第51話 報奨金

 歓迎パーティーというのであれば、舞踏会場のように格式ばった空間で豪華な食事や正装をした富裕層たちが集う晩餐会をイメージしたジオたちだったが、意外にもパーティーが開かれたのは街の中心部にある広々とした噴水広場で、たくさんのテーブルの上に街の住民たちがそれぞれ持ち寄った料理や酒を並べて、誰もが入り乱れる自由参加の宴会になっていた。

 

「では、これが今回の報酬になりますわ!」


 簡易的な椅子やテーブルが並んで人々が盛り上がって叫ぶ中、特別席のように設けられたフカフカの大きなソファーと長いテーブル。

 その後ろには料理を運んでくるメイドたちが控える場所で、ジオパーク冒険団はもてなされており、その正面にはフラグ冒険団。そして大きな布袋に詰め込んだ大量の金貨をドサッとテーブルの上に置いたフェイリヤが座っていた。


「A級クエスト達成の報酬。とはいえ、潜水艇やらの準備などはこちらでやりましたのでその費用は差し引いておりますが、合計で約二千万マドカになりますわ!」


 黄金の輝きを発する硬貨を両手で抱えなければ持てないほどの量を袋に詰まれて目の前に差し出される。


「に、二千万マドカ!? が、学食のヌードルンが一杯四百マドカだったから……えっと」


 元々普通の学生だったチューニにとっては縁のなかったほどの大金であり、クラクラしていた。


「半端な小金持ちになっちまったな」

「持ち運びに不便と思われる。預けた方がいいかもしれんな」

「ふ~ん、ワシには地上の貨幣価値はよう分からんが、とりあえず大金かのう?」


 チューニが自分のよく知る価値に換算しようとする庶民的な反応を見せる一方で、ジオたちはチューニほど大きなリアクションは見せなかった。


「いやいや、リーダー! マシンもガイゼンも反応薄い!? こ、これで、ど、どれだけ遊べると思ってるんで!?」

「ん~、そういや、俺の帝国時代の資産ってどうなったんだろうな? 戦争で忙しくて使ってなかったから、かなり貯まってただろうに……まっ、もう処分されてるか? マシンやガイゼンはそういうのねーのか?」

