第88話 ワシの番

「カイゾー……あいつが……って、確かに冷静に考えればあいつが死んだなんて方がありえねぇか」


 かつて血気盛んに戦場で暴れていた頃の思い出が甦り、少し懐かしくなるジオ。

 過去の戦争を思い出す上で、七天との死闘は決して欠かせないものであった。


「しっかし、驚いたな。七天が崩壊して一部消息不明って聞いてたけど……奴が賞金首になってたとはな」

「七天か……自分がオーライに封印される前には、まだ戦ったことがなかったが、その名を知らぬはずがない……」

「僕だって……その名前は知ってるけど……だからって、まさかここに居るだなんて……」


 ジオだけではない。マシンもチューニも知らないはずがない。

 だが、ジオたちよりもっと七天に思い入れがあるのがこの男……


「七天の生き残りが……ほぅ」


 好戦的な笑みを浮かべるガイゼン。その反応をジオも納得した。

 そもそも、その七天大魔将軍という存在は、ガイゼンが創ったものだからだ。


「はい。カイゾーは、大魔王が倒れて戦争が終わって、和睦調印の直後に行方をくらませました。戦争の終結を不服としていたとされるカイゾーはすぐに危険因子とされ、魔界と地上において共通の賞金首となりました……そして、最近になってこの近辺の山の中に潜伏していることが発覚したのです」


 思わぬところで聞いた大物の名にそれぞれの反応を見せる中、ジオ達の驚く反応は当然といった様子でコンは話を続けた。


「カイゾーがこの地域に逃げてきたのは偶然。そして、カイゾーと懇意のプロフェッサーPは是が非でもカイゾーを保護しようとしたのですが、カイゾーはそれに応じず……これまで我々以外の腕利きの冒険者たちが何度も向かったのですがそれでも……」


 そう言って顔を落とすコン。それは、説得どころか力ずくでも無理だったということを示していた。

 だが、その話を聞いてジオはむしろ当然だと思った。

 コンたちがそれなりに戦いの心得があったとして、更に冒険者たちをいくら投入したところで、相手は伝説として語られてもおかしくない武人。並の力ではどうしようもない相手である。


「なるほどな。それで、俺たちが……くははははは、おもしれーじゃねぇか」


 だが、他の者たちには出来なくても、自分たちなら? その思った瞬間、ジオは自然と笑みがこぼれて胸が高鳴った。


「何だかんだで、これまでそこまで本気で暴れられなかったからな。ようやく、血が騒いできたぜ」


 チューニのかつての同級生。ヒステリックに叫ぶアルマ。肩すかしだった海底都市探索。大したことのなかった勇者たち。

 監獄から解放されてから、まだどれもが全てを解放して暴れるほどの者ではなかった。

 ようやく、自分の溜まりに溜まった鬱憤を全て晴らせるような相手が現れたと、ジオはゾクゾクとしたのだった。

 だが……


「ぬわははははは、リーダーよ。次はリーダーが我慢をする番じゃ」

「……ぬっ?」


 ニタニタと笑みを浮かべるガイゼンがジオの肩を掴んで、そう告げた。


「そもそも、ワイ―ロでどれだけワシが我慢したと思っておるのじゃ? そこそこの実力があり、何だかムカついた帝国の連中……リーダーとの因縁があるとみて、リーダーに判断させようと遠慮したんじゃぞ? 本当は、ワシはあの場に居た連中を皆殺しにしてもよかったのじゃ」


 思わずゾクリとしたジオ。そして、ガイゼンの言葉は決して誇張ではない。

 その力の底を未だ見ることが出来ずとも、ガイゼンであればあの場に居た帝国の兵たちを、本当に一人残らず皆殺しに出来たのだろう。

 それを確信させるほど、その言葉に込められたガイゼンの迫力にジオは少し押された。

 そして、ガイゼンはジオの眼前に顔を突き出して……


「次はワシの番じゃぁ!」


 七天大魔将軍の怪獣武人カイゾーは自分の獲物だ。そう語る野性味あふれるガイゼンの目に、かつて血気盛んだった時代の自分を思い出しかけたジオも思わず圧倒されてしまった。


