第128話 新スタイル
「あの、店長さん! エクスカリバーとか、グングニルとか、バルムンクとかないですか?」
「……お……お客様、それは空想上の武器でして、実際には存在しません……」
一週間後、魔導学術都市トキメイキモリアルに集合するまでの間にどっちのペアが、より面白い金の使い方をしたか勝負。
目的地の学術都市に向かうルートはいくつかあり、マシン・ガイゼン組とは分かれたルートを辿るジオとチューニは、まずは陸地から半日かけて辿り着いた中規模の都市に立ち寄った。
都市の名は、『ヤシーブ都市』。
そこは、ジオが元々居た帝都よりは大きくはないが、各方面の街道が合流し合う都市となっており、交通や通商などの要衝として栄えているようである。
そして、街に辿り着いたジオ・チューニ組は、まずは金を使う目的と興味本位で武器屋に足を踏み入れる。
街一番の大きな武器屋は、冒険者だけでなく国の騎士なども足を踏み入れるのか、古今東西ありとあらゆる武器がズラリと並んでいた。
軍人で戦争も経験していたジオにとって、武器は大して珍しいものではないが、武器に馴染みのないチューニは男心がくすぐられたのか、目を輝かせて興奮したように店内を次々と見て回る。
そして、興奮に身を任せて、店長が呆れるような質問をチューニはしたのだった。
「おい、チューニ。そんなもん、ガイゼンよりも神話な武器だぜ? 仮に実在したとしても、こんな所にあるわけねーだろうが」
「ええええ? そ、そうなの? いや、言われてみれば確かに……」
「大体、仮にあったとしても、魔法使いのお前がそんなもん買ってどーすんだよ」
正に子供同然の質問を店長にしたチューニに、ジオも呆れてしまった。
チューニも呆れられて少し正気に戻ったのか、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
そんなチューニを武器屋の店長も「子供の冷やかし」と怒るわけでもなく、苦笑していた。
それどころか、チューニが魔法使いという話を聞いて、剣や槍などではなく魔法使い専用の武器を勧める。
「あ~、お客様。魔法使いとのことですが、それならばこちらのコーナーにある魔法使い専用の武器……魔法銃や魔法の杖……さらには、上質な法衣で編まれて、ある程度の呪文なら耐え切ることが出来るローブなどがおすすめですよ?」
「おおお、かっ、カッコいい!」
店長が、小さな杖から大きな杖や、アンティークチックな装飾の施された魔法の銃などを見せる。
それは、魔法学校中退だったチューニにとってはどれもが憧れの品であり、更に今の自分ならば全て買うことが出来ると、再び興奮で息を荒くする。
だが……
「杖ねえ……魔法の威力を増幅してくれるもんだが……見る限り、この店にあるものは込められる魔力に上限があるな。お前レベルだと必要ねーだろ」
「えっ……り、リーダー……」
「魔法銃はあらかじめ弾丸に魔法を込めることで、詠唱無しのノータイムで呪文を撃てるものだが……お前、ノータイムで撃てるだろ? ヘンテコなオリジナルの詠唱しなければ」
「んがっ!? そ、そんな……」
「それに、ある程度の呪文にも耐えられるローブって……お前、そもそも魔法は効かねー体質だろうが」
「…………ぐすん……」
内容としては、ジオはチューニを褒めているのであるが、チューニからすれば「憧れの品は買っても無意味」と言われたような気がして、少しだけ悲しくなって俯いた。
「あ、あのお客様……」
「おお、ワリーな。別にイチャもん付けてるわけじゃねーよ。こいつは少々特殊な奴でな……」
「は、はぁ……そうですか……」
「まっ、色々と複雑な年齢でもあるし、はしゃいだりすんのは大目に見てやってくれよ」
「それは別に……そういうものだと思います。たまに、学術都市の若い生徒さんもそういう憧れのような感じで来店されたりしますしね」
「……ん? 学術都市の?」
色々と騒がしいチューニを許してやって欲しいと告げるジオに対し、店長の返した言葉にジオは反応した。
「ええ。休日には学術都市のお客さんも来られることがありまして……ですから、若いお客さんは珍しくないのですよ。たまに、魔導具や魔法武器を買われる生徒さんも居ますしね」
「ほ~う……そういうもんか。俺が昔に住んでた帝国では……十五歳以下は大人の同伴なしで武器屋に入るのは禁止だったけどな。あと……魔族もな」
