第157話 伝説の終わり

「鍵は閉めて、ワシの魔法で防音も完璧。誰も入ってこない。さあ、まずはパンツを脱いでワシに提出しなさい」

「ひっぐ、う、うぅ、う……うっ」

「聞こえんのかね? そして、さっきワシが教えたセリフも言うのじゃ。ひもじい思いをしている、幼い弟や妹が居るのだろう?」

「わ、かり……ました……」


 白いシャツにネクタイを締め、赤いブレザーを纏い、膝上ほどの長さのスカート。ソックスは膝まで伸び、可愛らしい制服の着こなし方をする少女。

 しかし、その少女の表情は涙で腫らしながら恐怖で震えている。

 両手をスカートの中に入れ、自身の下着に手をかける。その動作をするだけで、目の前に居るゲスな笑みを浮かべるガマガエルのような男は涎を垂らす。


「むむむ!?」


 しかし、脱ぎ終えた下着を男に差し出した瞬間、男の目じりが険しくなった。


「これは、けしからん。猫の柄ではないか。こんな子供っぽいものを穿くのなら、せめてニャーと言ってから提出しなさい」

「うぐっ、う、うう……」

「では、ワシが教えたセリフを、ニャーを使いながら言いなさい」


 涙を流しすぎて過呼吸になるほど、少女は追い詰められていた。

 しかし、それでも逆らうことが出来なかった。

 学費のため。家族のため。将来のため。

 それらを餌としてぶら下げられたら、母子家庭という事情のある彼女に抗えない。


「にゃ、にゃ~……せ、せんえぇ、こ、こんにゃ私の……」


 そんな少女が泣きながら呟く言葉に、下着を受け取った男は険しい顔をしながらも深く頷いていく。

 そして、少女が言い終わる前に、男は受け渡された下着を頭から被ろうとした……


「ん? …………ふごおおおおおおおっ!?」

「えっ、きゃあああああああっ!!??」


 そのとき、二人の居た部屋の窓を突き破って、巨大な枝が飛んできたのだった。




 歴史的にも文化的にも価値があり、魔導学術都市の名物である世界樹。

 若者たちの間では、卒業式の日に告白して結ばれたカップルは幸せになるという可愛らしい伝説まで広まっている。

 その世界樹の樹頭が消し飛んでいる。


「せ、世界樹が……」

「数百年以上も存在し続けた伝説の樹が……」

「魔族との戦争でも一切傷つかずに存在し続けた、歴史の生き証人が……」


 恐らく、広場にて戦いを見ていなかった者たちからすれば、何が起こったのかまるで分らないことだろう。

 何故なら、広場で一部始終を見ていたものですら、固まってしまっているからだ。


「私……今年の卒業式で……告白しようと思っていたのに……」

「勇気のない私は……伝説の力を借りないと……」

「私の両親はあの樹の下で結ばれて……私もいつかはって……」


 特にまだ学生の少女たちからは、悲しみが溢れていた。

 樹の下で告白して結ばれたカップルは永遠に幸せになるという伝説に憧れて、自分もそうなりたいという想いを抱いていた少女たちも多かった。

 何よりも、この学術都市の代表的な象徴を破壊されたショックは、この学術都市で学ぶ者たちにとっては誰もが同じであり、皆もしばらく固まったままだった。


「りりりりり、リーダぁァぁァぁ!?」


 先ほどまでの勇ましさから、元の情けない姿に戻ったチューニが慌ててジオを見上げる。

 すると、ジオはまずは気を落ち着けるために煙草を一服……


「す~……は~……」

「リーダーッ!?」

「お、おう……」

 

 しかし、現実逃避しても起こってしまったことは変わらない。

 するとジオはビシッとした表情で、ショックを受けている者たちに向かって叫ぶ。


「お前ら、伝説なんてもんはな、解き明かしちまえばこんなもんだ! 戦争でも一切傷つかず残った樹? 今日までたまたまショボい戦争しか周りで起きてなかっただけだ! ここにあったのは、何の樹だ? ただの大きな樹だ!」


