第57話 みんなで一つになって

 騎士ではなく男としてかかって来い。そう告げるジオに対し、ついに騎士団の男たちも爆発した。


「うるせえ! テメエだってさっきからお嬢様とイチャついてるクセによ!」

「くそが! やってやらァ! ぶっ飛ばしてやる!」

「うおおおおお、くそったれがーっ!」


 男たちの本能をむき出しにして、騎士の証である剣を地面に投げ捨てて、一斉にジオに殴りかかる。


「俺らだってな、戦争じゃ体張って戦ってたんだよ! なのに、称えられるのも、救った街の女たちが惚れるのはみんな勇者! ざけんじゃねぇ!」

「何がみんなと一緒に協力してだ! 分かってんだよ、どーせ俺らは引き立て役だってことぐらいな!」

「世界全体がオーライの案に賛成したら、俺らが嫌だって言っても仕方ねーじゃねえかよ! 俺らだって仕事なんだからよ!」


 叫びは各々バラバラで、しかし誰もが心に鬱憤が溜まっていた。

 そう、誰もがメルフェンのクーデターに心から賛同して協力していたわけではない。

 そんな想いを込めて、男たちはジオを殴った。蹴った。体当たりした。


「リーダー!? ちょ、おおおい、リーダー!?」

「お、オジオさん!? ちょ、何で避けないんですの!? 御マシンさん、御爺さんも早く助けませんと!」


 ジオが男たちの怒りを受けて、それを避けようとしない。

 流石にこれはまずいとフェイリヤもマシンやガイゼンに助けるように訴えるが、二人は動かなかった。


「ぬわははははは、何でじゃ? おもしろいところではないか。やり方は、ちと古臭いがの~」

「確かにな。リーダーの……器が知れる……」


 ガイゼンはまるで酒の肴にするかのように。マシンはジオを観察して見極めようとしているかのように。

 そして……


「ひははははは、暑苦しいねぇ……ジオ君。情に熱くて……情に脆い」


 フィクサもまた、ジオの姿を笑いながら眺めていた。


「くははは、貧弱ぅ、貧弱うぅぅううう!!」

「ぐほっ!?」

「貧弱どもおおお!」


 ジオも黙って攻撃を受けるだけではない。群がる男たちを頭突きや拳骨一発で沈めていく。


「くははははは、ヨエーな! 弱過ぎるぜ! それじゃあ、どこの国のお姫様もパンツすら見せてくれねーぜ!」

「ぐっ、何を言ってやがる! だいたい、強いぐらいで姫様の下着を見れる世界がどこにある!」

「あん? 俺はとある国の姫様に見せてもらったことあるぜ? こう、スカートの裾を持ち上げて……そして、やがてはその中身やブラの下まで自由に……」

「な、なにっ!? ご、ゴクリ……その辺りを詳しく……」

「くははははは、一生縁のないお前らに言っても仕方ねーだろうが!」

「ごぶへっ?!」


 歩きながら、一人一人の顔を見て言葉を発しながら一撃の下に沈めていくジオ。

 本来であれば、味方以外ならば一瞬でこの場に居る者たち全員を皆殺しに出来る力をジオは持っている。


「オラオラ、ムカついてんならもっと体張って来いよ! いっそのこと、俺を勇者だと思ってぶん殴ってこいやァ!」


 しかしそれでも、ジオは一人一人と言葉を交わしながら殴られ、殴り返していく。


「はあ、はあ、はあ、はあ……俺は……俺は……」

「あん?」

「戦争で十回生き延びたらアネーラ様に花束贈って告白しようと思っていた……」

「……ああ……それで?」

「ぐっ、う、ううう、十回目の夜! 勇気を出して告白しに行こうと思ったら、アネーラ様は月夜の下で勇者と……『今夜は私が弟君を独り占め』……とかって、抱き合って……ちくしょう、もう世界なんてどうだっていいんだよ!」


 やがて、男たちは叫ぶだけではない。涙まで滲ませ始めた。

 その拳と想いをジオは思いっきり頬に受け、


「そんなクソアバズレ女に惚れたお前が悪い! んなクソ女とっとと忘れろ! 男のクセに女々しいぞゴラァ!」

「ぶげほっ!?」


 男たちを殴って気合のようなものを注入していくかのように、ジオは暴れた。


「くそ……マジで何もんだ、こいつ……ツエー……めちゃくちゃツエーぞ!」

「びびんな! こんな奴に好き放題言われて悔しくねーのか!」

「そうだそうだ、取り囲め! やられるにしても、一発ぶん殴ってやろうじゃねえか!」

「おおおおっ!!」


 次々と倒れていく騎士団。百人近い男たちが集っていたというのに、既に数は数十人と減っていた。

 だが、どういうわけか、男たちは心を折らずにジオに立ち向かう意思を捨てていなかった。


「くくく……くはははははは!」


 そんな男たちに、ジオは機嫌よく笑った。


「いいじゃねーの。一皮剥けば素敵なバカどもじゃねーかよ、お前らも。そこのお姫様みたいに皆で協力し合ってとか、誰にでも平等な世界うんたらかんたら、正義がなんたらとかってより、よっぽど真っ直ぐで小気味いいぜ」