帝都を例に出すと同時に、少し意地の悪い笑みを浮かべて「魔族」という単語を口にするジオ。
しかし、店長は実にケロッとした様子だった。
「そうなのですか? まぁ、学術都市には年齢は子供でも、頭脳は大人を越える天才たちも集っていますので、そういう意味で我々は年齢でお客さんを制限しませんし、だからこそ若いお客さんは珍しくはありませんよ。魔族のことも……もう戦争も終わりましたし……それに、近くの学術都市は昔から中立な国でしたので魔族も何名か居ますので、この都市にもたまに魔族の方もいらっしゃいます。だから……お金さえ払って戴ければ……私もそこまで敬遠は……」
子供が武器屋に入って物色する以外に、魔族が来ても特に敬遠しない。
言われてみれば、帝国領土内では半魔族のジオに対する嫌悪感はひどく、最近でも港町で冒険団を結成する直前までは、ギルドや道具屋や宿屋や街の住民も全員ジオを汚いものを見るような目で見ていたことを、ジオは思い出した。
しかし、その嫌悪感や視線をこの武器屋、街では感じられない。
いや、そもそもこれまで通ってきたワイーロ王国もちょっとしたきっかけでソレは無くなり、メムスたちの住んでいた村でもそういうことはなかった。
「なんだか……俺は、戦争で世界を舞台に戦っていたようで……住んでいた世界は意外と狭かったのかな」
「?」
「……なんか……帝国の連中にも聞かせてやりてーぜ」
帝都では、皆に認めてもらうため、人として生きることを許してもらうため、それこそ死に物狂いだった。
だが、ほんの数日旅に出るだけで、こうも帝国と違う雰囲気を感じるとは思わなかった。
ジオは、世間は冷たいばかりじゃないと実感し、それを温かいと思うと同時に、かつての自分は何だったのだろうと、少しだけ寂しく感じた。
そんな中……
「リーダー……ぼ、僕……こ、これ買いたい」
「ん?」
チューニが何かを見つけたのか、目を輝かせてそれを差し出した。
それは、革製の黒い手袋であった。
武器ではなく、意外なものを持ってきたチューニにジオも少し驚き、そしてその手袋をよく見ると更に驚いた。
「おいおい、この手袋……指の部分ねーじゃねえかよ」
「うん……指無し革手袋……こ、これ……欲しいんで」
「……いや……何の意味があるんだ?」
「えっ? いや……カッコいいでしょ?」
「……?」
チューニの持ってきた手袋。それはただ「カッコいい」という理由で持ってこられたものであり、それ以上の理由はチューニには無かった。
だが、チューニの持ってきた手袋を見て、店長は普通に納得したように頷いた。
「ああ、フィンガーレスグローブですね。それ、結構人気あるんですよ」
「えっ、そうなのか?」
「はい。手の保護だけでなく、魔法使いのように実験などで指先を使った細かい作業を行う際も指先の感覚が鈍ることもありませんしね」
「……へぇ……」
「あとはまあ……カッコいいという理由で買われる十代の若い男の子が多いですね」
意外と役に立ちそうだという理由はさておき、カッコいいという理由についてはあまり理解できないジオ。
しかし、手を前に軽く出し、グローブをハメて露骨に手をグーパーさせるチューニの様子を見ると、チューニ自身は本当にソレをカッコいいと思っているのだと分かる。
そんなチューニにジオも溜息を吐きながらも、本人が欲しがっているということもあって、店長に尋ねた。
「で、いくらすんだ?」
「はい。1万マドカですが……」
「微妙な値段だな」
「一応、レザーですので……」
正直少し高い……と、普段なら思っただろうが、しかしそれでも今の自分たちなら別に考えるまでもない。
荷物にもならない。
ならばと、ジオもそれ以上ツッコミ入れることはなく、チューニに頷いた。
「買えば?」
「うん、これください!」
「はい、ありがとうございます!」
単純に自分が欲しいものを買って嬉しそうなチューニ。
「リーダー、僕はこれでいいや! リーダーは何か買わないの?」
「ん? 俺は別に……特に欲しい武器はねーしな……。それよりも……」
一方で、ジオとしては残り3億9999万マドカをどう使うべきかと頭を悩ませた。
「……なあ、チューニ? ……こういう買い物以外で金を使うとなると、お前なら何をする? いや……何をやりたいと思う?」
「えっ? ゲームの話? う~ん……お祭りのおみくじを全部買ってみた! ……とか? ほら、あれってハズレばっかりだし、当りが入ってるか検証のためにとか?」
