第56話 全員かかって来い

「どうした? 俺を止めてみろよ」


 周りを取り囲んだ騎士団たちの中でも一番の使い手であったはずのフウキを一瞬で倒してしまった。その衝撃の事態に兵たちも呆然とするしかなかった。


「ッ、みんな! 怯んじゃダメ! このまま怯えて屈して……それで戦争で散った英雄たちに顔向けできるんですか!?」


 それでもこのまま負けてはならないと、ジオに対する怯えを抱いたままメルフェンが必死に叫ぶ。


「皆で一つになって協力し合えば、どんな壁だって越えられる! そんな私たちの想いで、世界も人も変えてみせようって約束したでしょ! だったら、戦わないと! この国を守らないと!」


 怯えていないで戦えと騎士団に促す。だが、騎士団の者たちも曲がりなりにも戦いに生きる者たち。

 それゆえに、誰もが本能的に理解しているのだ。

 自分たちとジオの間にある、比べることもできないほどの圧倒的な力差を。

 そんな物怖じしている兵たちに、ジオは笑みを浮かべて告げる。


「随分と夢見がちなお姫様だな。お前ら騎士団様たちはどうするんだ? お姫様の命令だろ? 捕まえなくていいのか? まっ、俺を一体なんの罪で捕らえるのかは知らねーけどな。お姫様侮辱罪か? くははははは」


 自分を捕らえないのか? 捕らえてみろ。そう挑発するジオだが、騎士団たちは後ずさりするだけ。

 そんな怯え腰の騎士団の姿に、ジオは溜息を吐いた。


「ふん、忠誠心や国よりも自分の体が大事か? まっ、そういう気持ちは分からなくもねぇ。あのお姫様は勇者に夢中みたいだしな。自分に目が向いてねぇ女のために戦うってのも、何だかアホらしいしな」

「な、なんてことを言うんですか! ひどい侮辱です! 騎士団の皆さんは誇りと国のために戦う人たちなんですよ!? それを……あなたは最低です!」


 ジオの呆れたような言葉に憤慨するメルフェン。だが、ジオは曲げない。


「騎士だって人さ。不純な動機を持つ方がやる気を出すことだってある。『惚れた女のために戦う』。それも立派な理由さ。俺にはその気持ちがよく分かる。だからこそ、自分を見てくれねぇ女のために戦うのがアホらしいって気持ちも分かりやすくていいと思うけどな」


 ジオもかつてはそうだった。『皆に自分を認めさせる』という理由から始まり、『女にモテたい』という不純な動機も抱くようになり、そして成長した頃には『ティアナのために』という気持ちも確かに抱いていた。


「それに、俺個人としてはそういう奴らは、嫌いじゃねえ」


 たとえ国に仕える騎士であろうと、『惚れた女のために戦う』というのは立派な理由だと思っていた。


「んな……なななな、お、オジオさん……ほ、惚れた女のために戦うって……だ、だからあなたは?」

「ん? おい、なんだよ、お嬢様までバカにしてんのか?」


 と、そのとき、胸の中に居たフェイリヤが顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせていた。

 メルフェンだけでなく、フェイリヤまでジオのバカな発言に聞いているだけで恥ずかしくなって呆れているのかもしれないと……


「い、いえ……そ、そうだったんですの? で、でもそんなサラッと……回りくどく……」

「はっ?」

「だ、だから、あ、あなたは、こうしてワタクシのために戦うと……こ、困りますわ……わ、ワタクシ、そういった経験もありませんので……もっとお互いを知ってから……もっと親しくなってからでないと……」


 そのとき、ジオはピンと来た。フェイリヤが何か盛大な勘違いをしているのかもしれないと。

 もし自分が恋愛経験や女との関係に乏しい鈍感な男であれば、『どうした? 顔が赤いぞ?』と聞いていたかもしれない。

 だが、そうやって誤魔化すわけにもいかず……


「あっ、そういう気持ちが分かるってだけで、別に俺が今こうしてるのはあんたに惚れてるとか、そういうのまったくねーから」

「はい……ん? はっ!? えっ? えええ?」

「だから、間違っても俺に変なこと期待しないように。あんた、エラそうだけど恋愛経験皆無みたいだし、すぐ変な男にひっかかるようなチョロそうな女だから、気をつけろよ?」

