第100話 宴の途中
「おい、ジオ! 焼いた魚を大皿に乗せて、さっさと広場へ持っていけ!」
「おー」
「ジオ、何度言ったら分かる! 素早くと言っても、落としたら台無しになるから皿は一つずつ持っていけ!」
「おー」
「ジオ、酒の追加だ! 倉庫から酒樽持ってこい!」
「おー」
「ジオ! 貴様、コッソリつまみぐいしてるんじゃない!」
「おー」
「おい、ジオ! 薪を切っておけ!」
「おー」
「ジオ、返事は『はい』と言え! 男のくせに元気のない返事をするんじゃない!」
「はいよっ」
村の広場に薪を積み上げてできた大きな篝火を囲うように、村人たちは地べたに座って既に盛り上がっていた。
「そっか、ロウリはチューニ坊主の嫁になんのか?」
「うん! チューニね、すごかったの。手をこうやって下に置いただけで、どかどかどかーって地面が動いたの!」
「あ~……ありがと……ただ……ご飯食べるときは、人の膝の上からおりてほしいんで……」
「おやおや、チューニ君、照れてるんじゃないか? こりゃ~、まんざらでもないかい?」
「いや、ありえないんで! 僕とこの子、いくつ離れてると思うんで!」
「ぶ~、チューニがロウリ子ども扱いする~……ロウリも、もうちょっとしたら、おねーちゃんみたいに大人の女になるもん!」
チューニの膝の上を独占してニコニコ笑いながら食事するロウリと、そんな二人をからかう村の大人たち。
「水車を使って小麦粉がより多く製造できるのなら……それを使ったいい料理がある。川で手に入る魚……村で栽培している野菜……これらを小麦粉で包み、油で揚げる」
「え……えええ!? そ、そのまま揚げちゃうんですか!?」
「耳を澄まして油の跳ねる音を聞き……ここぞというタイミングで取る……あとは塩を振って食べてみて欲しい」
「わぁ……すごい、サクサク……で、ぅ!? う、うまっ!? バカウマ!?」
「そう言ってもらえると嬉しい。この料理は『天ぷら』という」
マシンは村の女たちを集めて料理を伝授していた。
先ほど、ガイゼンに発達しすぎた技術の伝授が及ぼす危険性を指摘され、そのことを気にしたマシンは「料理なら大丈夫だろう」と考えたのか、この村で入手できる素材を使って、村人たちがまだ見たことのない料理をふるまっていた。
「ぬわーっはっはっはっは! では、ワシの芸術的な尻文字を見よ! あっそーれ、あっそーれ! ワシの名前はどー書くの? こー書いて、こー書いて、こー書くの♪」
「「「「「ぎゃはははははははは、じーさんさいこーっ!!」」」」」
「とーちゃん、僕も僕もー! こ~書いて、こ~書いて、こー書くの♪」
「私もするーっ! あのね、わたしのなまえは、こーかいて、こーかいて、こーかくもん♪」
そしてガイゼンは酒でほろ酔い気分になりながら、村のおやじ連中と子供たちの前で歌いながら尻文字を披露して盛り上げていた。
「……って、なんで俺だけここまで働くんだよッ!?」
「おい、ジオ! サボっているんじゃない!」
「うるせーーっ! つか、さっきからお前、俺を顎で使ってんじゃねえ!」
そんな盛り上がりを見せる宴会に、ジオは中々入り込むことが出来ず、いつまでもメムスの家の台所でこき使われていた。
流石に自分だけ扱いが違いすぎると、いい加減文句を口にしようとするジオだったが、そんなジオに背後からいきなり酒の入ったお椀が差し出された。
「お疲れだゾウ。一息入れるゾウ……暴威よ」
「ん……お……おう……」
それは、宴会からコッソリ抜け出して、ジオに差し入れをするカイゾーだった。
予想外の人物にいきなり来られてジオも思わず戸惑ってしまった。
「あ、おい、カイゾー! 何を勝手に……」
「まあまあ、メムス様。こやつをあまり怒らせてはなりませんゾウ。小生の首を取れたにもかかわらず見逃して、尚且つ本来やらなくてもよい雑用をしてくれているゾウ」