「自分は機能として備わっていた兵器以外のものは目覚めたら無くなっていた」

「ワシなんて何百年も前に死んだことになってるしのぅ」 


 ジオは元貧民街の出身とはいえ、到達した地位は帝国の将軍。

 さらにマシンは元勇者のパーティー。ガイゼンは元魔王軍の伝説の武将。

 当然、その金銭感覚は一般人と少し違うのだった。


「そういや、俺らの報奨金がこんだけあるってことは……フラグ冒険団もこんぐらい貰ったのか?」

「え? ええ? わ、私たちかい?」


 向かいで並んでいるフラグ冒険団たちに尋ねると、フラグ冒険団たちは苦笑して両手を軽く上げた。


「いやいや、私たちは固定給なんだ。こうすれば、スポンサー契約としての支援金を安定的に毎月貰えるからね」

「私たちも貴族出身とはいえ、そこまで裕福なわけではないから、安定的にもらえる固定給の方が都合いいんだ。今回のようなA級クエストなんて、本来は滅多にないしね」

「そうそう、お嬢様の気まぐれ……じゃ、なくて、コホン、お嬢様が今回は興味を持たれたものの、普段はこんなことはないさ」

「だから遠慮なく貰っていってくれ」


 冒険家として一旗上げると言っておきながら、安定志向が滲み出るフラグ冒険団。

 そんなフラグ冒険団の堅実な考えに面白味は無いが、とはいえ一緒にクエストに挑んだという気持ちはジオにもあった。

 だからジオは、握り絞めた金貨をそのまま目の前のシーボウに手渡す。


「ほらよ、シーボウ」

「え……ええ? じ、ジオくん……これは……」

「結婚の御祝儀だ」

「ッ!?」


 鷲掴みにされた金貨をそのまま手渡す。それだけで数十万以上の価値があった。

 そんなジオの行動に目を丸くするシーボウとフラグ冒険団。


「ふむ、なるほど……自分も真似しよう」


 そして、そんなジオを真似るように、マシンも同じように金貨を鷲掴みにして……


「シユン……子供が生まれるのだろう?」

「ま、マシンくん!?」

「出産祝いだ……貰って欲しい」

「ッ!?」


 ドッサリとマシンに金貨を手渡されて数枚の金貨が地面に零れ落ちてしまうが、シユンは驚いて固まってしまい、それをまだ拾えずにいた。

 そして……


「ぬわはははは、おい、アツサよ」

「は、はいっ……」

「ほれ、娘の誕生日だったのだろう? これで、デッカイぬいぐるみを百個ぐらい買ってやれ」

「い、いいいっ!?」


 ガイゼンも二人を真似るように金貨を鷲掴みにしてアツサに手渡す。

 そうなると……


「えっ、え、えええ!?」

「「「ジ~……」」」


 ジオ、マシン、ガイゼンの行動に戸惑いを見せるチューニ。こうなると、余っているスグーシーにも渡さなければいけなくなる。

 そして、三人はチューニをジッと見るだけで無言の圧力。

 するとチューニは生まれて初めて手にする大金と、今からやるガラでもない行動に恥ずかしさを感じながらも、金貨をいっぱいに掴んで、それをスグーシーに……


「あ、あの……えっと……スグーシーさん……奥さん料理上手って言ってたんで……」

「チューニくん……」

「こ、これで今度おいしいものを……ご馳走してくれたら嬉しいんで……」

「わ、あ……あ……うわ……」


 袋から溢れ出ていた金貨もゴッソリと量を減らし、その分はフラグ冒険団たちの手に。

 その様子を宴会で盛り上がっていた街の者たちも横目で見ており、誰もが羨ましそうにしていた。


「あらあら、気前がよろしいではありませんの。そういう豪快なところは、パパに似ていまして好印象ですわ」

「そりゃ、持ってても使わなければ意味ねーからな。そこまで差し迫って貯める必要もねーんなら、振る舞うか、もしくは遊ぶかだからな……」


 気前よく金を振りまくジオ冒険団にフェイリヤも感心したように微笑んだ。

 だが、減ったとはいえまだ大量の金貨が袋に詰められており、それをどうしたものかとジオがテキトーに一枚取って指で弾きながらチューニを見て、


「おい、チューニ。まだ金あるし、これでどっかの店に行って女とイチャついてきたらどうだ? 童貞奪ってもらえるかもしれねーぞ?」

「い、いいいいいいいっ!? ちょちょ、り、リーダー、なな、何を言って!?」

「思えばテメエはもう少し経験積んだ方がいいんだよ。そんなんだから、ガキにチューされたぐらいで気を失うんだよ」

 

