第95話 幕間・九覇亜な女たち
「山が静かになりましたね……これほど激しい戦闘は、私たち以外ではこれまで無かったでしょう……果たしてカイゾーはどうなったでしょう……こんこん」
街ごと揺れるような激しい衝撃。山が吠えているかのような強烈な雄叫び。
山の麓の街、ヨシワルラではその異常な状況に客の男たちはそそくさと街を出ていた。
客も居なくなり、少し早いが店じまいだと、狐の風呂屋の従業員にして、街に滞在する組織の構成員たちのまとめ役でもある、ウーマンダムの大幹部・九覇亜(くぱあ)の一人、コン・パニオンは溜息吐きながら、先ほどまで騒がしかった山を見上げていた。
「それにしても、あのガイゼンなどというとんでもない名前の老人に……そして他の冒険者たち……カイゾーとあれほど激しい戦闘をできるとは……ひょっとして、戦闘能力は私たちと同等かそれ以上……?」
ガイゼンが率先して山へと向かい、それを追いかけてジオたちが出発してから数時間が経っていた。
先ほどまで、突如山から巨大な樹木が顔を出したり、爆音のような衝撃が駆け抜けたり、麓の街に居てもその激しさは届いていた。
だが、その激しい戦闘音も今では静まり返り、今はどちらが勝ったのかは分からない。
勝敗が気になって仕方のないコンは、今はただ情報が入るのを待った。
すると……
「でも、コンさん……仮にカイゾーさんが勝ってたとしても……あの、その……たぶん、無傷じゃないと思うよぉ……だから、私は……この機を逃したらいけないと思ってるけど……」
「あっ……来ましたか」
「うん。この騒ぎだもん……やっぱり……今日、戦った方がいいと思うよ……怖いけど……多分、ボスもそう言うよ~……」
店の暖簾を片付けて店じまいをしようとしているコンに、一人の小さな少女がオドオドとしながら現れた。
コンの腰元にも及ばない小柄な体。
フリルの白いブラウスとヒラヒラの短いスカートで身を包み、頭にはとんがり帽子を恥ずかしそうに深く被っている。
帽子の下から伸びる狐色の長い髪を花の髪飾りでツインで二つにまとめ、見るからにただの子供にしか見えない。
そんな少女の存在に、コンが優しく微笑みかけて迎える。
だが、そのとき……
「『タマモ』ちゃんっ!! い、いつも全然見かけないのに、きょ、今日は、や、やっと見つけたあああああああ!」
「ひいいっ!?」
まだ、街に残っていた男。豪華な貴族の服に身を包む肥満の中年男。醜い顔で鼻息を荒くして、少女の存在を視界に収めた瞬間興奮しながら駆け寄ってくる。
男の存在に、タマモと呼ばれた少女は明らかに怯えて泣き出しそうになるが、男は構わずにタマモに詰め寄り……
「わ、ワシはね、ず~~~っとタマモちゃんを探してたんだよ? 街で偶然見かけたタマモちゃんを、次に来るときは絶対に遊びたいと……ぐえへへへへへへ、かわいーな~、びくびくしちゃって、かわいーな~……でへへへ、おいしそーだな~」
「ひっ、や、あの、わ、わたし、だ、だめでしゅ……わたし……『そういうお仕事』してなくて……茶屋でお茶を運ぶぐらいしか……」
「いーじゃないの。お金、いっぱいあげるよ? 好きなお洋服もお菓子も何でも買えるよぉ? ちょーっとおじちゃんと……だ、だめだ、我慢できない! おい、コンよ! 部屋を貸してもらうぞ! 今日は、ワシはタマモちゃんで遊ぶんだ!」
涎を垂らして、もう辛抱できなくなったと男はタマモの小さく細い腕を強く掴んで、無理やり建物の中へと連れ込もうと……
「や、やだよぉ、やめてください、このクソびちぐそぶたやろ~……うぇ~ん」
「ふびょっっ!!??」
タマモが泣きながら抵抗して、男の手を払いのけ、それどころか、小さな体で腰の回転、足の踏み込みを駆使し、更に捻りも加えた拳を、丁度タマモの目線の高さにあった、男の股間めがけて叩き込んでいた。
「こべ、ぱ……ぎゃぱ……あ、べ……」
「ひっ!? うう、……うわーん、もういっこつぶれちゃえー、ふぇーん」
「ぱぴょっ!?」
続けて泣きながらもう一撃、タマモは男の股間に拳を叩き込んだ。
その瞬間、男は白目を向いて泡を吹き、失禁してそのまま地面に倒れこんでしまった。
「ひっく、ううう、わ~ん、また潰しちゃったよぉ……怖くて乱暴なのに、脆すぎるよぉ、クソゲス変態男の人ぉ……え~~~ん」
「あらあら……かわいそうに。この方、もうこの街では遊ぶことは出来ないわね……こんこん。でも、これも正当防衛ですね。だって、拒否した女の子を無理やり乱暴にしようとしたのだから……こんこん♪」
泣きじゃくるタマモをあやすように抱きしめて、背中を優しく摩りながら、コンは苦笑した。
「それにしても……これで何人目かしら? タマモの手で、男として生きられなくなった人たちは」
「ふぇ~ん、言わないでよ~、コンさん~。私、すごいこわかったよ~……はやく、この潰れ豚を肥溜めに捨てて来てよぉ……」
