第91話 人間

「つ……ツエー……ば……バケモンが……」


 そんな光景を目の当たりにし、ジオがようやく口に出来たのは、その一言だった。


「し、信じられないんで……い、いくら、何でも……な、七天のカイゾーが何もできないだなんて……」


 目の前の悪夢のような光景にチューニがそう呟いた。だが、ジオはそれを否定した。


「何もできてなくはねぇ……カイゾーは強い。ちゃんと致命傷を避けようと防御し、時には反撃の手を繰り出してる」

「いやいや、リーダー! だって、それでも……確かにガイゼンの怪我もすごいけど……一方的になってると思うんで!」

「……ああ。つまり、そういうことなんだろうな……」

「はいっ?」

 

 ジオにとって苦い思い出でもあったカイゾーの力。しかし、そのカイゾーが目の前でガイゼンに振り回されている光景を見て、ジオは震え上がった。



「差があるんだ……闘神ガイゼンと怪獣武人カイゾーとは……単純に力の差が……肩書きは同じ七天でも……格が違う!」


「か、格がッ……」



 カイゾーとガイゼンの明確な力の差。そしてそれは同時に、ジオ自身にも言えることでもあった。


「マシン……テメエはどう思う?」


 ジオが思ったこと。そのことをマシンも理解し、そして頷いた。


「自分とリーダーが二人がかりでも……ガイゼンには敵わないだろう。それほどまでに圧倒的だ」


 マシンは過大評価も過小評価もしない。ただ、事実を淡々と述べた。

 その言葉に、ジオは苦笑しながらも頷いた。

 ジオが思ったことを、マシンも全く同じことを感じていたのだった。


「俺も甘かった……。七天の強さは横並びじゃねぇってのは分かってたが、それでもかつて、俺も七天を倒した経験から、勝手にガイゼンの力を推し量った気になっていた。だが……あいつは桁違いだ」


 ガイゼンは自分たちよりも強い。しかも圧倒的にだ。その事実に、ショックを感じずにはいられないジオだったが、同時に沸々と湧き上がる別の想いもあった。


「ふ、はは、くははははは……大魔王が恐れた男……か。おもしれーじゃねぇか。俺だって……まだまだ強くなる! 身近に最強が居るなんてラッキーじゃねぇか!」


 大魔王。かつて、自分が倒して世界の英雄となろうとした。しかし、それは敵わず、大魔王は勇者に倒された。

 そしてその勇者は、強力なアイテムを所有していたものの、その力はガッカリするほどのものだった。

 だからこそ、ジオはようやく自身の力が目指すべき領域を目の当たりにした。その力を得て、何かをするわけでもない。世界を救うわけでも、英雄になりたいわけでもない。

 ただ、男としての本能が求めていた。

 今よりも強くなることを。


「僕は……ガイゼンが敵じゃなくてほんとによかったんで……いや……ほんと……」


 そんなジオとは反対に、もはやそれ以上のことを思いようがないチューニ。


「ふぅ……もし、大魔王がガイゼンを封印しなければ……戦争はとっくの昔に魔王軍の勝利で終わっていたかもしれない」


 そしてマシンは、本当は変わっていたかもしれない世界の歴史に、呆れたように溜息を吐いたのだった。


「くっ、がはっ……はあ、はあ……はあ……」


 ジオたちがガイゼンの強さに戦慄する中、もう勝敗はほとんど決していた。

 カイゾーは両膝を崩し、肩で息をし、その全身には痛々しいまでの夥しい傷が刻まれていた。


「おおう、バテたか?」

「……ま、まだだゾウ……小生はまだ負けてはいないゾウ……」

「確かに、まだ目は死んでおらんな! まだ、ハシャぐか?」


 ガイゼンも無傷ではない。カイゾーの拳を顔面で受けて、鼻がつぶれて鼻血を噴出し、そして全身の皮膚は剥ぎ取られて血まみれになっている。

 だが、その痛みを顔に出さず、両足でしっかりと立っているガイゼンとでは、カイゾーの敗北は明らかだった。

 だが、己の勝利に浮かれることなく、ガイゼンは目の前で這い蹲るカイゾーを見下ろしながら、不意に尋ねた。


「……それにしても、ウヌは……何を守ろうとしている?」

「……ッ!?」


 そのガイゼンの問いかけに、カイゾーの両肩が大きく動いた。



「最初はウヌのことを、戦争の敗北を認めずに虎視眈々と反撃の機を伺っている見苦しい者か、ウチのリーダーのようにまだまだ暴れ足りずに燻っている者かと思っておったが……それも違う」


「な、なにを……」


「先ほど、ワシがウヌのテラ級の木を破壊して、その木片が山に倒れそうになったとき……ウヌは魔法で受け止めおった。まるで、何かを守ろうとしているかのように」


「ッ!?」


「こうして、ワシと対峙するのも……降りかかる火の粉を払うのではなく、ましてやワシをぶっ殺そうとしているわけでもなく……まるでワシのような危険な存在を、『これ以上先には行かせない』……という、意思を感じた」



 カイゾーが驚いたように顔を上げてガイゼンを見る。

 そして、ジオたちは流石にそこまでは感じていなかったのか、突如として狂気を抑えて穏やかに落ち着いたガイゼンの口から出た言葉に驚いた。


「……どういうことだ?」


 まるで意味が分からず、ジオたちもガイゼンの元へと向かおうとした。

 だが、その時だった!