 冗談交じりの口調でチューニをからかうように言うジオだったが、チューニはその冗談を受けて顔を真っ赤にしてしまうが……


「どこの馬の骨かもしれない女にマスターは渡しません」

「うおっ!?」

「ジオは邪魔です。穢れた提案をマスターにしないでください」


 ムスッとした顔と殺気に満ちた表情で、ジオとチューニの間にサラリと割って入るセク。

 チューニの腕を掴んでしがみ付き、ジオを鋭い目で睨みつける。


「ああ? おいおい、あんま男のゲスな会話に交じってくんなよな、セク。ゲスな会話は男の日常会話でもあり、親睦を深めるには一番楽しい話題なんだよ」

「うるさいです。死んでください」

「ちょっ!? テメエ、死ねは言いすぎだろうが!?」


 ジオに敵意剥き出しのセクを拳骨してやろうかと腕を振り上げるジオだが、それを呆れたようにマシンとガイゼンも止める。


「それまでにしろ、セク。別にリーダーとて本気で言っているわけではない」

「……ニーチャン……」

「そうじゃそうじゃ。そもそも、リーダーも何だかんだでそういう店には行ったことないんじゃしな」

「ジーちゃん……」


 マシンがまるで妹をあやすようにセクの背中を撫で、ガイゼンは孫を可愛がるようにセクの頭を撫でる。

 すると、セクは二人の言葉が響いたのか少し考えるような表情を見せるが……


「ったく。つか、お前はマシンのことをニーチャンって呼んで、ガイゼンのことはジーちゃんなんて呼ぶのかよ?」

「うるさい、ジオは黙ってください」

「って、何で俺だけ呼び捨てなんだよ、このガキャッ!?」

「つーん」

「「まあまあ……」」」 


 ジオにだけは心を開かずに、セクはソッポ向いた。

 その態度に余計にジオは腹が立つも、ガイゼンたちに宥められて仕方なく拳を引っ込めるしかなかった。


「ちっ。とりあえず、チューニもそういう店に行きたけりゃ、嫉妬深いガキにはバレないようにな」

「だ、だから行かないんで! ほんと、行かないんで!」

「だが、遊べるうちに遊んでおくのも大切だぜ? 俺みたいに金を持ってても、使わないうちに処分されることだってあるんだからよ」

「いや……そんな真顔で思わせぶりに言われたって……い、行かないんで……ほんと……そんなこと言われても……」

 

 ジオが自分の経験からアドバイスするも、チューニは恥ずかしがって頑なに拒否する。

 フェイリヤたちもジオの冗談なのか本気なのか分からないアドバイスに呆れたように笑っていた。

 すると、そんな状況の中で、この特別席に一人の男が近づいてきた。


「ひはははははは、な~んだ、遊びに行かないの? もしよければ、俺が最高の女を紹介してやってもいいじゃん? こんだけあれば、店中の女を全員貸し切っても余るぐらいじゃん」


 それは、機嫌良さそうに笑うフィクサ。

 その男が現れた瞬間、フェイリヤも微妙な顔を浮かべた。


「お兄様! ゴークドウ家の長男でありながら、品の無い会話は控えていただかないと困りますわ!」


 実の兄を前にすると、これまでのように余裕たっぷりでいつも高らかに笑っていたフェイリヤが、珍しく不快感を全面に出している。

 ジオたちが視線で双子メイドたちに「仲が悪いのか?」と尋ねるも、双子メイドは複雑そうに笑って誤魔化すだけだった。


「おいおい、な~に言ってんのさ、フェイリヤ。そ~いうお店があるからこそ、ファミリーの重要な資金源になり、更には女たちの就職先にも貢献してんじゃん。やらしー店はどんな国でも世界でも絶対に無くならねえ。言ってみればそういう店こそが国というものにおいて必要不可欠なのさ」

「そそ、そんなのお兄様の都合のいい解釈ですわ! それに、パパだってそういうお店だけでなく色々な興行で……」

「そりゃ~、可愛がってる娘にはオヤジもファミリーのドギタネエ現実は見せねーさ。まっ、お前もさっさと処女を誰かにもらってもらえば、少しはそういうお花畑な思考もなくなるんだろうけどな」

「しょっ!? お、お兄様ッ!!??」


 むくれるフェイリヤをあしらいながら、侍らせている女たちを後ろに控えさせたまま、フィクサがドカッとフェイリヤの隣に座る。

 その瞬間、楽しそうに盛り上がっていた街の者たちもどこかこちらを気にするようにチラチラと視線を送りながらざわつき始めた。

 だが、そんな妹や周りの空気を一切気に止めず、フィクサはニヤニヤと笑みを浮かべながら酒の入ったグラスを持って、ジオたちに向ける。


「ひはははは、どーよ、ジオ将軍。こういうお嬢様。おバカなところも今は可愛いけど、これが五年、十年経ってオバさんになってもこんな感じだったら、痛々しくて見てらんないじゃん。俺はお兄ちゃんとしてそういうところが心配じゃん?」


