第122話 ヘタレ

「……お、おい……」


 メムスとオシャマの攻めから逃げたジオが森の奥へフラッと行くと、少し開けた場所にて半裸で髪も乱したヤマタノラミアが、八つの胴体全てが昇天したような幸福に包まれた笑みを浮かべながら、呂律の回らぬ口で同じことを繰り返し呟いていた。


「や、ヤマタの一族をほろぼしゅ……くしゃなぎのけんしゅごい……草薙の剣……くしゃなぎの……棒しゅごい……」


 接近したジオにも気づいていないのか、ただそう何度も繰り返すイキウォークレイ。

 既に、事は終えた後の様子で、ジオも頭が痛くなりながらも、あまりジロジロ見ないでやって、その場を放置した。


「あのジジイは……」


 自分が他の女から逃げている間、ガイゼンはどうやら思う存分楽しんだようだ。

 相変わらずの男だと思いながら、その張本人は女をほったらかしにして何をやっているのかと、ジオは辺りを見渡した。

 すると……


「これこれ、マシンよ。男がオナゴに求められて、いつまでも逃げるのは感心せぬな。揉ませてやるぐらい、安いもんじゃろう」

「ッ、ま、待て、ガイゼン! じ、自分は、待て!」

「ガイゼン様ナイスでしゅ! 素晴らしいでしゅ! ボスは色々条件出してるですが、これだけでもう、わたしはガイゼン様の傘下になるでしゅ!」


 その時、森の奥からガイゼンの声、更にはどこか焦っているマシンと、興奮している様子のタマモの声が聞こえた。

 何をやっているのかと、ジオが声のした方に足を向けると……


「ぬわはははは、堅物め! 男が股をオナゴに求められたならば、黙って差し出してやるのが男の甲斐性じゃ!」

「い、いや、そういうわけでは、おい、タマモ・ミスキー! 自分から離れた方がいい!」

「うひいいい、マシンしゃんのでしゅ! 超絶合金でしゅ! うひいいいい、マシンさんの~!」


 思わず絶句したくなる光景がそこにあった。

 全裸のガイゼンがマシンを羽交い絞めにして、身動き取れないマシンの目の前で、マシンの股に涎を垂らしているタマモが……


「な、なにやってんだよ、あのバカたち……」


 思わずツッコミを入れてしまうジオだが、三人はジオには気付いていない。

 ガイゼンは豪快に笑い、マシンは珍しく慌て、タマモはウットリした表情で夢中。

 生真面目なマシンに品の無いことを強要しており、流石にジオもマシンに同情した。


「離れるべきだ、危険だ。自分には、まだ隠された機能が……」

「隠されたなんでしゅか? 隠された、ナニかがまだあるでしゅか? まだ見ぬ黄金郷があるでしゅか? 超絶合金のゴールドラッシュでしゅか?」


 マシンがいくら止めようとも聞く耳を持たないタマモ。

 幼い容姿でありながら、ジオですら引いてしまう狂った形相を浮かべながらマシンのズボンに手を伸ばそうとする。

 しかし、その時だった……


「いかん。このままでは………ピーーーーーーーー。モード変更」

「……?」


 突如、タマモにされるがままだったマシンの目が固まり、変な音を出しながら様子が変わった。


「ん? どうしたのじゃ?」

「マシンしゃん? ひゃっ!?」


 いきなり肉体から妙な音を出されたため、それにはガイゼンもタマモも反応して思わずマシンから離れた。

 すると、マシンは目の前のタマモを見ながら……いきなり抱きしめて……


「……タマモ・ミスキー……」

「は、はいでしゅ……」

「今からお前の性的欲求の全てを満たすことを約束する」

「……はい? ひゃっ、ま、マシンしゃん? ふぇ?」

 

 思わずジオも聞き間違いかと首を傾げた。

 なぜなら、「そういうこと」からは拒否して逃げ回っていたマシンが、突如として目の前のタマモを抱きしめて、あろうことか自らの口でタマモを満足させると告げたのだ。

 ジオだけでなく、ガイゼンも驚いて後ずさりする。

 

