第129話 いきなり肉

 既に日も沈み、街に灯火が宿り、月明かりに照らされている中で、漆黒のコートに身を包んだ一人の男が己に酔っていた。


「我こそは神に仕えし、暗黒聖戦士。契約により封印されしこの右目が解放されたとき……古より受け継がれし神眼が再び――」

 

 これまで着ていた旅人のローブから、オシャレな聖堂戦士のようなコートを羽織って、すっかりその気になってしまったチューニ。

 いつもオドオドビクビクして、ガイゼンの後ろなどに隠れていた男が、今は興奮して何かに成り切っているかのように堂々としていた。


「一人で何遊んでんだよ、お前は」

「あいたっ!?」


 そんなチューニの頭を、ジオは軽く叩いた。


「リーダーは黙ってて! 今、僕は魔導戦士……そう、パラディンの称号を得た存在に……なったつもりなんで!」

「そういうゴッコ遊びはもう卒業しておけよ。んなことより、メシでも食いに行こうぜ」

「リーダーは男のロマンが分かってないんで!」

「お前に男のロマンを語られるとはな……まあ、いいからメシだメシ」

「んもう……別にいいけどさ……お腹空いたし」


 まだ、そういうものに憧れる年頃と言えばそれまでだが、そういうのに成り切ったゴッコ遊びは普通卒業しているものだろうと、ジオは呆れたようにチューニに溜息を吐いた。

 結局、昼過ぎから始めた買い物も、チューニの私物を買うだけにとどまり、すっかり夜になってしまっていた。

 ここからあと数日以内に、マシン・ガイゼン組より面白い金の使い方をするにはどうすればいいのかと頭を悩ませながら、とりあえずは腹ごしらえをしようと、ジオはチューニと共に街のメイン通りを歩いていた。


「あっ、でもリーダーは体の調子大丈夫なの?」

「まぁ、もう大丈夫だな。もう食っても戻すこともねーしな。メムスの所で、新鮮で体にいいものとか食えたのが良かったのかもな。もう、普通にガッツリと食えるさ」

「そっか。じゃあ、お肉を食べたいと思うんで!」

「お前、船では野菜を作ってるくせに、肉は食うんだな。まぁ、いいけどよ」


 長い投獄生活で、胃が壊れてしまったジオ。

 損傷したものは完治したとはいえ、以前までなら食事や喫煙や飲酒も、胃が受け付けないような日々がしばらく続いたが、もう今ではそれも問題ないと笑った。


「じゃあ、僕はラム肉のステーキで!」

「いや、肉と言えば……骨付きチキンだろうが」


 じゃあ、何の肉を食べるのか? と、二人が同時に別々の肉を提案。

 少し互いを見合った後、両者は同時に前のめりになった。


「いやいや、リーダー、ラム肉の素晴らしさを分かってないと思うんで。ラム肉は美味しいだけじゃなくて、健康にもダイエットにもいいんで! 知ってる? ラム肉の脂肪は人体に吸収されにくいんで!」

「女子か!? つか、ただでさえヒョロヒョロのお前がダイエットを気にしてどうすんだよ! 鶏肉は揚げてもよし、焼いてもよし、蒸してもよし、生で食ってもよし! ささみとか、筋力鍛錬と合わせて食えば、絶大な力を発揮すんだよ! それこそダイエットっていうなら……つか、男なら骨の付いた肉を手づかみでガブッと豪快に食うもんだろうが!」

「それならラム肉だって、ラムチョップっていう骨付き肉があるんで!」

「いいや、男なら鶏肉だ!」

「追求するなら、羊肉なんで!」


 羊を推すチューニ。

 鶏を推すジオ。

 現在、服装を一新して新しいチューニとなってから、態度も少し強気になっており、両者額を付けながら一歩も引かない。

 ならば……


「……じゃあ、両方食うか」

「……うん……僕もそれでいいと思ったところなんで……『両方食ってみた』ってやつ」


 争うくらいなら、金には困っていないので、両方食べようとアッサリ決定した。

 

「くははははは、確かにいつもなら勿体ねーって思うかもしれねーが、今の俺らならそういう気軽なノリでできるからな」

「うん。普段出来ないことをやるって、少し楽しいかも」

「おっ? なんだよ、チューニ。いつもよりノリがいいじゃねぇか」

「勿論! だって、ドラゴンとか天変地異とか勇者の一味とか五大魔殺界とか七天大魔将軍とか、そういうのに巻き込まれていたこれまでに比べたら、ほんと平和なんで!」

「あ、まぁ……な……」


 今まで以上にノリのよいチューニにジオも機嫌よく笑うが、確かにこれまでの旅の中身が、今まで平民として生きてきたチューニにとっては中々キツイ内容だっただけに、それから解放された反動が大きいのだろうと納得した。


 そんな二人が、街の飲食店が立ち並ぶ地域に足を踏み入れると、一日の仕事を終えた労働者たちが通りを行き交い、いたるところから騒がしい声や乾杯の声、酒の匂いや食をそそる匂いが溢れてきていた。


 そして、二人が立ち寄ったのは、肉の焼ける音や匂いや煙が外まで溢れ出ている店。

 看板には、『いきなり肉』と書かれていた。

 店内は騒がしく、酒や料理を運ぶ店員が慌しく店内を駆け回っている。

 ジオが店内に入ると、魔族であるジオに客たちの視線が一瞬向けられるも、すぐに客たちは「見て見ぬフリ」をするかのように、視線を戻していた。


「いらっしゃい。二名ですかい?」

「ああ」

「では、そちらの席に」


 店員に空いている席へと誘導され、向かい合うように座るジオとチューニ。


「酒と……チューニ、お前は何を?」

「えっと、お水でいいです」


 酒と水でとりあえず乾杯し、二人の目的である肉料理を注文。

 


 そして……



 結果的に……



「う……うめぇ……な、なんだ、この羊の焼肉ってのは! タレも肉もメチャクチャうめーじゃねえか!」


「こ、この、フライドチキン……お、おいしすぎるんで……」



 互いに推奨し合った肉を試しに食べてみたところ、ジオもチューニもその味に打ち震えていた。



「俺、羊肉って馴染みがなかったんだが、これはメチャクチャウメーな。メニュー表には、『ジェンギスカン』って書いてるが、聞いたことねーな……」


「僕の田舎では羊ばかりで鶏はあまり食べてなかったけど、このフライドチキン……すごい! メニューでは『ケンタツキ』って書いてるけど、こんな美味しいの食べたことないんで!」



 美味しさのあまりに興奮してテーブルを強く叩きながら、運ばれた料理を絶賛するジオとチューニ。


「子羊なんて貧弱な肉だと思ってたが、こりゃ当りだな」

「僕もこの鶏すごい好き。この皮とかもおいしいんで! 両方食ってみた、は、正解だったんで!」

「確かに、食ってみねーと分からねぇもんだな」

「ほんとそうなんで!」


 羊肉の焼かれた煙と独特なタレの匂いが充満したり、揚げたての鶏肉で手が油まみれになるも、それが全く苦にならないほど、互いに勧め合った肉に二人は夢中だった。


「お兄さんたちはこの街は初めてかい?」


 そんな、ジオたちの反応に機嫌を良くした店員が笑顔でそう訪ねてきた。

 

「ああ。俺は鶏派だったんだが、子羊も悪くねえと思った」

「僕、こんなに美味しい鶏料理初めてなんで!」


 ジオたちも店員に笑みを見せながら改めて絶賛。

 すると店員は、ジオに対する魔族云々の感情は特に無く、むしろ店の料理が褒められたのが嬉しかったのか、話を続ける。



「ありがとな。それらはこの店、『いきなり肉』で代々伝わるもんだ。実は、もう既に滅んだ『ナグダ』の料理みてーなんだけどな」


「「ッ!?」」



 店員が告げる「ナグダ」の言葉にジオもチューニも思わず反応した。


「昔、ナグダの奴らがよく、近くの『魔導学術都市トキメイキモリアル』に勉強に行ってたみたいなんだが、その中継地点でこの街をよく利用してたんだよ。今はだいぶ変わっちまったが、昔のトキメイキはそれこそ酒も飲めねーぐらい、超マジメな都市だったから、遊ぶならここしかなかったみたいでな。この店の初代店長も、その仲良くなったナグダの人に、調理方法や味付けを教えてもらったらしいぜ?」


 既に滅んだ、ナグダという存在。


「ねえ、リーダー……」

「ああ……」


 それは、あのマシンが生まれた地でもある。

 

「今度、マシンを連れて来てやりゃいいさ」

「うん……」


 既に滅んだマシンの故郷の料理。

 少しだけしんみりとした気持ちになったジオとチューニだが、トキメイキでのやるべきことを解決すればまた来ればいいと、頷きあった。


「まっ、とりあえず、兄さんたちもゆっくりとこの街を楽しんでいってくれよ」

「おお、ありがとよ」

「あっ……でも……一つだけ気をつけろよ?」


 すると、仕事に戻ろうとした店員だったが、何かを思い出して振り返り、ジオたちに耳打ちするように顔を寄せた。


「この街で……10~20代の若者がやってる酒場には気をつけろよな?」


 それは一つの忠告であった。

 飲食店の店員が、『若者がやっている酒場』には気をつけろという、変わった忠告をジオたちにした。

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