第92話 話し合い
大魔王と似た匂いがし、カイゾーが敬う若い半魔族の娘、メムス。
周りの人間たちといい、カイゾーの真相といい、分からないことが多い。
「……どういうことだ? 全く状況が理解できねーな……一体何なんだ?」
「……ぐっ……ッ……」
「おい、カイゾー……てめえ、何を隠してやがる?」
あらゆる全ての疑問を含めて、ジオがそう尋ねる。
すると、メムスという娘はキリッとした目で高い位置からジオを見下ろすように告げる。
「黙れ! そしてカイゾーから離れろ! 我らの安息の地を侵略するだけでなく、我らの頼れる兄貴分であるカイゾーを痛めつけるような奴らに、教えることなど何も無い!」
敵意をむき出しにするメムス。
その身から、威厳溢れるオーラのようなものをジオたちは見た気がした。
美しく輝く長い銀の髪。土汚れが似合わぬほど透き通るような白い肌。
スラッとした手足。もし、メムスがドレス等を身に纏っていたら、一国の姫やお嬢様と言われても不自然ではない。
一体、何者なのか? 真相が気になったジオは、ワザとらしく邪悪な笑みを浮かべて……
「そうかい。まっ、そういうことなら、話し合いもなしで、俺らはここで戦わなくちゃならねーってことだな。俺らも黙って殺されるのは勘弁だし、反撃するしかねーよな?」
ジオはニタニタと笑いながら、まだ怯えが見られる人間たちに向け、メムスに向け、そして這い蹲るカイゾーに向かってワザとらしく告げる。
「戦いとなったら、まずはエラそうな奴から潰すね。そうなると、そこの角女か? その角をへし折れば、武器にもなりそうで便利だしな。あとは、そこの小さいガキを人質に強行突破でもいいな」
脅すようにペラペラと相手を揺さぶるような発言をするジオ。
それを聞いてガイゼンたちも苦笑した。
「ぬわははは、わ~るい顔しとるな。その気も無いくせに」
「しかし、効果的だろう」
「リーダー、冗談なのに冗談に見えない恐い笑顔なんで……」
ジオは口にした脅しを実施する気はないのだが、効果はあった。
「なっ、き、貴様、我だけでなく、小さなロウリまで……恥を知れ!」
「ね、ねーちゃ……」
「ひ、ひい、や、やめろ! メムスとロウリに触れさせねぇ!」
「二人は、私たちの家族なんだ! あ、悪党なんかに好き勝手させないよ!」
戦いに慣れていないことが丸分かりで、この程度の揺さぶりでアッサリと怯えた表情を浮かべる人間たち。
メムスも憎悪に満ちた表情でジオを睨みつけている。
そして、メムスは小さな少女ロウリを自分の背後に隠し、
「安心しろ、ロウリ! お前だけは何があろうと、ねーちゃんが守る! そう、我はお前のねーちゃんである! ととさま、かかさまと誓った! 何があろうと、我はお前を守る!」
すると、怯える人間たちとは違い、メムスだけは勇んで駆け出した。
「いくぞ、悪人! 辺境の女を嘗めるなぁ!」
「ったく……」
仕方ないから、取り押さえるか。ジオが溜息吐きながら手を翳そうとした瞬間……
「そでまでだゾウ!!」
「ん?」
「カイゾー!?」
二人の間にカイゾーが割って入って止めた。
すると……
「分かったゾウ……暴威の……だから、それまでにするゾウ」
「カイゾー!? 何を言っている!」
「メムス様……ここは小生に……少なくともこやつら、話ぐらいは聞いてくれそうでありますゾウ」
這い蹲ったカイゾーが深い溜息を吐いて立ち上がった。
「それにしても、帝国の英雄が弱き者を人質に取って脅すとは、恐ろしいものだゾウ」
「あ゛? 俺をこうしたのは、テメエがかつて仕えた大魔王だろうが。二度と口にするんじゃねーよ」
「……そうか……そうだったゾウ……」