「どどど、どうしたんでしゅか、マシンしゃん??」


 自らマシンを求めておきながら、いざマシンの方から手を出されると、タマモも状況が理解できずにアタフタしてしまう。

 すると、マシンはまるで開き直ったかのように告げる。


「モードが変更された」

「はいっ? モードでしゅか?」

「我ら大量生産型ターミニーチャンに備えられた機能。自分は股間を他人に十秒以上触れられると、その瞬間から、『ダッチハズバンド』として女性を満足させるために全力を尽くすようにプログラムされている」

「ふぇっ!?」

「制作者であるセクハウラが作った隠しプログラム。申し訳ないが、今から自分はお前が満足するまで、このプログラムは解除できない」

「ふぁ、ふぇ、ふぇ? ふぁ……あっ――――――――――――」


 まるで、隠されたマシンの裏の顔のような物を垣間見た気がした。

 そこから繰り広げられるのは、女が涙を流しながらも幸せそうによがり狂う光景。


「お、おう、そ、そんなことまで……そんなテクニックが……お、おお、そんな道具が? ……す、すごいの、マシン……。あ~……さ、さ~て、ワシは新しい女房ともう一戦してくるかのう」


 こんな事態になったのは、ガイゼンの責任なのだが、ガイゼン自身は笑顔を引きつらせながらも「何も見なかった」ということにして、その場を後にしてイキウォークレイの元へと戻っていく。


「……マシンに、あんなヘンテコな体質があるとはな……忘れてやろう」


 ジオもまた、目の前で繰り広げられるマシンとタマモの獣の様な激しい戦いは、見なかったことにしようと、その場を後にする。

 その途中で……


「坊や……うふ、うふふふふふ……ほら、ココですよ。もっとよく見てください、コンコン♡ あん、鼻血……またのぼせて……」

「あぅ……ふぁ……あ……ふぁ……」


 コンとチューニの声も聞こえたが、ジオはそれも聞かなかったことにした。

 というより、複雑な気分になって足早に森から出ていこうとする。


「あ~、ったく、どいつもこいつも……ほんと、何やってんだか……くそ、もう俺もいっそのこと、ヤルぞ? 本当に……」


 気付けばガイゼンもマシンもチューニも三人ともそれぞれ似たような時間を過ごしている。

 自分だけ良識と理性でそういうことは拒否したというのに、何だかそれがアホらしくなって、ジオは投げやりになってそう呟いた。

 

「まぁ、別に……メムスだってそうしたいって言ってるし……まぁ、据え膳? くははは、もういいや。俺もハメ外すぜ」


 もう逃げるのもやめて、別にメムスとそういうことをしてもいいやとヤケクソのように口に出しながら、ジオは村に戻ろうとした。

 だが、そのとき……



――ねぇ、ジオ……あなたも……心臓の音がすごいことに……なっているわよ?


「ッッ!!??」


――私を死ぬほど愛して……未来永劫全人類に誇ることね。この私の初めてを……うばっ……たのだ、から……


「うるせえ……出てくんじゃねえ……」


――ありがたく受け取りなさい、この体も……そして、私の口付けも……そして、あなたはこの私のモノだと魂にまで刻み込んでやるんだから……



 突如として、ジオの腹の奥底から猛烈な不快感が沸き上がった。


「っ……な、なん……だってんだよ」


 それは、もう何年も前の記憶。

 今となっては、もはや呪い。

 どうして、今そんなことを思い出したのか……


「……けっ、……イラつく……」

 