「何を言う! お前をボコボコにした罪はまだ消えてないんだぞ!」
「い、いえ、小生をボコボコにしたのは先輩で……それに、メムス様も少しは休まれた方がいいと思いますゾウ?」
「我は働くのが好きだから別に……」
「それに、こやつは小生にとっても浅からぬ縁がありますゆえ、少しは歓迎させて欲しいと思いますゾウ。メムス様も、こやつに器が小さいお方と思われたくはありますまい」
「む、む~……」
メムスは少しむっとするが、カイゾーの説得に仕方なく納得した様子で手を止めて頭に巻いていた頭巾を外して水を一杯飲んだ。
そして、どこか照れ臭そうにしながら、台所の鍋の横にコッソリ置かれていた皿を取り出して、それをジオに差し出した。そこには、いつの間にか取り分けていたのか、宴会で出されていた料理が乗せられていた。
「まったく……本当はもっと働いてからにするところだが……まぁ、いい。お前も……意外と真面目に働いたから、食わせてやる」
ちゃんとジオの分も取っていたのだが、いざそれを出すのは恥ずかしくて思わずソッポ向くメムス。その様子に、ジオもイライラがどこか消えてしまい、苦笑しながらその皿を受け取った。
「これはこれは……光栄だね」
「ふん、味わって食べるんだな!」
「あいよ」
「はい、と返事しろ!」
「はいはい」
「はいは一回だ!」
「はいよ」
広場の篝火や宴会を家の庭から眺めながら、家に寄りかかるように座って一休みに入るジオ。それなりに働いたことを実感できたのか、少し冷めた野菜や魚もおいしく感じることが出来た。
「ああ……悪くねえ……胃の調子もようやく戻った感じだしな」
「ん?」
「三年ほど牢屋に居て胃がボロボロになっちまってな……あんま、重たいものとか食えなかったんだが、最近ようやく治ってきたってことだ」
胃がボロボロだったというよりは、何年も使っていなかった胃が食事や酒に驚いてしまってなかなか受け入れられなかったのだが、それもようやく慣れ始めてきた。
だが、そのことをメムスが理解できるはずもなく、ましてや詳細に説明しては暗くなってしまうので、ジオは冗談交じりの口調でカイゾーを見て、
「あと、昔、カイゾーにズタボロにされた後遺症とか……」
「それは関係ないと思うゾウ! というより、いつの話だゾウ!」
と、笑って話を流したのだった。
カイゾーも溜息を吐きながら、ジオの横にドカッと座り、メムスも仕方ないから一緒に休憩をしようと、反対側のジオの隣に座り、三人で並んで座りながら、盛り上がる宴会をジッと眺めていた。
「実際……そんな大昔ってわけじゃねーんだが……でも……やっぱ……昔だな」
「ん?」
僅かな沈黙の後、ジオがこの状況に対してふと呟いた。それは、ジオ自身とカイゾーのこと。
「あの時は想像もしなかったな。あんたとこうして酒を飲むなんてな」
「確かに……それだけ時代も世界も変わってしまったゾウ……この数年で」
かつて、戦場で敵味方に分かれて戦った者同士。ジオ自身は新人で最も血気盛んな時期に完膚なきまでに叩きのめされた因縁の相手でもあった。
しかし、今では互いに帝国と魔王軍から追放され、対等な立場でこうして酒を飲み交わしている。
「暴威よ……お前は、先輩たちと冒険者となり、今後の人生に何を望む?」
「別に。ただ、好きなように生きて、楽しく過ごして、そこで生きがいを見つけられりゃ何でもいいさ」
「帝国には戻るつもりはないゾウ?」
「クソくらえだぜ」
「……そうか……」
「おいおい、なんであんたが切なそうな顔をしてんだ? くはははは、ウケるな」
「……ふっ、確かに。お前には仲間を討たれた恨みもあったはずだったゾウ……おかしなものだゾウ」
そして、こうして語り合い、まったりとした時を過ごしている。
奇妙なものだと、互いに笑ってしまった。