複雑な表情でジオの言葉に頷くカイゾー。かつて、大魔王の手によってジオに何が起こったのかを、カイゾーもよく知っているため、そのことにそれ以上触れようとしなかった。
今はただ、怯える人間たちを落ち着かせながら、……
「とりあえず、場所を移動するゾウ。小生らがこうしている間に、集落の様子も心配だゾウ」
「……集落?」
場所を移動しよう。そう提案するカイゾー。すると、メムスたちは慌てて声を荒げた。
「ば、カイゾー! 何を言っている! そのような悪人顔の凶暴な奴らを、招けるものか!」
「しかし、メムス様。先ほどまでの戦いの音は間違いなく、麓の者たちにも聞こえていたはず。その様子を伺おうと、奴らが来るかもしれませぬ。ならば、一度小生らも戻った方が……」
「だ、だが……そいつらは……」
「メムス様、全ての責任は小生が。今はこやつらの機嫌を損ねる方が危機ですゾウ」
納得しない様子で嫌な顔をするメムスだが、カイゾーは冷静に説得する。
この状況で何をすべきかを。
「暴威も頼むゾウ」
「あ?」
「話をさせて欲しいゾウ……そして、頼む……どうか、彼らには危害を加えないで欲しいゾウ」
それは、意外な光景であり、ジオにとっても思わずたじろいでしまう状況。
あの、七天カイゾーが、頭を下げてジオたちに懇願したのだ。
自分の命ではなく、人間たちを守るために。
「……お、おいおい……」
かつて、魔王軍の先頭に立って、何千何万の人間の命を刈り取ってきた将軍のその姿に、ジオは言葉を失うしかなかった。
「少し……聞いていた話と違うようだ」
「何が……起こっているんで?」
マシンやチューニも思わずそう口にするしかなかった。そして、そのカイゾーの願いを聞き入れるしかないと自然に思わされた。
伝説の武人が恥を偲んで頭を下げる。その願いを無下に突っぱねてしまえば、自分たちは何か大切なものを失ってしまうようや気がするほど、カイゾーの懇願からは想いが滲み出ていた。
「ぬわはははは……まっ、ワシは久々に楽しかったから良いぞ? まあ、まだ八分目には至ってないが、良しとしよう」
直接戦ったガイゼンも、これ以上の戦いについては求めなかった。
それなりに満足したことと、やはり別の気になることが出たようだ。
それは……
「で、話してくれるんじゃろ? なぜ、その娘っ子から……スタートと同じ匂いがするのかをな!」
ガイゼンに瞳に映るのは、メムスであった。
だが、その視線を受けてメムスは露骨に不機嫌な表情を浮かべ。
「なんなんだ、その匂いだとか、スタートだとか……カイゾーもそういうことを言っていた。言っておくが、我はスタートなどという者は知らんし、ましてや『娘』などでもない!」
「「「「……えっ?」」」」
「我の両親は……山の中で捨てられていた赤子の我を拾って育ててくれた……死んでしまった、とと様とかか様だけだ! カイゾーもいつまでも我に変な血縁を押し付けるでない!」
頬を膨らませてロウリの手を引きながら背を見せて山中の奥へと進むメムス。
「いいか、お前たち! カイゾーに免じて、今は拳を収めてやる。だが、もし我らの集落で、友に、家族に少しでも危害を加えてみろ! 我が絶対に許しはしない!」
釘を刺すように強くジオたちに告げるメムス。
だが、そんなことよりもメムスの口から出たある言葉の方が、ジオたちには聞き逃すことが出来ないものであった。
「……おいおい」
「……これは……」
「なるほどのう。そういうことか……」
「いやいや、本人違うって否定してるんで! だから、違うんでしょ!?」
メムスは言った。自分は大魔王の娘ではないと。だがしかし、それを話題に出し、なおかつカイゾーがここに居る理由はと考えると……
「小生がこの地にたどり着いたのは……偶然だったゾウ」