 ジオは楽しかったのだ。数日前に三年ぶりに解放されて、ガイゼンの案に乗って世界を周ることにしたが、まだ心の底からハシャぐようなことをできていなかった。

 だが、今は違う。

 力を出して暴れるには頼りない相手ではあるものの、それでも心を曝け出した男同士で通じ合うものがある。

 腹の底から叫んで、そして何かをぶつけ合うことは、ジオにとっては懐かしく、そして気持ちのいいものであった。


「だがしかーし! どいつもこいつもぶつける力が弱過ぎる! どーなってんだ、ワイーロ王国! どいつもこいつもヨエーな! それとも、この国の男は皆、軟弱どもの掃き溜めか!?」


 そんなジオの矛先は、ついに騎士団だけでなくこの国の男たちにまで向けられた。

 すると、その発言までは流石に看過できなかったのか、街の男やファミリーの構成員たちもムッとした顔を浮かべる。


「お、おい、兄ちゃん。そりゃーねーだろうが」

「そ、そうだ。俺ら海の男まで貧弱った~、どういうことだ?」

「誰が腰抜けじゃ、このチンピラがァ! お嬢さんの客人つーことで見逃してたが、なんじゃその言い草ァ!」

「だいたい、テメエはお嬢さんとイチャイチャしてたのだって、俺らァ気に食わなかったんだよ!」


 聞き捨てならないと男たちがゾロゾロと前へ出て、ジオに訂正させようと声を上げる。

 だが、ジオは……


「けっ。金髪クルクル黒パンツのお嬢様にゴマ摺りしてヘラヘラして満足の奴らがよく言うぜ。そんなんだから、アッサリとクーデターなんかされるんだよ」

 

 訂正するどころか、これでもかと男たちを挑発した。


「なっ、なんだとテメエ!」

「フェイリヤちゃんが金髪クルクルだァ!?」

「て、てめ、いや、待て! それよりもだ! い、今……」

「……黒……パンツ?」


 そして、次の瞬間、広場に居た全員がハッとなり、フェイリヤを見る。

 フェイリヤもポカンとした顔を浮かべるも、今のジオの言葉を思い返し……


「お、おおお、オジオさん……」

「ん?」

「だだだ、だ、誰が、だ、誰の何が……く、黒と?」


 再び顔を真っ赤にしてカタカタと震えだすフェイリヤ。

 そんなフェイリヤにジオは呆れながら……


「あんたなァ……大して長くもねえスカートで、船の上であんな劇団員みたいにクルクル動いてて、そんなのチラッと見えないわけねーだろうが」

「ひうッッ!?」

「金髪で鎧も金ぴかだけど、パンツは金じゃなくて黒なんだな~って思ってよ」


 次の瞬間、フェイリヤはスカートの裾を押さえながら、ペタンとその場に腰を抜かしてしまった。

 恥ずかしさと怒りで打ち震え、瞳には涙まで浮かんでいる。

 そんなフェイリヤの姿を見せられて、流石にこの国の男たちは黙っていない。


「て、テメエええッ! よ、よくもフェイリヤちゃんを泣かし……しかも、パンツまで!」

「このやらああ! ケジメフィンガーじゃ! ケジメフィンガーせいゴラァ!」

「ぶち殺したらァ!」


 誰もが怒りを浮かべて激しくジオを罵倒して前へ出てくる。

 そんな男たちに対し、ジオは……



「馬鹿かお前ら。剣を振るうものは自分も斬られる覚悟をしなくちゃならねぇ。スカートを履く者もパンツを見られる覚悟をしなくちゃならねーって、知らねーのか?」


「「「「「ブチコロセええええええ!!!」」」」」


「くははははは、上等だ、かかって来やがれ、ワイーロ王国!」



 開き直ったジオに対して、ワイーロ王国の男たちの怒りが大爆発。

 一斉になってジオに殴りかかる。



「んもう、許しませんわ! ケジメフィンガーですわ! とにかくお仕置きですわ! オジオさんを皆でケチョンケチョンにしてやるのですわ!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」



 フェイリヤも堪忍袋が切れて声をあげ、その声に男たちが応えていく。

 そこに、それぞれの職業も身分も一切何も関係なかった。


「ひは、ひははははははははははははははは! あ~ウケル、なるほどね……これがジオ・シモンか。皆で協力して一つになる……。できちゃったじゃん。ひははははははは! 狙ってやってんのか、天然でやっちまったのか……興味深いじゃん。ひはははは」


 ジオと国中の男たちがケンカする中で、全てを見透かしているかのように、フィクサはほくそ笑んでいた。


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