「えい!」


「「「「…………ん?」」」」



 小さな石ころが、ガイゼンの頭に当たった。

 とくに危険でもないため、避けることもしなかったガイゼンが振り返るとそこには……



「ぞ……ゾーさんをいじめるなー!!」



 まだ幼い小さな『人間』の女の子が、目に涙を浮かべながらガイゼンに向かってそう叫んだ。


「なんじゃぁ?」


 予想外のことに首を傾げるガイゼン。ジオたちも同じだった。

 だが、その子供を見た瞬間、カイゾーは驚きと同時に慌てて叫んだ。


「な、何をしているゾウ! なぜ、ここに来た……『ロウリ』!」

「ひぐっ……」

「早く逃げるゾウ! 小生に構わず、早く―――」


 何故子供がここに居るのか? カイゾーのこの慌てる様はなんだ?

 まるで状況が分からないジオたちだったが、そのとき、この場に集ってくる複数の気配に気づいた。


「ロウリ、お前は下がってろ! ゾーのあんちゃんは、俺たちが!」

「ゾーさんはやらせないぞ!」

「私たちが相手だ!」


 突如としてカイゾーの危機に駆けつけてきた者たち。

 農作業用の鍬などを構え、いかにも農作業をしているような土汚れた恰好で、ジオたちを取り囲むようにして現れた。戦いに慣れていないのが、誰もが目に怯えが入り混じっている様子で、正直、ジオたちの敵ではない。

 ただ、気になるのは……


「こいつら……人間か?」


 ヨシワルラの街に居た獣人たちのように化けているわけではない。正真正銘の人間である。

 その人間たちが突如として武器を持って数十人ほど現れて、そして魔族であるカイゾーを救おうとしている。


「な、なぜ来たゾウ! 早く逃げるゾウ! こいつらは、レベルが違うゾウ! お前たちでは相手にならんゾウ!」


 そして、自分を救おうとする人間たちに対してカイゾーが必死にそう叫ぶ。自分に構わず逃げろと。だが、現れた人間たちは……


「へ、へへ、で、できるかよ。ゾーのあんちゃんは……もう、俺たち『ハーメル王国』の家族なんだ! 家族を見捨てられるかよ!」


「「「お……オオオオオオッ!!」」」」



 恐れながらも、必死に己を鼓舞するように叫ぶ人間たち。すると、その中から……



「そういうことだぞ、カイゾー! 我らのために戦うお前を見捨てて、何が誇りか!」



 一人の女が出てきた。


「め、『メムス様』!? っ、な、なぜ……ぐっ、なぜ!?」

「なぜ? 今更、そのような水臭いことを言うではない、このたわけ者!」


 腰よりも長い真っ直ぐの銀髪を靡かせた、紫電の眼光の、美しく歳若い女。

 他の者たちのように、農家の娘のような恰好をしている。

 だが、明らかに異質な空気と、どこか気品が漂っている。

 そして特徴的なのは、その耳。そして額から伸びる……


「耳が尖って……それに角!? ま、魔族!?」


 人間とは違う耳の形。そして額から伸びる一本の角。

 チューニが女の様子を見てそう叫ぶが、ジオが咄嗟に反応。


「い、いや違う! あれは……ただの魔族じゃねぇ……」

「えっ? リーダー?」

「……人間の血を感じる……」


 普通の魔族ではない。ジオも「同じ」だからこそ、本能的に理解した。


「半魔族だ……」

「え、は、半魔ッ!?」


 人間と魔族の血が入り混じった半端な存在。半魔族。それはジオと同じ……


「おい、そこの人相の悪い男! 我をそのように呼ぶでない!」

「……はっ?」

「我は、人間だ!」


 誰がどう見ても純粋な人間ではないその女。しかし、その女は自身を『人間』と呼び、そしてどういうわけか、カイゾーが『様』を付けて呼び、そして……


「あの小娘……どういうことじゃ?」


 目を大きく見開いたガイゼンが、『メムス』と呼ばれた女を見て……


「あやつから、……スタートと似た匂いを感じるわい!」


 ガイゼンがそう呟いた瞬間、這い蹲っているカイゾーの両肩が大きく動いて、激しく動揺した姿を見せた。

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