 顔を赤くし、涙を流しながらも笑みを浮かべ、力の入らない手で必死に抱きつきながら自分を求めてきた女。

 もうとっくに決別し、切り捨てて、そして記憶の彼方へと追いやった。

 これから新しい人生を生きる自分にはもう二度と関りのない存在。

 だから、これからの人生でどんな女と出会い、そして仮にそういう関係を築いても、何も気にする必要はない。

 感じる今の不快感も記憶も何でもないものである。

 そうジオは考えていた。

 そう思おうと、自分に言い聞かせる。


「あっ、い、居た! こんな所に……」

「ッ!? ああ……なんだ……お前か……」

「うむうむ、オシャマは居ないようだし……これで我の勝ちだ!」


 木に寄りかかって体と心を落ち着かせようとするジオの元へ、目を輝かせているメムスが現れた。

 ジオは正直今の気分は芳しくないが、興奮している今のメムスはそのことに気づいていない様子。


「よ、よし……こ、これで、……うむ、これで……」

「はっ?」

「ゆ、ゆくぞ、ジオ! か、覚悟するがいい!」


 メムスはどこか緊張で震えながらも、それでも勇気を出してジオに向かって……


「ゆ、ゆくぞ……み、みせて、や、や、やる……ジオ……ぶ、ぶいじ開脚からの……ま……ぐり……がえ……こ、これでジオは、ン法教えたがり状態になるのだから……」

「……メムス……」


 腰を徐々に下ろそうとしながら、衣服の裾をギュッと握りしめるメムスは、顔を真っ赤にしながらもジオを誘惑しようと、ポルノヴィーチ直伝の必殺を……


「ったく、……アホか」

「あいたっ!?」

「そういうのは、本気で惚れた奴を見つけたら言えって言ったろうが……」


 メムスが全てを曝け出す前に、ジオがその額をチョップした。

 先ほどの二人での戦いは何だったんだと、ジオが呆れたように告げると、メムスは頬を膨らませて涙目になった。


「ぬっ、じ、ジオッ……だ、だって……お、オシャマが……その、お前に……そういうのしているのを目の前で見せられるのが……たまらなく嫌だったんだ……もん……」


 怒るかと思ったら、急にシュンとしだすメムス。


「……そ、そりゃ、お前は忘れられない恋人居たり、我を子ども扱いしたりだけど……」


 先ほどは「恋ってなんだ?」と聞いて来たまだ子供だったはずのメムスが、女の表情で拗ねた様子を見せる。

 それは、単なる知らないことを求める好奇心でもない。

 子供が背伸びして大人ぶる様子でもない。

 自分を馬鹿にしたオシャマへの対抗心でムキになっているわけでもない。


「……重いな……」

「……え?」

「気軽に来てくれりゃ楽だったけどな……本気で来られると……やっぱりな……」


 メムス自身は気付いていないだろうが、その表情は完全に恋する乙女。

 それぐらい、ジオにも分かった。

 でも、だからこそジオは思わず身構えてしまった。


「言っただろうが……俺じゃお前を幸せにはできねーよ」

「うっ……た、確かにそう言われたけど……」

「だから……」

「……う~……えーい、うじうじぐじぐじまどろっこしい!」

「ッ!?」


 そのとき、緊張していたはずのメムスは、イライラしたかのように一気にジオに身を寄せた。


「お前は~、人に偉そうに説教するくせに、なんかこういう話題になるとウジウジしてて、見ていてムカつく!」

「お、おい……」

「我のことをよく知りもしないくせに、我の幸せを勝手に決めつけるな! 本気で惚れた奴に言ってやれ? 気軽が良い? うるさいばかたれ! 本気ならいいんだろ!」


 メムスは両手でジオの両頬を掴み、勢いよくまくし立て、そして……


「んっ!」

「……っ……」


 メムスは魔に支配された衝動は失せたのに、女としての衝動は抑えきれず、それをジオは避けることが出来なかった。

 ぎこちなく、唇も硬く震え、勢いよく互いの角や鼻がぶつかり合うような、ムードもへったくれも無い粗末なものであった。

 しかし、それでも二人の唇は間違いなく重なっていた。


「……っ……」