「だーめ。幻惑魔法で記憶を操作してからじゃないと……ね?」
コンは、周りを見渡しながら、現在この状況を見ている客が居ないことを安心しながら、タマモに言いつける。
だが、大人の男に乱暴にされそうになった恐怖で震えが収まらないタマモはいつまでも泣き続け、すると……
「ふ……ウチは店で働いているのに、今日も仕事は控室でお茶くみだけ……三つの街で最安値の超お買い得だというのに、この五年間の指名件数ゼロ……そんなウチに当てつけか? なあ、なあ! タマモおおおおお、若いっていいな~、ウチも幼女になりたいな~!」
と、そんな二人に対して怒り狂ったような女の声が響き渡り、抱き合うコンとタマモに大きな影を落とした。
「あら、『イキウォークレイ』さん。遅かったですね」
「ふっ、ウチはお前たちのように男たちを幻惑魔法で操作して金だけ巻き上げるような不真面目ではないので、ギリギリまで仕事をして……あーそうだよ、ギリギリまで粘ったけど結局ウチは今日も指名なしだよ、コンチクショー! 何が、『体の長い女はちょっと……』だ、人間どもがああああ! 悪かったな、体が長すぎてウチだけ人間の姿にうまく化けられなくて!」
「もう……またですか……いちいち、客の記憶を消すのも面倒だというのに、こんこん」
それは、デカく、そして長い体。
その肉体の上半身は、たわわな乳房をピチピチの白い襟付きのシャツで包み、赤みの入った肩口まで伸びる髪を靡かせた、見た目はコンより年上な目つきの鋭い女。
しかし、上半身だけを見れば普通の人と変わりはないのだが、その下半身は……
「チクショーーーー! どこかにいないかーーー! ウチよりも強くて給料高くて全長が長くて、ウチをお姫様抱っこできるような男はこの世のどこかにいないのかーーーーー!」
「ひいい、い、イキウォークレイさん……こわいよ~、また中年女が無茶なことを言ってるよぉ~」
「こらこら、タマモ。それは、思ってても口にしたらダメこんこん」
大木の幹ほどある太さと、大木並みに長いその胴体は、完全に大蛇のもの。
「くそおお、ウチはこうして日々女を磨いて、時には苦悩して、しかしそれでも諦めず王子様を探しているのに、何故か上がるのは懸賞金だけ。それも全てはウチの姿を笑ったりウチの告白を断った男たちをブチのめしているだけなのに……それなのに、何が悲しくてボスの想い人をウチが捕まえにゃならんのだ!」
体を逸らして立ち上がれば建物よりも高くなり、街のどこからでもその姿を視認でき、更には今はかなり機嫌が悪いのか憤怒して叫ぶその姿に街の者たちは「バケモノ」と腰を抜かしていた。
「まあまあ、イキウォークレイさんも落ち着いてください。今はとにかく、私たちが力を合わせて……カイゾーを捕らえ、同時にメムスを確保すること。これが第一ですから……コンコン」
「そうだった……カイゾーとメムスを生かして捕まえればボスも金一封を出し、更には顔が広いフィクサ若頭にウチにピッタリな見合い相手を紹介してくれるように頼んでくれることだしな……フシュー……シュルルルル」
「え、ええ……そうですよ。そして今回、フィクサ若頭が紹介してくださった冒険者たちはかなりの腕前の様子。今、私の部下に山の様子を探らせていますが、もしカイゾーが深手を負っているようでしたら、すぐに私たちで追撃しましょう。こんこん」
荒れ狂うように叫ぶイキウォークレイという半身蛇の女を宥めて声を掛けるコン。すると、イキウォークレイは目を血走らせながら、何とか自身を落ち着けようとする。
「そうだ。ウチはぜってー、幸せになってみせる……噂では、あの『クッコローセ』もとうとう結婚できるかもしれないという話だしな……」
「えっ!? クッコローセって……あの、七天のですか、こんこん!?」
と、怒りを無理やり抑えながら震える笑みを浮かべるイキウォークレイ。そんな彼女の一言に、コンは目を丸くした。
「ああ。戦争が終わり、魔族と人類を繋ぐ大使となったクッコローセは、噂ではあの『勇者オーライ』にプロポーズされていたそうなんだ」
「なっ!? あの、勇者オーライに、クッコローセが!? あの、『魔界一男運が無い』と言われていた将軍が?! ……こんこん」
「ああ。何週間か前に入った情報だが、間違いない」
舌打ちしながら頷くイキウォークレイ。その瞳は嫉妬と、そしてどこか羨望がにじみ出ていた。
「そう、あのクッコローセだ。ウチも会ったことないし、年下の女だが……ウチですら、あいつだけは幸せになって欲しいと同情していたほどだ」
「……ですよね……。大使となってからは、一部の魔族からは裏切り者とか罵られていますけど……同じ女たちからは、その悲運な人生を応援している方たちも多いですから……こんこん」
