグラスを掲げて乾杯の合図。

 その傍らには、チューニやギヤル、エイムやナトゥーラまで居て、そんな広場には白姫派も黒姫派も関係なく、大勢の人々が集っていた。


「また大勢の女の人と……このままじゃ、チューニがまた……だからって、小さい頃みたいにチューニの悪い噂を流して他の女の子に嫌われるようにするのは無理だし……」


 オリィーシは、そんな光景をジッと見つめながら溜息を吐いた。


「まさか……チューニが、あんなに強かったなんて……そして、あの能力……可愛くて強いんだもの……女の子は皆、好きになっちゃうわ……。どうしてチューニが冒険者をやっているかは知らないけど……でも、あんないやらしい男と一緒に居たら、チューニもエッチになっちゃって、女の子に積極的になっちゃう……何とかしないと……」


 そう言いながら、オリィーシはガラスに映るジオを睨みつける。

 全てはジオが元凶なのだろうと。

 そんな憎い想いを込めて、オリィーシは少し強めにボードのボタンを押していく。

 

「……特定の座標に衛星砲を……」

「要求却下サレマシタ。衛星砲使用ニハ、専用端末カラノ射出、モシクハレベル4以上ノ管理者権限ガナイト発射デキマセン」

「……チューニを四六時中監視……」

「要求却下サレマシタ。特定ノ人物ヲ、二十四時間監視スルタメニハ、承認権限者三人以上ノ承認ヲヒツヨウトシマス」

「この都市外の衛星映像は……」

「要求却下サレマシタ。現在設定サレテイル、トキメイキモリアル都市以外ノ衛星映像及ビ画像ヲ回スニハ、承認権限者三人以上ノ承認ヲヒツヨウトシマス」

「やっぱりダメ…………告白の成功の仕方、落とし方、……惚れ薬の作り方……」

「現在、WEBサイトニアクセスデキマセン」

「……はぁ……もういいわ」


 一頻り独り言と指先を使って作業を行っていたが、すぐに諦めてオリィーシは椅子の背もたれに寄りかかって、天井を見上げた。


「旧ナグダの研究員が使っていたと思われるこの研究所跡……1位になって初めて入って……置き去りにされていた本から文字の勉強をしたり、独学で『コンピューター』をここまで起動させられるようになったけど……何もできないのね。権限もなければ、どこにもアクセスできない……何も意味ない……」


 ガッカリした表情で再び溜息を吐くオリィーシ。

 十賢者1位の特権。都市にある世界樹の地下深くにある、旧ナグダの研究所跡に足を踏み入れる権利。

 しかし、その権限を得ても十分にその研究所を彼女も活用できないでいた。

 未知な技術が広がり、何でもできそうな期待を沸かせながらも、結局何もすることができない。

 そんな空間にオリィーシは失望して席を立って部屋を後にしようとした。

 すると……


「いやいや……それでもここまで復旧させるとは……流石は傑物の一人。単純な知能ならば勇者オーライにも匹敵するかもしれませんね」

「ッッ!? だ、誰ッ!?」


 誰も居ない、本来十賢者1位の自分しか来ることのできない空間に人の声、そして気配を感じて、オリィーシは慌てて入り口を振り返る。

 すると、そこには一人の男が立っていた。


「しかし残念ながら、現在そのコンピュータは権限がほとんどないために、得られる情報なんてほんのわずか……尻ません……いいえ、知りませんでした?」

「……何なの? あなたは! ここは、私以外は立ち入り禁止ですよ?」

「そう怖がらないで下さいよ、オリィーシさん。僕様は……ちょっと、ここには遊びに来ただけ」

「あ、遊びに?」


 そう言って男は、警戒して身構えるオリィーシの脇を通り抜け、オリィーシ以上に素早い指の動きでデスクのボードを叩いていく。



「都市を巻き込んでの白姫派と黒姫派のぶつかり合いでも見れるかと思ったのに、ジオ氏とチューニくん二人だけで解決してしまったからね。まぁ、それはそれで楽しかったけど……このまま終わったらつまらないから、何かこの都市にあるオモチャで遊べないかなって思ってね……」


「ッ、あなた、なぜコンピュータをそこまで!? 一体……」


「ふふふ、僕様もここには久しぶりに来たけど……残ってるオモチャは何か無いかなって……」



 オリィーシは驚愕した。何故ならば、この部屋にあるものは全て、調べた自分にしか扱えないと思っていたからだ。

 しかし、今、目の前に現れた謎の男は、自分以上に、そして軽快に目の前の装置を操る。

 そして……


「都市内に残存するナグダの道具を今すぐ調べて。僕様のIDナンバーは114114……パスワードは……Iloveass」

「承認シマシタ。貴方ノIDトパスワードヲ確認シマシタ」


 ついには、オリィーシがそれ以上いけなかった先にまで到達してしまった。

 その瞬間、オリイーシの瞳が厳しいものへと変わり、男へと問いただす。


「あなた、何者ですか? 答えてください!」


 今この瞬間だけは、オリィーシもチューニのことやジオのことは頭から忘れ、この都市を代表する生徒の一人として、突然現れた謎の人物へ警戒を見せる。

 すると男は……


「いいだろう。ここまでこの施設を復旧させている君にご褒美で教えよう。僕様は……オシリス・キスキ……今はそう名乗っている」

「キスキ!? それって、……キスキ・ファミリー……」

「ふふふふ、そして……遥か昔はこう呼ばれていた……」


 その名前を名乗っただけではなく……



「四番目……クァルトゥム……ともね」



 本来、名乗ることのないもう一つの名を、男は答えた。



 そんな一幕が誰も見ていない地下世界で起こっている同時刻……



 地上では……


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