「……ちっ……ちけーよ、顔。つか、海賊相手に結構暴れたり、ヤッたりしたくせに……つか、いいから、落ち着け」

「ぬわはははは、カイゾーとやらをワシに譲らんのであれば、このままチューするぞい♪」

「わーったよ! わーった! だから離れろコラァ!」

「ぬわはははは、流石リーダーは話が分かる! ほれ、褒美にほっぺにチューじゃ!」

「ぎょわああああああああ、や、やめええ、はなれろおおおおおお!」


 ジオの言葉で満面の笑みになったガイゼンはそのままジオを抱きしめて頬にブチュリと吸いついた。

 悲鳴を上げて、そして魂が抜かれたかのように一瞬で真っ白になったジオを抱えながら、笑みのやまないガイゼンは振り返ってマシンとチューニに……


「二人も……ワシにカイゾーを譲ってくれるか?」

「「コクコク!!」」

「えらい! 二人にもチューしてやるぞい!」

「ッ!? は、速い!? きゅぴー、ガガガガガガ、バグ発見……自己修復プログラム作動……」

「ぎゃあああ、ま、まってほし、いやあああ!?」


 そのガイゼンの問いに二人は高速で頷いたのだったのだが、すぐにガイゼンに捕まって、逃げる間もなく頬にキスされたのだった。


「ちょ……あ、あの、ま、まさか、カイゾーをお一人で……?」


 今のジオ達の会話を聞いて驚きながらそう訪ねるコン。無理もない。多人数でどれだけの戦力を投入しても誰も倒せなかったカイゾーを一人で倒そうというのだ。

 だが、その問いにガイゼンは……


「ぬわははははは、女とヤルときも、男とヤリ合うときも同じじゃ。多人数でヤリまくるのもそれはそれで楽しいが……純度の濃い極められた存在とは、一対一でとことんまでヤリ合う……それが己を高めながら、心をも絶頂へと誘うものなのじゃ!」


 何の迷いも無く己の自論を繰り出すガイゼン。その言葉と自論は正直この場に居た者たちには理解しがたいものであったが、有無も言わせぬその迫力に誰もが口を閉ざすしかなかったのだった。


「……はっ! つっ……はあ、はあ、はあ、おえ……」

「おお、どうしたリーダー?」

「つっ……ふざけやがって……まさか冒険者になってからの初チューがジジイとは思わなかったぜ」

「ぬわははははは、それはリーダーが悪い。ワイーロでお嬢と良い雰囲気だったではないか!」

「ああ、今なら記憶を塗り替えたくて迷わず手籠にしてたよ」

「ふん、うそつけ~。リーダーは意外と奥手のようじゃからな~、口だけ口だけ」

「……うるせー……」


 そこで、ようやく真っ白な状態からよみがえったジオは嗚咽しながらガイゼンを睨む。しかしまったく悪びれないガイゼンの態度にもう諦めて、とりあえず話を戻した。


「あ~、っと、……そういや、気になってたんだが……カイゾー以外にも賞金首になってる七天とかって居るのか?」

「あら、ご存じないのですか? ええ。カイゾーを含めて三人……他は三人が戦死しています。残る一人は、人類との和睦に応じて現在、親善大使となっている『クッコローセ』だけです」

「へぇ……三人も……最後の七天が……クッコローセはよく知らねーやつだな」


 三年前はそれこそ苛烈な猛威を振るった七天も今は崩壊してしまっている。そのことにジオも話だけは知っていたものの、改めて知らされると、どこか寂しさも感じた。


「自分も聞きたい。その戦死した三人はそもそも誰が倒したのだ? まさか、オーライがか?」

「はい? 勇者オーライですか? ええっと、最終決戦のお話はご存知ないのですか?」

「……いや」


 次にコンに尋ねたのは、少し壊れた様子だったが何とか直ったマシンだった。

逆に死んだ七天はどうやって倒したのかということだ。


「最終決戦……地上と魔界のゲートが通ずる地において、大魔王率いる三人の七天……『クッコローセ』、『ハットリ』、『ゲドウ』、の大軍が人類の総力を結集させた連合軍と全面戦争。その際、クッコローセの部隊は帝国軍の主力に敗れ生け捕りに……そのほかの二人と大魔王の居る本陣は、その地に到達した勇者オーライが皆の力を結集させて力に変えるという奇跡の力を使ったようで、その力によって天より巨大な光が降り注ぎ、大魔王と残る二人の七天を存在そのものを完全消滅させた……とのことです」