そんなイキウォークレイの言葉に、コンも驚きながらもどこかしみじみとした様子で頷いた。
「奴が幼かったころ、隣に住んでいた初恋の幼馴染は戦争で死に、そして魔王軍養成学校で好きになったクラスメートは病気で死に、軍に入隊して初めて交際した上官は殉職し、傷心して飲み屋で飲んだくれているところを優しくしてくれた男は詐欺師で貯金を根こそぎ奪われた。そんな奴に同情した回りが貴族の息子との見合いを進めるも、その男は同性愛者でカモフラージュのために結婚する予定だったとかで、一悶着起こして破談。そこからは死に場所を求めるかのように戦争で暴れていた奴に、副官として配属することになった年下の若い男と良い雰囲気になるも、その男が他の女と浮気している場面と遭遇してしまい……そしてまたも怒り狂って戦争で暴れ回ることで、クッコローセはついに七天の称号を得るも、そこに笑顔はなかった……」
「ですね。魔界でも、失恋して悲しんでいる女の子に『こんなことでクヨクヨしていたらクッコローセ将軍に申し訳ないよ』という言葉で慰めるのが流行しましたからね……こんこん」
「わ、私も知ってる……クッコローセ将軍の悲運は有名だから……」
涙なしでは語れないと、どこか瞳を潤ませ始める三人の女たち。
だが、イキウォークレイは涙をすぐに拭き、笑みを浮かべた。
「そんな奴もついに結婚できるという話だ。相手は人間だが……端正な顔立ちで、金持ちで、大魔王を倒せる強さを持つ勇者……羨ましい限りだ。だが、そんな人生一発大逆転が起きるのだから、ウチにだってそんな奇跡が起こってもおかしくないはずだ!!」
魔界の女たちが同情した女の幸福。
それを羨ましいと思いながら祝福する心もあり、そして同時に「自分も」とイキウォークレイの目に希望の光が満ちてきた。
「とにかく、色々と面倒ではあるかもしれないが、イイ女は仕事もできると証明するためにも、ボスの想い人と例の娘を今日こそサクッと捕らえてやろうではないか! フシュルルルルルルル!」
長い舌を出して山を見上げるイキウォークレイ。
最初は怒ったり、不満を口にしたりしていたが、仕事に対しては真面目にやると気合を入れなおした。
もっとも、男運の悪かった元将軍が幸せになるというのは、結局幻に終わったという情報を、イキウォークレイたちが知るのはもう少し先になるのであった。
「ふわ~~~あ……ん……外うるさかった……あんま寝れなかった……」
すると、そのとき、集う三人の女たちのもとに、狐の風呂屋から一人の少女が欠伸をしながら出てきた。
腰元まで届きそうな長い灼熱の赤い髪。頭部から鋭く伸びる二本の角。異形の赤い瞳。
その小さな体と発展途上な体に、小さなビキニアーマーを纏い、羽織を肩に一枚だけ纏っている。
「あら、『オシャマ』ちゃん、お昼寝は終わったの? こんこん」
「ん」
「あらあら、まだ眠いのね。本当はさっき、オシャマちゃんも知ってる名前と偶然同じ名前の魔族が居たんだけど、ふふふふ、聞いたらビックリするかな?」
眠そうに眼をこすって、まだ完全に起きてはいない様子で、ウトウトとしている。
そんな「オシャマ」と呼ばれた少女の頭を、イキウォークレイはケラケラと笑いながら撫でる。
「お前は、この地に配属されてサボって昼寝をするか、隠れて菓子をつまみ食いしているだけだな。でも、今回はちゃんと働いてもらうからな? 新人とはいえ幹部になった以上は、甘えは許さん。イイ女になりたければ気合を入れることだな」
すると、そんなイキウォークレイに頭を撫でられながら、オシャマと呼ばれた少女はボーっとした顔でイキウォークレイを見上げながら……
「むにゃむにゃ……分かった……ふわ~あ……オシャマはがんばる」
「うむ。竜の血と、祖先に闘いの神を持つといわれるその才能の活躍を期待しているぞ!」
「ん……かわいそーなちゅーねんになりたくないから……」
「………………」
「オシャマは、いーおんなになって、およめさんになる」
そう、宣言したオシャマに対して、イキウォークレイは……
「脳みそごと食って消化してクソにしてやろうか、このクソガキャアアアアアアアアアアアアア!!!! 花嫁修業感覚で組織入りやがってこのジャリガアアアアア!!」
血の涙を流しながら力強く吼えた。
そんなイキウォークレイの怒鳴り声に、うるさそうに眉を顰めるオシャマ。
怯えてまた泣き出したタマモ。
そんな三人に対して溜息を吐きながら、コンは苦笑する。
「は~~……とりあえず……今、部下に状況を探らせておりますので、状況によっては山に……特区に入りましょう、こんこん。……
着々と、魔界の裏世界で暗躍してきた牙が人間に、カイゾーに、そしてジオパーク冒険団に向かおうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます