第156話 どこまでも

 もう、なぜ自分が立ち上がっているかも分からない。

 このまま黙って寝ていた方が楽だった。

 しかし、何かが自分を突き動かす。

 自分にそんな一面など無いと思っていた。

 そういう人間は「野蛮」と一歩引いていた。

 そんな自分が、殴り、殴られ、ぶつかり、それが心を熱くさせるとは思わなかった。


「うわああ、リーダーーーーーッ!!」

 

 ジオの頬に思いっきり拳を叩き込んだチューニ。

 そもそも、今まで喧嘩もしたことなく、イジメられても反撃すらしなかったチューニは、誰かの顔を思いっきり殴るという経験自体が初めてだった。

 初めて振り抜いた拳は、衝撃で指が痺れ、腫れ、殴った自分の方が痛いくらいだった。

 そして、当の殴られた本人は、逆に笑顔のままだった。


「くはははは、ひんじゃくぅ~」

「ッ!? ふごごっ!?」


 今度はジオがチューニの頭に拳骨。

 チューニの意識が飛びかける。

 涙が滲み出て、叫びだしそうになった。

 しかし、チューニは歯を食いしばって堪えた。

 なぜなら、チューニには分かっていたからだ。


(痛くて、強くて……だけど……リーダーが本気だったら……本気のリーダーはきっと何十倍も……)


 もしジオが本気で殴れば、チューニの頭は砕け散っていた。

 意識や痛みがどうのではなく、肉体すら消し飛ぶ。

 しかし、こうして自分が耐えきれることからも、どれだけジオが自分に手加減をしているのかがチューニには分かった。

 何よりも、打ち返されるジオの攻撃は、そのどれもが、相手を破壊するためでも、ただ痛めつけるだけでもない。

 一発一発ごとに、心揺さぶる振動が伝わってきていた。


「ま、む、ま……まだだぁァ!」

「ああ……たりめーだろうが!」

「へぶっ!? ぐっ、ま……だぁ!」

「ふぼっ!? ……っりやがったな、このガキャッ!」


 チューニはジオが繰り出す攻撃から、「もっと打ち返してこい」、そう言っているように感じていた。

 だからこそ、自分もそれに応えたいと思った。

 そして今、楽しそうに笑みを浮かべているジオを見て、僅かながらでも自分はその期待に応えているのだと思い、そんな自分をチューニは誇らしく感じていた。


「まぁ~、まぁ、まあ~、楽しそうですね~、ジオ殿は~……」

「相変わらずですね……あの方は。思えば、我がエルフ族の男の戦士たちは、ああやって気付けばジオ様と打ち解けていましたね」

「同盟を組むまで国境で座り込み……そんなジオ殿を追い返そうとしたエルフの戦士たちと小競り合い……」

「争いを聞きつけて私たちが駆け付けたところ……両者顔を腫らした酷い怪我をしながらも、笑顔で宴会をしていましたね……」


 そんなジオとチューニのやりとりを、ナトゥーラとエイムはどこか懐かしいものを見るかのように温かい眼差しだった。

 

「やはり……ジオ様は……ジオ様なのですね……強くて、乱暴で、ひねくれていて、……情に脆く、しかし熱く……ギラギラしていますね」


 それこそが、自分の愛した男だと、エイムはジオの姿をいつまでも見つめていた。

 しかし、そういう反応をするのは、あくまでジオを知っているからとも言える。

 実際、今の二人の戦いに、周りからは悲鳴も漏れる。


「ちょっ、ちょっともういーじゃんかよっ! なあ!」

 

 ギヤルは、何度も立ち向かうチューニに顔を青ざめさせ……


「も、もう、やめてよ~」

「このままじゃ、チューニくんの顔が変わっちゃう……」


 チューニ軍団の女たちは瞳を潤ませる。

 そして……


「チューニ……もう我慢できない……許さない……チューニを傷つける人は……ワタシガ、コナゴナニ……ゼンイン……バクサツ――――」


 目元を腫らし、その瞳は光沢を失い、射殺す様にジオを捉えるオリィーシ。

 沸々と沸き上がるモノを抑えきれずに、一歩足を踏み出そうとした時……


「ちっ、ちくしょうっ!」


 一人の男が自らの額を地面に打ち付けていた。

 打ち付けられた額には血が滲み出て、上げた男の表情は唇を噛み締めて、悔しさが滲み出ていた。


「ちょ、デクノーボ!?」

「あんた、何してんの!?」


 それは、この戦いのきっかけを作った張本人でもある、デクノーボだった。

 押しかけでチューニの舎弟になり、チューニを祭り上げ、そしてジオと戦うようにチューニを差し向けた。

 原因となったのは、自分たちが敬愛する黒姫にジオが手を出していたということが発端なのだが、もうそのことは頭から抜けていた。

 その気持ち、白姫派たちも同じで、ジオがエイムやナトゥーラに手を出していたことも、今はもう頭から抜けていた。

 そんなデクノーボが何を悔やんで自らの額を強く地面に打ち付けたのか?