「ほう……つっても、祭りなんてやってたか?」
「ん? さあ、分かんない。っていうか、買い物ないならお腹空いたし、次はご飯食べようよ! 僕、ステーキがいいと思うんで!」
「お前、嬉しすぎて随分とイキイキしだしたな。そんなにそのグローブが嬉しいか? ……負けたら罰ゲームのこと、忘れてねーか?」
ジオが対決のことで頭を悩ませているのに対し、チューニはもう満足してはしゃいでいる。
そんな様子を見ながら、ジオは対戦相手のことを考えてみる。
やることなすこと全てが豪快なガイゼンと、自分たちの知らない知識を多く持っているマシンのコンビ。
この二人が本気で金を使おうとすると、果たしてどうなるのか? それこそ、想像がつかない。
「……負けたら罰ゲームか……マシンならまだしも、ガイゼンにはどんなメチャクチャな命令されるか分からねえからな……負けられねー……」
ゲーム開始から半日で、1万マドカのグローブ一つと、これから食べる昼飯にしか金を使っていない。
このままでは自分たちは本当に負けてしまうだろうと、ジオは感じていた。
だが、ジオは同時にある事に気づいた。
「ん? でも……待てよ? 確か投票は学術都市で第三者に投票してもらうって言ってたな……となると、投票者は……学術都市の奴ら……若い学生とか、ガリ勉タイプの青瓢箪たち……か」
そう、この勝負はいかに金を使いきるかとか、そういうものではない。
投票者が面白いと思った方に投票し、票数が多かった方が勝ちとなる。
つまり、自分たちがどんなに満足したり、面白いと思って金を使ったとしても、面白いかどうかの最終判断は、学術都市の者たちに委ねられるのである。
「なら、こっちにはチューニが居るし……若い学生が面白いと思うことに金を使ったり……あわよくば意見をもらったり……」
と、票に繋がる金の使い方をしてはどうだろうかと、少しセコイ戦略を立てるジオであった。
「なぁ、店長さんよ」
「はい?」
「学生もたまに来るって言ってたな? 今のがり勉の学生ってどういうもんに関心あったりするんだ?」
店での買い物も終えて外へ出ようとしたとき、何気なくジオが参考までに聞いてみた。
すると、店長は少し微妙な顔をして……
「う~ん、最近ですか……最近はちょっと……勉強熱心というわけでも……学術都市に住んでいる若い学生の子たちは、色々と変わってしまいましたからね」
「はっ?」
学術都市に住んでいる若者が変わってしまっている。
それがどういう意味なのかジオにもチューニにも理解できず首を傾げた。
「最近若い学生たちは、勉学や研究よりも……授業をサボって遊んだり、ファッションや男女交際にうつつを抜かして、勤勉が代名詞だったはずの学術都市が、若者を中心に乱れてきているんです」
それは、かつてトキメイキモリアルへの進学のための試験に落ちたことのある、ジオにとっては意外な事実である。
「噂では……『黒姫』と呼ばれる一人のダークエルフから始まり、若者たちは彼女に憧れてそのようになってしまったとか……」
「……ッ!?」
そのとき、ジオはポルノヴィーチのしていた話を不意に思い出した。
だが……
「あー! このフード付きの黒いロングコートもカッコいい! なんか、黒地に十字架が銀の刺繍で装飾されてて……これとセットの黒いズボンとブーツも……これもください!」
「えっ? あ、はい? おお、それですね! それは、正に最近の学術都市で神学校に通う若者たちの間で、カッコいい神父服を着るのが流行しているようで、私も作ってみたのです」
「すごい……いい! あっ、このアクセサリーもください!」
「それは、ただのアクセサリーで、マジックアイテムじゃないですよ?」
「いいんです! このシルバーアクセサリーください! シルバーかっこいい! もっと腕にもシルバー巻いちゃおっかな?」
グローブを購入した興奮と勢いのまま、帰り間際になって更に欲しいものを見つけて購入するチューニ。
「お、おいおい、チューニ……なんだ? お前のその……戦う神父だか、エクソシストみてーな恰好は……」
チューニの新しい格好に呆れたジオは、思い出しかけたポルノヴィーチの話をまた忘れてしまった。
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