「…………ふんがっあああ!」


 勘違いするなと告げるジオの言葉に呆けてしまったフェイリヤだが、すぐにその言葉の意味を理解して、荒れた。



「こ、このワタクシを愚弄していますの? オジオさん! どこの、誰が一体いつ期待したと言ってますの!? 思いあがりも甚だしいですわ!」


「あっ、いや、取り返しのつかないことになる前に、事前に言っておかねーと、と思って……」


「取り返しってなんですの! まさか、この天上天下に並ぶもの無しの奇跡の才色兼備たるワタクシが、あなたのような男に間違いを抱くとでもお思いでして? 無礼千万滑稽千万ですわ! あ・な・た・が、ワタクシに惚れるというのであれば納得ですが、少なくともワタクシがあなたにそれを期待するなんてありえませんわ!」


「はいはい、分かった分かった。俺が悪かった。俺はあんたに惚れない。あんたも俺に期待しない。それでいいか?」


「ちょっ!? それはそうですけど、『俺はあんたに惚れない』なんて言い方、まるでワタクシが見下されて軽んじられているような言い方ではありませんの? ワタクシほどの良い女を前にして、そうやって軽く言われるのはムカつきますわ!」



 捲くし立てるフェイリヤに段々と面倒くさくなったジオがテキトーにあしらおうとするが、その態度もまたフェイリヤには癇に障り、よりジオに食って掛かった。 


「うわ、メンドクセー女だな……俺は色々とあって、今は恋愛とかそういうのはいいと思ってるだけだ。あんたが良い女だってのは、十分に分かってるさ」

「ふへっ!? ……あ、あぅ……そ、そうですの……分かっていらっしゃるのでしたら……そ、それで……」

「だから、こんなちょっと褒めただけでホの字になってんじゃねえよ! おま、本当に大丈夫か!? チョロ過ぎだろうが!」

「ほ、ホの字になんてなってませんわああああああ!」

 

 ジオの頬をぶん殴るフェイリヤ。そんな怒りを仕方なしに受け入れてポカポカ殴られるも、あまりにも単純なフェイリヤにジオも反論し、結局口論は収まらない。


「いや、あんた、本当に気をつけろよ? 手遅れになる前に」

「手遅れとか余計なお世話ですわ!?」


 この口論を見ていた者たちは、とりあえずジオが暴れる暴れないは頭から抜け、そして……


(((((もう、手遅れだろ)))))


 ……と、冷めた目で見ながらそう思っていたのだった。


「あ~、もう、埒が明かないから、あんた少し黙ってろ。ほれ、下がってろ」

「お待ちなさい、お話はまだ終わってませんわ!」

「はいはい、後で相手してやるから」

「なっ!? ちょ、何様ですの!? ワ・タ・ク・シ・が! あなたのお相手をして差し上げるというのが正解でしてよ!?」

「はいはい……」


 とにかく、周りの反応は別として、ジオ自身もこのままでは埒が明かないと話をテキトーに切り上げてフェイリヤを後ろへとどかす。

 その対応にフェイリヤは未だに怒りが収まらずに叫ぶが、とりあえずジオは無視して目の前に居る騎士団に改めて……



「まぁ、とりあえず話を戻すとだ……そういった、ホレたハレたは抜きにしても、お前らはお前らの意思でそっち側に付いたんだろ? だったら男として、筋は通すべきなんじゃねぇのか? お前らの団長様は少なくとも、俺に挑んでは来ただろうが。お前らはやらねーのか?」


「「「「「………ッ……」」」」」


「来いよ! 俺を捕まえてみろって言ってんだよ! 俺が参加できなかった戦争に参加した奴らが、この程度のことでビビッてんじゃねーよ! それとも勇者が居なけりゃ何もできねー腰抜けか!? なんのために、戦ってんだ! お前らこのままだったら、この頭がパッパラパーなお姫様に『やっぱり勇者と比べて……はん』とかって、鼻で笑われるぞ! 悔しくねーのかよ!」