 それは……


「な、情けねえは……才能だけじゃなくて、ああやって歯ぁ食いしばって年下のチューニ君は頑張ってるってのによ……俺は……ちくしょう……」


 自分自身の情けなさだった。


「はぁ? ねえ、何言ってんのよ! それよりさ、チューニくんこのままじゃ……」

「あーしらも、手ぇ貸す?」

「この人数で一斉に魔法で攻撃したら、あの魔族だって……」


 そんなデクノーボの気持ちを理解できていない女たちは「そんなことよりも」と、ボロボロのチューニの姿に我慢できず、加勢をすべきではないかと提案する。

 ジオの強さは自分たちの想像を遥かに超えているが、この数百人近い人数で同時に襲いかかればどうにかなるのではないかと。

 チューニ軍団の女たちは皆頷き、チューニを援護しようとする。

 しかし……


「だ、ダメだ! それだけはやっちゃならねえ!」


 自分の気持ちを理解されずとも、それでもこれだけは譲れないと、デクノーボが女子たちの前に立って、その行く手を遮った。

 その行動に女たちは目を丸くし、突然のことでオリィーシも思わずハッとなって踏み出そうとした足を止めた。

 だが、すぐにそんなデクノーボの行動に女たちは表情に怒りが満ち、声を荒げる。


「ちょ、デクノーボ! あんた、何言ってんのよ!」

「そうよ、このままじゃチューニくんやられちゃうじゃん!」

「ひょっとして、あんたビビッてんの? ほんっと、役に立たないやつ!」


 このままではチューニがやられてしまう。そんなことはデクノーボも分かっていた。

 

「分かってる! でも、どうしてかは分からねーけど……でも、この戦いは邪魔しちゃならねーんだ! そんなもん、頭悪くて、クズで、どうしようもねえ俺でも、それぐらいは分かるんだ!」


 チューニを助けようとする女たちの気持ちも理解している。

 しかし、それでもデクノーボは、この戦いだけは邪魔してはならないと、女たちの前からどかなかった。

 そして、それはデクノーボだけではなかった。


「分かる」

「分かるぜ!」

「分かるんだな」

「分からねえ! でも、分かるんだ!」

「分かることに理屈はねえ!」

「でも、分かっちまうんだ!」


 それは、白姫派も黒姫派も関係ない。


「「「「「分からねえけど、分かるんだ! 俺たちも男だから!!」」」」」


 その広場に居た全ての男たちが、ジオとチューニの邪魔はさせないと、女たちの前に立ちふさがった。


「ちょ、あいつら、何してるっしょ!?」

「……これは一体……」


 突如、女たちの前に立ちふさがる男たちの行動に、ギヤルとオリィーシも戸惑いを隠せないでいる。

 だが、そんな男たちの行動を唯一理解できた女たちは……


「あら~、あらあら♪」

「エルフも……人間も……種族違えど、『男』という種はそうなのですね」


 これもまた自分たちにとっては懐かしい光景のようなものだと、ナトゥーラもエイムも嬉しそうにしていた。


「はあ、ぜえ、はあ、ぜえ、ぜえ……」


 とはいえ、どれだけ歯を食いしばってもチューニの体力は既に限界であり、もう拳にも感覚が無く、足も動かなかった。

 そんなチューニを見下ろす様に、ジオは傷だらけの笑みを浮かべている。


「もうちょい鍛えるんだな。筋力も体力もねえから、殴った腕も痛むし、すぐにバテるんだよ」

「ぜえ、はあ、げほっ、ごほっ……はあ、はあ……はあ……」

「まあ、お前にしちゃそこそこの所までは行けたと思うぜ。少しぐらい、休憩するか?」


 今の自分からすれば、上出来だという労い。ジオなりの賛辞だろう。

 本来なら、それで満足するべきなのだろう。

 しかし、チューニは……


「リーダー……」

「ん?」

「せめて……あと……もう一歩だけ、先に……」

「ッ、ほ~う」

 