「ん! んん! んっ!」


 それは「そういった経験」が豊富なジオからすれば、下手なキスだった。

 だがそれでも懸命であることと、メムスなりの本気を感じ取るには十分だった。


「……ん」

「ッ!?」


 だから、「まっ、いいか」とジオはガードを緩め、メムスのキスに応えるように自身の舌をメムスの口内に侵入させ、舌を絡める。


「ッ?! ん、んぐっ、んむっ!?」

「んっ! んん」

「ッ!?」


 ビクッと体を震わせて、一瞬驚いて離れそうになるメムスだが、ジオはやめなかった。

 やがてメムスも「こういうものなのだ」と理解するようになり、自身も舌で絡め返す。

 だが……


「んんんんっ!?」


 次の瞬間、メムスは体を襲う感覚に再び全身を震わせた。

 それは、自分の衣服の隙間からジオが手を侵入させているからだ。


「ぷはっ、お、おい、ジオ?! お、おまっ、んひっ!?」

「んっ……ジッとしてろ……」

「で、でも、お、おま、わ、私の……私の……」


 服の下から下着の隙間に滑り込ませ、ジオの手はメムスの柔らかい乳房を弄った。手のひらで包み込み、指先で摘まみ、撫で、引っ張り、捏ねる。

 決して不自然に大きいわけではないが、整った形と柔らかさをジオは堪能。

 そして、


「んうつっつつつ!? そそそ、ソコ、ソコは!?」


 ジオの手は胸だけに止まらない。

 片方の手で乳房を弄り、もう片方の手はメムスの股に侵入。

 下着を引っ張りその奥を撫でるようにまさぐる。


「ひ、くすぐっ、で、だ、だめだ、ジオ! そん、んぐっ!?」

「んっ……いいから。お前から誘ったんだろ?」

「うっ、うぐっ、んむっ……むぅ……」


 悲鳴を上げようとしたメムスの唇をキスで塞ぎ、優しくあやすとメムスもだんだんと足の力を抜いてジオに身をゆだね始めた。


「こ、これが、ン法……なのか?」


 トロンとした発情した雌の表情で尋ねるメムスに、ジオは笑みを浮かべて……


「いいや、こんなの料理でいうところの下ごしらえ。これからさ」

「こ、これからなのか!?」

「ああ」

「そ、そうか……う、うう、わ、わかった……続けろ……美味しく料理しろ」

「くははは、ああ。美味しく調理して、美味しくいただかせてもらうぜ」

「あ、ああ……残さず食べろ」


 メムスは観念して目を瞑り、全てをジオに任せようとする。

 その想いにジオも応えようと……


「……ッッ!!??」


 だが、ジオがメムスと交わろうとした瞬間、再び腹の奥底からこみ上げるものを押さえきれず、ジオは思わずメムスを押しのけていた。


「うぷっ、ぐっ……」

「はあ、はあ……ジオ?」

「い、いや……なんでもな……うっ、うぷ……」


 口元を押さえるジオ。顔も青くなり、動悸も激しい。

 それは、性的な興奮とは全く別のモノ。


「わ、わり……ちょっと……」

「えっ? ジオ……わ、我は何か……」

「違う、お前は何も悪くな……わ、わり、ちょっとだけ外す! わるい! す、すまねえ……」


 こみ上げてくる吐き気を押さえきれずにジオはすぐにその場を駆け出した。

 今のでメムスを激しく傷つけてしまったかもしれないと分かりつつも、それでも今は走るしかなかった。

 すぐに戻ってメムスには謝らなければならない。

 だが、仕切り直すのはまだ無理そうだと、ジオは今の自分にそう感じていた。


「はあ……はあ……どうしちまったんだ……俺は……オシャマにはこんな風に感じなかったんだが……はは……ほんとに呪いだぜ……」


 メムスに女を感じ、唇に触れられた瞬間、ジオの体の奥底からトラウマのようなものが目を覚ました。


「けっ……俺が……こんな、ヘタレになっちまうなんてな……」


 もう、心は完全に過去を捨て去ったはずである。

 しかし、新しい人生に歩みだしたものの、新しい女を受け入れるには、まだジオの奥底にある何かの傷は根深かった。

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