 理由はどうであれ、クーデターに加担して姫側に立っている以上は筋を通せ。


「それでも俺に向かってこれねーなら、さっさと泣いて叫んで『勇者様お助けください~』って言ってりゃいいんだよ! ほら、お前らの大好きな勇者様に助けを求めてみろよ! そんで、勇者がキャーキャー言われてるのを羨ましそうに眺めて、部屋の隅で自分のナニでも扱いてろ、この青瓢箪どもが!」


 かかって来い。敵であるはずの騎士団に発破をかけるジオ。

 すると、俯き怯えていた騎士団から……


「う……うるせーよ……」

「そうだ……なんで、通りすがりの魔族にエラそうに説教されなくちゃいけないんだ……」

「そうだそうだ……誰が……そんなことできるかよ……」

「テメエに俺たちの気持ちが分かんのかってんだ」

「大体、テメエは何をイチャイチャしてんだよ……」


 本来であれば礼節等を重んじる騎士とは思えぬほど口汚い呟きが発せられた。

 そしてその呟きが、やがて男たちの悲しい叫びに変わる。


「お前に分かんのかよ、コンチクショウ! あの純粋無垢だったメルフェン姫が、夜な夜な勇者の部屋に行っては喘ぎ声をあげて、それが聞こえちまった苦しみを!」

「人目も憚らずイチャイチャされてる苦しみを!」

「何がハウレイム王国だチクショウ! いつもオーライばかりモテやがって!」

「ちくしょう、何が勇者のパーティーだ! 治癒魔導師アネーラ様! 女戦士ナジミちゃん! 大魔導師シスちゃん! みーんな勇者の女じゃないか!」

「そうだそうだ、勇者のパーティーじゃなくて、勇者の女たちって最初から名乗れってんだ!」

「しかもそこにハウレイム王国の姫まで居て、いつも四人で取り合ってるかと思えば、いつの間にかメルフェン姫まで加わってるしよ!」

「な~にが、『今夜は弟君と寝るのは私です』、『あんたと寝たって全然嬉しくないんだからね』、『兄さんの見張りをするのは私の仕事です』、『今日は皆で寝ましょう!』、『私も何番目でもいいから側に』だ、クソッタレが!」

「勇者が女の股間に顔を突っ込むラッキースケベをやっても許されて、俺たちは短いスカート穿いてる女の足を見ただけで変態扱いだぞ!? クソガァ!」

「ぺっぺっぺ! この面白くねー気持ちが分かんのかよ、この野郎!」

「大体、メルフェン姫もメルフェン姫だ! 駐屯地の会議室でコッソリ勇者とヤッてんじゃねーってんだ!」


 騎士ではない。男の叫び。



「「「「だ……誰が勇者に助けなんて求めるかってんだ!」」」」


 

 怒りに任せて八つ当たりするかのような叫び。


「な、み、みんな!? な、何を言ってるの!?」

「こ、これは、一体……どういうことですの?」


 その突然変貌したかのような男たちの叫びに、メルフェンもフェイリヤも呆気にとられ、街の者たちも言葉を失っていた。


「うわァ……なさけね~。でも……だったら、お前らは何で、そんなムカつく姫に付き従ってってんだ? ……って、それもどうでもいいか。姫に逆らったら無職とか、流れ的に断れなかったとか、そんなところだろうし、そんなもん俺には関係ねーことだしな。ただ……それでも、モヤモヤしているものがあるんなら……」


 この男たちの悲しい叫びには、流石にジオも呆れて苦笑してしまった。

 しかし、ジオはどこか気分も良かった。

 

「来いよ! 叫んで暴れてスッキリしちまえ! 騎士も冒険者も人間も魔族も関係ねぇ! ケンカだ! 男の本能を俺にぶちまけてきやがれ! 女がドン引きしちまうような叫びも、俺は正面からぶつかってやらァ!」


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