 もう一つ先まで行きたい。そうチューニが告げると、ジオはまた嬉しそうに笑った。


「なら、来いよ! 真正面から俺もぶつかってやらぁ!」

「うん……うんっ! うんっ!」


 そして、チューニは再び力を解放する。

 腕の力も足の力も体力も無くとも、魔力だけはある。

 ならば、その魔力を凝縮し……


「おいおい、まだそんだけ魔力があるのか? つっても、あんまり放出しすぎると、体がぶっ壊れるぞ?」

「……へへ……リーダーは……体ぶっ壊しても使う力は……反対派?」

「……くはは……いいや。大歓迎だ」


 そして、これで本当に最後だと、チューニは今の自分が放出できる魔力を最大限まで解放。

 それは学術都市全体が揺れ動いているかのように地を震わせ、そして膨大な魔力が強烈な閃光を放つ。

 その魔力量を見るだけで並の者ならば腰を抜かし、同じ魔導士であればそれがいかに規格外であるのかが理解できるというもの。


(踏み出して……これか……『たった一歩』踏み出すだけで……ここまで来れるもんか……こいつは……)


 それは、愉快そうに笑みを浮かべているジオも、内心では……


(そういや、ガイゼンが言ってたな……あと、二~三年すりゃ良い勝負できるかも的な……あながちそれも……)


 改めて、チューニの才能に驚愕すると同時に、血が疼いていた。

 だが、それでも今はまだ……


「これが……僕の! ウルトラチューニスペシャルッ!」


 これまで放った魔力の収束砲よりも更に極大な光線。

 真っすぐジオへと突き進む眩い光に対し、ジオは……


「武装暴威・ジオインパクトォ!」


 人が持つ生命エネルギーである気と、体内の魔力を融合させる、ジオが本気の力を振るう時の戦闘モードでの拳。

 振り抜いた拳は、チューニの放った光線を「あさっての方向」へと殴り飛ばしたのだった。


「あ……はは……もう、どんだけなんで……」


 今の自分の全力を殴り飛ばされ、またもや呆れて笑ってしまったチューニ。

 そしてその瞬間全ての力を出し切ったチューニはそのまま地面に倒れこんだ。

 

「あ~、腕が痺れた……」

 

 チューニが倒れ、広場が一斉に静まり返る。

 ジオは痺れた腕を振りながら、倒れているチューニに告げると、チューニは体を仰向けに変えて鼻で笑った。


「……痺れただけなんだ……」

「まぁ、そう言うな。さっきも言ったように俺を追い詰めた奴はいくらでもいるが……体力も気力も使い切って倒れるまで戦うことができる奴は、そんなに居ないと思うぜ?」

「確かに、僕からすれば……上出来だけど……でも……」


 先ほどと同じで、今の自分ならそれで満足すべきもの。

 しかし、チューニはどこか納得していないような、複雑な表情で空を見上げていた。


「ねぇ……リーダー?」

「ん?」

「僕……いつか……リーダーたちに……追いつけるかな?」


 自分も、ジオ、マシン、ガイゼンと同じ領域に辿り着き、同じように並び立ち歩く存在になれるだろうか?

 今の自分ではまだジオたちには勝てないと理解しつつも、「いつか」はそうなりたいと、チューニは望んだ。

 だが、そんなチューニに対し、ジオは告げる。


「追いつく? 馬鹿かお前は。なーに、寝ぼけたことを言ってやがる」

「リーダー……」


 一瞬、ジオの言葉に不安な表情をチューニは浮かべるも、ジオはすぐに笑みを浮かべて……



「追いつく? お前も一緒に行くんだろ? 俺たちとこれからも……どこまでも」


「ッ、う……ん……うん!」



 その瞬間、これまでの旅では怯えたり、泣いたり、騒いだり、自嘲気味な苦笑を浮かべてばかりいたチューニだったが、旅に出て初めて心から笑った。

 そして……



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」」」」



 そんな二人に目頭を熱くした男たちからは野太い歓声が上がり……



「「「「あっ、……ああああああああああああああっ!!!???」」」」」


 

 そして、「そんな二人」ではなく「あさっての方向」を見た女たちからは悲鳴のような声が上がり……



「「「「世界樹のてっぺんが……消し飛んでるッ!!??」」」」


「「………………へっ??」」



 ジオとチューニが首を傾げてその方向に視線を向けると、そこには世界的に有名で神秘的な存在とされ、数百年に及ぶ魔界との戦乱でも一切傷つくことなく、太古の昔から世界の歴史の生き証人のような御神木として、多くの者たちから崇められていた、大木・世界樹の……生い茂った樹頭が消し飛んでいた。





――あとがき――

最近、作品をフォロー(ブクマ)してくれる方が増えて嬉しいです。コミカライズ効果? まだの方も、どしどししていただけたら嬉しいです。またご評価も頂けたら小躍りしますので、これからもよろしくお願いします。

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