第109話 九覇亜本領発揮

「でゅえへへへへへ! さあ、カオスとエロスのフュージョン、すなわちカロスな世界へご案内なのだ! それ、ハーメハッメハッメ、ハーメハッメハッメ、ルッルノル~!」


 突如として顔を紅潮させて興奮した表情で衣服をはだけさせる女たち。

 自分の夫に飛びかかる女たち。

 自分の想い人に突然告白してそのまま飛び掛かる若い娘たち。

 そして…… 


「シュルラアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 突如揺れ動く大地と森。唸る山。

 それは、ポルノヴィーチの手によって目覚めた真の怪物。


「っ、な、なんだ!? このとてつもなく巨大な嫌な感じは……鳥肌が……」

「変形しておるわい……あやつめ……」

「なんとも禍々しい……」

「ま、まずいゾウ……イキウォークレイめ……これほどの力を隠していたゾウ?」


 どす黒い闇を纏い、禍々しい姿へと肉体を変異させていくイキウォークレイ。

 ただの中年ラミアとして、結婚に浮かれていた魔物が、まるで災厄そのものとなって姿かたちを変える。


「シュルラアアアアアアアア、また昔のダチが結婚した!」

「ブーケをもらって、これでいっぱいもらったねなんて言われた!」

「私も幸せになってやる……そう誓ってはや数十年!」

「独身の部屋に自慰器具が転がって何が悪い!」

「何が握手してくださいだクソガキども! なぜ、私の婚約者にならないかと聞けば皆、走って逃げる!」

「中年だけど猥談加われなくて何が悪い!」

「男が欲しいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「喰わせろおおお、私の男オオオ、ようやく手に入った男喰わせろおおおおお!」


 それは、「一人」でありながら「八人に分かれた、一体の怪物」だった。

 魔力を漲らせて肉体を変化させた、ラミアのイキウォークレイは、その蛇の胴体から新たなる胴体が次々に枝分かれし、各々がイキウォークレイと同じ容姿、同じ感情で叫び、同じ大きさに増殖した。


「ヤマタノラミア……わらわのような九尾と同じ……突然変異の異端児……いや、異端中年なのだ!」


 それは、一体の蛇の体から八つのイキウォークレイが存在する怪物。


「「「「「「「「男男男男の肌あああああああああああ、温もりいいいいいいい、アソコオオオオオオオ!!」」」」」」」」


 八頭同時に狂ったように叫ぶイキウォークレイは、その咆哮と共に口を大きく開き、凝縮して溜め込んだ魔力を光線として同時に一気に吐き出した。


「ぬうおおっ!? でかいわい! 那由多不可思議無量大数拳ッ!!」


 太くデカく強烈な光線。もし回避すれば甚大な被害が出ると瞬時に察したガイゼンが、光線に高速の連打で真っ向から立ち向かう。

 ガイゼンの拳によって弾かれた光線は四散して、空や辺りの地面や森を直撃。


「ふい~……びっくらこいたわい……」

「男おおおおお、結婚んんん!」


 頬に一筋の汗をかいたガイゼンの両拳は青黒く腫れあがっていた。

 それは、今のイキウォークレイの攻撃によって受けたもの。

 

「しゃあああああああああ、ジェノサイドオオオオ凌辱ううううう!」

「ぬおっ、ちょ、抱いてやるから、少し落ち着かんか!」


 光線は防がれたものの、狂ったように暴れるイキウォークレイは八つの体をそれぞれバラバラに動かしてガイゼンに襲いかかる。

 その高速の動き、そしてうねった胴体は地面を通るだけで土を大きく抉る。

 八つの高速の鞭がバラバラに襲いかかって、その一つ一つに大砲以上の威力を兼ね備えている。


「よっ、うっ、ぬおっ、ちょ!? は、速く……強いッ!?」


 胴体の体当たりを一撃受けるだけで、防御の上からでもガイゼンの体に鈍い痛みが走る。

 そして、防御に気を取られていると、動きの止まったガイゼンの体を別の蛇がまた攻撃する。


「逃がすかアアアアアアア、ウチの男オオオオ」

「お、おおっ!? しもた!」

「捕まえたああああ!!」


 一体の攻撃を回避しても、すぐに別の一体が噛みついてくる。

 かと思えば、いつの間にか一体がガイゼンの肉体を張って絡みつき、そして締め上げようとする。


「……ぬわははは……やりおる……しかも……力づくでバラバラにすることはできなくもないが……一度嫁にすると言った以上は後味が悪い……さて、どうしたものかのう?」


 八人のイキウォークレイ。体は拘束され、締め上げられ、更に考える時間も与えぬように残る全員のイキウォークレイが一斉になってガイゼンに飛び掛かり、その体で押しつぶし、埋もれさせて、その姿が完全に蛇たちの体に隠れてしまった瞬間、中から何かが飛び出して地面に落ちた。