 乾杯を求めるようにグラスを差し出すフィクサに対し、ジオも仕方なしにグラスを持ち上げる。だが、乾杯には応えるが、フィクサの問いに対しては……



「今が可愛いならそれでいいんじゃねぇのか? この世には可愛くないまま生れてそのまま死ぬ奴だっているんだから、一時でも可愛い時代があるのなら、女として十分恵まれてんだろ? 将来は知らねーが、お嬢様は少なくとも今は魅力的なんだからよ」


「ほうっ!」


「……へっ、か、かわいい、お、オジオさん?」



 ジオの言葉にフィクサは興味深そうに身を乗り出し、フェイリヤはジオが褒めたことに驚いて少し動揺した。


「人なんて、何かの拍子でいつ周りから嫌われるようになるかなんて誰にも分からねーんだ。今、愛されてるなら……それでいいだろうが。将来も好かれていようなんて、ムシがよすぎるぜ」


 それは、ジオの中から自分自身への皮肉を込めた自然と出た言葉であった。

 かつて、大魔王の策略によって突然全てを失ったからこそ出た言葉。


「かわいい……んまぁ、わ、分かっていますわ。おほ、おほほほ、わ、ワタクシかわいいですもの……魅力的……ですもの」

「今を……か。いいじゃんいいじゃん。一本取られたね。俺のモットーである、今を楽しむに通ずるところがあるじゃん。いや~、気に入ったよジオ将軍」


 ジオの言葉を受け、少しポーッとなるフェイリヤと、より機嫌よく笑うフィクサ。

 するとジオは、身を乗り出すフィクサに対して、今度は逆に質問した。


「で、お前は何で俺らのこと知ってんだ? 俺らはまだ冒険者登録しただけで、実績なんて皆無だったんだからよ」


 それは、他の者たちも気になっていたこと。

 港町で冒険者登録をしてからまだ数日しか経っていない。

 それなのに、なぜフィクサは既にそのことを知っているのか?

 だが、フィクサはそのことを特に隠す様子も無く……



「ひははは、そんなの……戦争でも平和な時代でも、いつの時代でももっとも大切な力とは、『情報力』ってやつじゃん。いかなる情報をも誰よりも早く手にすることが長生きと大金を稼ぐコツじゃん」


「情報力……」


「そうそう。俺はあんたらと違って腕っ節には全くもって自信はないけど、昔から世界各国で遊び歩いていたから情報力だけには自信があってね~。人のニーズを把握して商売するためや、今後有名になりそうな奴らを把握することは、とっても大切じゃん」



 情報力に自信があると自信満々に告げるフィクサは、グラスの酒を一気に飲み干して、更に続ける。


「そういう意味では、いきなり規格外のレベルを叩き出したジオパーク冒険団は、冒険者協会もその素性を確かめようと大慌てなわけじゃん。当然、帝国やら勇者オーライやら、魔法学校やらに緊急で問い合わせがいって、中にはガイゼンって何者だ? 神話の怪物との関係は? とか。その情報を俺がキャッチしたってことじゃん。つまり、君たちは自分たちが思っている以上に時の人になってんじゃん」


 時の人となっている。特にまだ名を上げるようなこともしていないジオたちにとって、登録しただけで有名になるとは思っていなかったために、正直実感が沸かなかった。

 唯一、チューニだけは「有名になりたくないのに」と緊張した顔で落ち込んでいた。

 だが、そんな中で……


「そして、その四人の中で、現在世界の主要人物たちから最も気にされてるのが…………マシン・ロボトくんじゃん」

「な……に?」

「もっとも……現在、フイウチーノ都市に出張中のオーライが、君の事をちゃんと耳にしたかどうか……気になるところだけどねぇ」


 フィクサの口から語られたのは、なんとマシンの名だった。

 マシンを限定に告げられたことには、ジオたちも少し驚いた。

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