 コンの話を聞いて、マシンは「やれやれ……」と、溜息を吐いてそれ以上聞かなかった。

 ジオ達も、詳細は知らなくとも、勇者にそんな力がないことは知っている。恐らく、マシンに関連した何かのアイテムを利用しただけなのだろうと、呆れた顔で苦笑し合った。



「大魔王と同時に何万もの魔族を消滅させ、もはや壊滅となった魔王軍。勇者オーライはその直後に生け捕りにしたクッコローセを説得し、終戦へと。魔王軍の上層部もその勧告を受け入れたとのことですが、それに反発したカイゾーのような七天が魔王軍を離反し、そのまま賞金首に……」


「ぬわはははは、なるほどの~。敗北を認めぬわけか」


「そうですね。そして、今、カイゾーが何を考えているのかは私たちにも分かりません。ひょっとしたら虎視眈々と反逆の―――――」


「いや、もうよい。それぐらいでな」



 と、そこまで話したコンだったが、それ以上先は必要ないと、ガイゼンが制した。


「大まかな流れは分かったわい。しかし、それ以上の情報は不純物じゃ。そやつがどういう思惑があるのかないのかなど、直接体で語らえばよいことじゃ。妙な先入観を持って接すると、目が曇るのでな」


 戦争の流れは分かったが、カイゾーに関する情報は必要ないとガイゼンは拒んだ。


「……あなたは一体……何者ですか?」


 そんなどこまでも自信に満ち溢れたガイゼンの様子に、流石のコンも訪ねた。お前は何者だと。

 するとガイゼンは、立ち上がってそのまま歩き出し


「ワシが何者かを知りたければ、今晩体を洗って待っておれ。寝所で存分に教えてやるわい」


 そう言い残し、ガイゼンは部屋の窓を開けて顔を出す。

 窓を開けた向こうに見えるのは、街の様子と、その奥に見えるのは、森と山。

 すると、ガイゼンは息を大きく吸い込んで……



「ワシこそが、史上最強天下無敵の伊達男、ガイゼンである!!!!」


 

 突如大声で叫ぶガイゼン。その強烈な声で思わず突風と地響きが起こったかのように街が揺れ動き、街の女たちが一斉に腰を抜かし、誰もが耳に手を当ててしまった。



「七天大魔将軍のカイゾーとやら! 今から貴様と存分に語ろうと思うておる! 貴様の中にまだ燻っておるものがあるのなら、存分にワシにぶつけてくるがよい! 全てを受け止めてやるわい! 誰にも邪魔はさせぬ! 一対一でワシと尋常に勝負せいっ!! 出てこーーーーーーい!!!!」

 


 賞金首相手に決闘を申し込んで、しかも出てこいと大声で叫ぶガイゼン。

 森の木々すらも揺れ動くこの声は、間違いなくこの一帯に居る全ての者に届いたはず。

 コンやジオたち、そして街の女や客たちも腰を抜かして呆然として、街が静寂に包まれる。

 だが、それでも森や山や辺り一帯に変化は無い。

 それを見て、ガイゼンは笑いながら……


「ぬわはははは、ノリは悪いな。まぁ、よい! なら、こっちから行ってやるわい!」


 そう言って、ガイゼンは窓から飛び出して、まるで公園に遊びに行く子供のような様子で、山へと向かって行った。

 ハッとしたジオ達が慌ててガイゼンを追いかけるのに、少し時間がかかってしまった。

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