「っておおおおおおい、このままヤル気か、ウヌは!?」


 地面に落ちたもの。それは、ガイゼンの破かれた衣服や、砕かれた防具の破片。そして、イキウォークレイの上半身にまとっていた、たわわな乳房を覆い隠していた白い襟付きのシャツ。


「ガイゼンッ!? ちょ、あの中年ラミア、フツーにつえーじゃねえかよ!?」

「……だから、言ったはずだゾウ! ポルノヴィーチに次ぐ、組織No2にして魔界に轟く大物賞金首と!」


 一瞬の出来事にジオとカイゾーも顔を青ざめさせる。

 そして今、地面に落ちているのは二人の衣服。つまり……


「ヤマタノラミアはあの蛇山の中でガイゼンと……このまま交……いや、蹂躙する気だ」


 目を見開いたマシンが冷静にそう告げた瞬間、ジオも慌てて動いた。


「ちっ、流石に助けて――――」

「ムコオオオオオオオオオオ!」


 ジオの脇腹に強烈にて高速のタックルが突き刺さった。


「ッぐ、うぐっ!? がっ……しまっ……ヤベ……アバラが……数本……」

 

 吹き飛ばされ、受けた衝撃により響く痛みにジオの表情が苦痛に歪む。

 

「暴威ッ!?」

「リーダー!?」

 