「でも、あんたはどうするんだ? このまま、この小うるさい女の御守をこれからもしていくのか?」
「……ん? ん………」
「むっ!? おい、ジオ! 小うるさいとは、まさかこの我のことか!? この無礼者め!」
ジオが隣に居たメムスを顎で指しながらカイゾーに尋ねた。当然、メムスはムッとしてジオの首を絞めにかかるが、カイゾーは顔を俯かせて歯切れが悪かった。
「……正直……どうすればいいのか、分からないゾウ。もはや、小生に人類へ反乱をする気も、魔王軍再建の心も折れたゾウ……メムス様がこの地で変わらぬ日々を望まれる以上は、それでいいと思っているゾウ。しかし……」
「ふっ、五大魔殺界とやらに……それに、いずれ他の魔界の連中もこいつの存在に気づけば……か」
カイゾー自身もまだ答えが出ないままでいた。自分が遭遇してしまったこの状況に対して、今後どうするべきなのかを。
「また……我のその話か……我の顔も名前も知らない親の……」
そして、メムスも少し拗ねたように唇を尖らせて、これまで「自分には関係ない」と言っていた「その話題」に対して初めて触れてきた。
「なあ、ジオ。カイゾー。我はこの村の人間だ。父も母も人間で……この村の誰とも血は繋がらなくても娘で妹で姉で……それじゃぁ、ダメなのか?」
魔族も魔王も戦争も知らずに生きてきたメムスにとって、自分の意志に関わらずに押し寄せてくる外の世界の事情に不安を感じていたのだ。
そんなメムスの気持ちに対して、ジオはただ正直に答えた。
「世の中は世の中の事情で回っている。世の中はお前のために回っているわけじゃねーから、お前の意志がどうであれ、それを汲んでくれるほど世間は優しくねーさ」
「ジオ……?」
「自分はこうしたい。こう生きたい。ずっとこのまま……そういう気持ちなんてちょっとしたことで台無しにされる。戦争でもそういう奴らがたくさん死んだし……戦争の無い時代だって……ふとした瞬間に、全てを失う。そして、不運なことにそれは決して特別なことじゃねーってことだ。誰にだって起こりうることさ」
かつて、戦争で死んだ敵や戦友たち。
戦争が終わったにもかかわらず、全てを失った、チューニの同級生だったリアジュや、マシンによって叩きのめされた勇者オーライ。
そして……
「カイゾーだってそうさ。魔界では英雄扱いの魔王軍の大将軍……それが、今では世間からは忌み嫌われる賞金首だ」
「だ、そ、ば、それは……」
「暴威……」
今、メムスの身近にいるカイゾーとてそうである。
そう言われてしまえば、メムスもカイゾーもそれ以上言うことは出来なかった。
「人間であろうと、魔族であろうと、魔王も勇者も姫も将軍も……生きている限り何があるかは分からねーのさ」
「……何だか……随分と分かったかのように言うな……お前は……」
「くははははは。俺も三年のブランクがあるとはいえ、そこそこ濃い人生を送ってきたからな……」
大魔王の策略によってすべてを失った自分にも同じことを言える。
そんな風に感じながらジオは苦笑した。
人生はいつ、何が起こるか分からない。
それこそ、今、こうして目の前にある平和でにぎやかな光景も……
「んっ!?」
「ぬぬっ!?」
唐突に破壊されることだってある。
「ジオ? ……カイゾー? どうした?」
突如、ジオとカイゾーが何かを感じた。
大きな力と気配。自分たち以外の何かが近づいている。
「ッ、上だっ!」
「な……や、奴らはッ!?」
そして、その何かの位置に気付いたジオたちが上を見上げると、そこには夕焼けに染まった空を一頭の竜が羽ばたいていた。
朱色の鱗を持ち、三又の鋭い角を尖らせ、あらゆるものを噛み砕く牙、そしてあらゆるものを引き裂く爪を携えている。
その背には、巨大な力を発する三人の女たちを乗せて。
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