すると、メムスや人間たちの後に続くように、カイゾーも歩き始めながら呟いた。
「敗北を認められずに魔王軍から離れた小生は、その後もクッコローセたちの追撃に遭い続け……そして、偶然この地に居た『あの女』と遭遇し……小生はそこからも逃れようとしたところ、この国の『特区』扱いされている集落に辿り付き……そして、メムス様と出会った」
ジオたちに告げられるカイゾーの話。色々と気になる部分もあるが、まずはジオたちは黙って聞きながら、後に続いた。
「衝撃だったゾウ。容姿はまるで違うが……亡きスタート様と錯覚してしまう、身に纏う王のオーラ。辺境の田舎娘の姿をしても、小生に気づかぬはずはなかったゾウ。紛れもなく、あの方は……」
それは、ガイゼンも納得したように頷いていた。
直接大魔王と会ったことのない、ジオ、マシン、チューニには分かりようの無いことだが、それでもメムスが普通の半魔族ではないことは、一目で分かった。
「大魔王様も戯れることはあったゾウ。確かに……人間の奴隷を傍に置いていたことはあったゾウ……だが、そこから先は小生らも知らぬゾウ。正統な後継者であった姫様は公式の場に出ておられたが……隠し子……ましてや、人の血を引く存在など……」
正直な話、ジオたちにはその「匂い」や「風格」というものまで確認できず、確かめようの無い話である。ましてや、本人も否定している話。
だが、あのカイゾーがここまでし、そしてガイゼンも否定しないことからも、それが間違いだとも否定できないでいた。
「メムス様は何も知らないゾウ。仰られたように、メムス様はこの山で捨て子として拾われ、それから十数年……外の世界の情報が遮断されたハーメル王国の特区にて育った。幸い、特区の者たちは外の世界や戦争などに疎く、メムス様は迫害なども受けず、愛情を持って育てられたようだゾウ……しかし……ッ、しかし……」
すると、その時だった。
カイゾーは悔しそうに歯軋りし始めた。
「小生がこの地にたどり着き、更に特区に逃げ込んでしまったことで……ハーメル王国を裏から支配していたあの女に知られてしまったゾウ……」
あの女。憎々しい想いを込められたカイゾーの言葉。
その女とは……
「噂のプロフェッサーPって奴か?」
「……表舞台では、そう名乗っているようだが……その通りだゾウ」
そこに来て、ようやくジオたちの依頼主にたどり着いた。
「あ~、とりあえず、メムスとやらがどうとか、そもそも特区って何だとか、大体このハーメル王国ってどうなってんだとか、麓の獣女どもとか……詳しく聞くことはいっぱいあるが……そもそも、そのプロフェッサーPって、結局何者なんだ? お前の恋人じゃなかったのか?」
そもそもの依頼は、プロフェッサーPの恋人である賞金首を生け捕りにせよという内容のものだった。
しかし、カイゾーの話を聞く限り、そんな単純なものではないというのは明らかだった。
「ふっ、恋人? ありえぬゾウ。あの女は……小生にとって天敵だゾウ。小生と恋人だなんだとは、あやつが勝手に言っているだけだゾウ」
鼻で笑って恋人であることを否定したカイゾー。そして……
「奴は……魔界においても人類においても災厄と呼ばれた……五人の魔族の一人。十数年前、ハーメル王国を襲撃し、住んでいた人間たちを山奥の特区へと追いやり……王族を支配してその後も国を存続しているように見せかけて、地上の魔族たちの住処へと変えた」
謎に包まれたプロフェッサーP。その正体を口にし……
「五大魔殺界の一人……、『超淫幼狐・ポルノヴィーチ』だゾウ」
その想像もしていなかった、つい最近知った大きな肩書に、ジオたちは少し驚いた。
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