 そのまま地面に背中を付けるように押し倒されたジオ。

 その上には……


「ふがああ~~~、ムコぉおおおお!」

「オシャ……マ……ッ!」


 そこには、興奮して蕩けた表情をするオシャマ。


「てめえ、離せッ、このクソガキ!」

「……ハナサナイ……」

「ッ!?」


 そしてその肉体は……


「おま……それは……竜の腕に……羽……っ!?」


 人化した状態のオシャマには、頭部から二本の角、太く大きな竜の尾、そして鋭い犬歯を生やしている以外は人間の少女と変わらぬ姿だった。

 しかし、今のオシャマはそれだけではない。

 獲物を狙う爬虫類のような瞳。そして、その背には竜の羽。

 そしてその二本の腕は鋭い鉤爪を持った竜の腕であった。

 その姿に『ある力』を感じたジオは、舌打ちしながらポルノヴィーチを見上げる。


「ドラゴンの力を持った人型形態……これはっ!?」


 すると、ポルノヴィーチは……


「そう。バカでかいドラゴンのパワー全てを小さな人間の体に凝縮し、より戦闘に特化した竜人族が行き着く形態……ドラゴンフォースなのだ!」


 邪悪な笑みを浮かべてそう告げるポルノヴィーチの言葉にジオは戦慄した。


「ドラゴンフォースだと!? 竜人族の中でも歴戦の戦士が行き着く形態に、こんなガキが!?」

「そりゃ~もう、そやつはそう見えて、血統は優秀すぎる怪物児じな~のだ!」

「ちっ、まず……ぬぐっ!?」


 このままではまずいと、今すぐ離脱しようとするジオだったが、竜の鉤爪が頭蓋骨に食い込むほど頭をオシャマに掴まれて取り押さえられた。


「ニガサナイ、ムコはオシャマのオオオ! コウビコウビコウビッ! オシャマ脱いでるから準備万端ッ! 今すぐ赤ちゃん!」

「ぐっ、ぬがあああああああああああ!?」


 激痛が頭部に走り、血が噴き出し、ジオも思わずうめき声を上げたと同時に、オシャマは無我夢中でジオの顔面を流れる血ごと舐め回した。


「ちょ、くすぐっ、きたね!? つお、やめえええええい! 顔舐めんな!? って、頭蓋骨が潰れ、っ、離しやがれ!」


 じゃれた犬がするように、小さな舌先を高速でチロチロとジオの顔がべとべとになろうと構わず舐め回した。

 そして……


「このままではリーダーも捕食され……」

「溜まったアレをもませていただきましゅるううううう!」

「ッ!?」


 マシンの間合いに入り込み、低空から一気に振り上げられるアッパー。

 寸前にマシンは回避して距離を取るが、より野性味あふれた空腹の野獣は逃さない。


「お前は……タマモ・ミスキー……まだ自分と戦おうと?」

「あちゅいんでしゅ……わ、わたし、も、もう、いけないこになっちゃうんでしゅ!」


 マシンが距離を取ろうと下がったら、まるで予知していたかのようにマシンの逃げ道に反応して追尾する。


「スピードと反応が格段に上がって……」

「ニガサナイデシュ!」

「ッ!」


 単純なスピードだけならマシンが上。しかし、タマモはマシンを捕まえられないまでもその動きについていき、徐々にだがその指先がマシンに触れそうになる。


「っ!? これは……」

「次はそっちいって、上に飛ぶでしゅね!」

「自分の動きを……」

「そして、私はフェイントでしゅた!」

「ッ!?」


 タマモが掌を開いてマシンの体を掴もうとしたが、寸前のところで衣服の一部が千切れるだけで、マシンは何とか回避した。

 だが、あと一歩で捕まるところだったマシンは、格段に動きが良くなったタマモに戦慄した。


「……速くなっただけではなく……自らの攻撃で、自分の逃げるルートを誘導して、追いつめる……何手先まで先読みしている? まるで……獣を狩るハンターそのもの……。更に、予測不可能なフェイントで自分の洞察も狂わせている……」

「タマぁ~、もういちど、なんどでも、死ぬまでモミモミしたいでしゅ~!」

「……そんな形相されては信じがたいが……」


 マシンは自分の動きが先読みされ、更にタマモの攻撃によって回避する動きを誘導されて、逆に追い詰められていることに気づいた。

 すると、そんな攻防を眺めていたポルノヴィーチは告げる。


「でゅふふ……あらゆる予測不能なフェイントを織り交ぜて相手を撹乱し、更にその野生の嗅覚と実践で鍛え抜かれた先読みの技術は……相手がいかにパワーとスピードを誇ろうとも、必ず追いつめて拳を突き立てる……拳闘の天才……それがタマモ。よりむき出しになった野生の嗅覚から逃れる術はないのだ。すべては……黄金の大秘宝を掴むためなのだ!」


 イキウォークレイやオシャマのような肉体的な変化ではなく、より洗練された動き。

 タマモはもはや、一瞬の油断も許されない脅威となったことをマシンは感じていた。

 

「でゅふふふふふ、これが九覇亜……ひとたび、本能がくぱぁと開けば、男は誰も抗えんのだ~」


 その場で両足を大きく広げるようにしゃがんで座るポルノヴィーチは、仲間たちのパワーアップした姿にご満悦の様子。

 そんなポルノヴィーチの前にカイゾーが立ちふさがるが、その痛々しいほどに傷ついた体では、もう魔法の一つも放てるものではなかった。


「ポルノヴィーチ……とんでもないことを……」

「睨むななのだ、カイゾー。そんなに見つめられるとお漏らししちゃうのだ。むしろ、するのだ! わらわ、みんなの見ている前で―――」

「やめんか! ……貴様……」

「ふふん。よほど痛い目にあったようなのだ。これで……でゅふふふふふふ……今日から一日最低十発……でゅふふふふふふ」


 いやらしい瞳のまま、口元から涎を垂らして笑うポルノヴィーチ。

 カイゾーは傷ついた体を引きずって、どうにかして一矢報いてやろうとするも、もう体が思うように動かない。

 周りの、ジオ、ガイゼン、マシンは手を離せる状況ではない。

 このままでは……そう、カイゾーが舌打ちした時、ポルノヴィーチはあることを気付いた。


「ん? そういえば、コンの姿が見当たらないのだ」


 先ほどまで近くに居たはずのコンの姿が居ない。カイゾーも思わず見渡すと、コンの傍に居たはずのチューニも居なくなっている。

 一体どうしたのかと思うと、


「ねえ、開けてよ~! チューニ連れてっちゃだめ。チューニはロウリのお婿さんなのお!」


 体をムズムズさせながら、とある家の戸を必死に叩いているロウリが居た。

 その家の中から……


「おかしいです……私はボスの魔法にかかり……でも、坊やに触れた瞬間正気に……。でも、これは千載一遇のチャンスですよね? 今はこういう状況ですから何をしても、ボスの魔法の所為にできますし……コンコン。戸もしっかりと閉めて、誰も入ってこられないようにしましたし……ふふふ、お借りしていたローブはお返ししますね、坊や♡」


 コンの独り言が聞こえ……


「ふふふふ、坊やも失神していますし……私が脱がしてあげましょう。さあ、坊や。二人で裸と裸のお付き合いをしましょう。そして、私の秘技……泡魔法で作り出した……『石鹸ランド』を披露しましょう、こんこん♡」


 チューニにもまた危機が迫っていた。



 しかし、こんな危機よりも、もっと強大な存在を、このときはジオもマシンもガイゼンも、そして本来真っ先に気付くべきカイゾーも、この混沌とした状況に気を取られて、『そのこと』が頭から抜けていた。



 もっと圧倒的な才能と血筋を持った最恐が、間もなく目覚めようとしていることを、ポルノヴィーチ以外は気付いていなかった。 

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