 ビシッとした表情……しかし頬には汗が流れ出て、口調も早い。


「伝説に憧れて告白ぅ? 惚れた奴と幸せになれるかどうかなんて自分テメエ次第だろうが! そんなもんを大きな樹に頼ってるような腰抜けなんざ、最初から見込みねーんだよ! 幸せっつーもんは、樹なんかに頼らずに、自分たちで掴み取るもんだろうが!」


 ジオの叫びは、正直ただの誤魔化しでしかないことは、この場で聞いていた者たちにはよく分かった。

 唯一……


「うふふふふ~、あらあら、ジオ殿~、いいんですね~?」

「幸せは、掴み取るもの……どんな手段を使っても……ですね……♡」


 両目が「キュピーン」と光る、二人の白いエルフだけは真に受けた。

 だが、それでも大多数からすればジオの言葉は苦しく……


「リーダ~……もう、無理っぽいと思うんで……」

「ッ……う、いや、その……」


 ジオも自分でもこの言い訳や誤魔化しは苦しいとは理解しつつも、地上の代表的な象徴でもあり、値段など付けられるはずのない樹。

 もし、責任を取らされるとしたら、どれほどの罪になってしまうのか?

 溢れ出てくる汗が抑えられなかったジオだが、そのとき、あることを思い出した。


「そうだ、チューニ!」

「えっ?」

「お前、カイゾーの魔法を使えるようになってたな!?」

「えっ? あの、リーダー? ぼく、ボロボロで、え? あの? 何を? あっ……まさか、えええええ?」

「頼む! お前の力で元に戻してくれ!」


 植物を自在に操った、カイゾーの魔法。

 森林を操作して攻撃したり、巨大な樹木を出現させたり、地形を操作させたりした。

 その力を応用して、チューニはカイゾーも驚愕するほどの見事な水田を作ったりもした。

 ならば、チューニの力を使えば、樹頭のふっとんだ樹も再生できるかもしれないとジオは考え、倒れているチューニを脇に抱えてその場を離脱。


「行っちゃった……あいつ……マジで何なん? アホで……あちーやつで……」


 そんなジオの背中を、ギヤルは呆れながらも苦笑して見つめ、そして……


「チューニ……伝説の樹……どうして? どうしてこんなことに……許せない……あの人……」


 ジオに異様なまでの黒い感情を放つオリィーシ。

 そんな視線に気づかず、ジオは世界樹へ向かって走った。


「いかんいかん、早くしねえと賞金首になるんじゃねーか?」

「確かに、それは僕も非常に困るんで!」


 建物の屋根から屋根へと高速で飛んで移動しながら、世界樹へと目指すジオ。

 すると、そのとき、チューニが目を大きく見開いてあることに気づいた。


「ちょ、リーダーッ! あ、あそこ! あの建物!」

「ん? あれは……学校か? ……んん!?」


 世界樹の麓にある大きな建物。建物の前には大きな演習場などがあり、それが魔法学校であることは二人にもすぐに分かった。

 ただ、問題なのは、その建物の一部に、世界樹の一部だったと思われる巨大な枝が落下して窓を突き破っていたことだ。


「ぎゃああああああああああ! や、やべえええええ!」

「もし誰かが巻き込まれてたらアアアアアアア!」


 これはシャレにならない。

 慌ててジオがチューニを抱えながら、その建物へと飛び……


「おーーーーーい、誰も巻き込まれてねえかあああ!? 無事かーーーーー!?」


 急いでその部屋の中に入って、誰かが怪我をしていないかと叫ぶと……



「ふい~、びっくりしたわい……一体……ん?」


「「………………」」



 そこには、猫の柄の『マスク』を頭に被った珍妙な姿をした謎の人物がいた。

 そして、その後ろには、驚いて腰を抜かして泣いている少女が一人。

 その光景を見て、ジオは……


「あ、あんたが……その女を……助けたのか?」

「……ふぇっ?」


 部屋に居た謎の人物。

 ジオの問いかけに一瞬呆気にとられるも、すぐにハッとしたように……


「そ、そそそ、そうニャア! わ、ワシがこの学術都市の正義の味方、変猫仮面だにゃー!!」


 両手で猫のポーズをする太ったマスクの男。

 

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