第52話 新しく生まれ変わる

「ジオ将軍……いや、元将軍に関する話題は帝国内で。ガイゼンさんの名は眉唾もので神話とは無関係だろという笑い話。チューニくんは魔法教育団体が調査をし始めた段階。そんな中で、四人の中で一番その動向を追われているのが、マシン・ロボトくんってわけさ」


 ジオに関することは帝国全土でも悲劇として多くの人々に伝わっている。だが、それはあくまで帝国内での話。

 ガイゼンのことはまだまだ世間から信憑性を得ておらず、チューニもまだ無名である。

 そうなると、一番注目されるのはマシンというのは間違っていないかもしれない。


「さて、ここで俺も気になってるのが……かつて、マシンくんが勇者のパーティーに居たものの、暴走してそれを止められて封印された……というくだりだけど……あんた、ほんとに何をやったのかな?」


 そして、その疑問はジオたちも気にはなっていたことだった。

 マシンは以前、「自分は暴走していない」と言っていた。

 ならマシンはどうして勇者たちに封印されたのか?


「そのことを……今日出会ったばかりのあなたに話す必要はないと思われるが……」


 そして、以前ジオたちが尋ねた時と同じ回答をするマシン。

 ジオたちはそこでそれ以上は追及しなかった。

 だが、フィクサは…… 


「ひはははは、なんか……勇者を怒らせちゃって、口封じでもされたのかな?」

「……そんなことはないさ」

「……ひはははは……もしくは……勇者の弱味でも握っちゃったかな?」

「ッ!!??」


 そのとき、冗談交じりのフィクサの言葉に、一瞬だけマシンの眉が動いたのをジオたちは見逃さなかった。

 そして……


「例えば……とんでもアイテムを偶然入手しちゃったお坊ちゃんが、貧乏国家を救うために私的に利用しちゃったとか」

「……な……に?」

「ひははははは、なんつーんだっけ? 不思議な種とか~、武器とか~、装備とか~、極めつけはお空の上から地上を見下ろしてる……環境調整サテ――――」


 その瞬間、突風が吹き荒れてテーブルの上に乗っていた料理や酒は散乱し、隣に座っていたはずのマシンが、いつの間にかフィクサの背後に回って、その喉元に手刀を当てていた。


「貴様……その存在をどこで知った?」


 ジオたちですら初めて見る、マシンから発する明確な敵意。

 それはある意味、マシンが見せる動揺とも言えた。


「お兄様ッ!?」

「お、おいおい、マシン、そりゃやり過ぎだろうが!」

「あわ、あわわ、い、一体、ど、どうしたんで!?」

「……ふっ、落ち着きが無いのう」


 思いもよらぬマシンの行動に反応が遅れたジオたち。

 そしてマシンは、ジオたちの制止を意に介さずに、己の手刀をフィクサの喉に押し付けながら……


「……答えろ……貴様……何を知っている?」

「ありゃりゃ……こわいこわい……ひはははは……踏み込んじゃいけねーラインだったわけじゃん?」


 回答次第では今すぐにでもフィクサの首を刎ね飛ばしそうなほどのプレッシャーを発していた。

 だが……

 

「でも、質問して答えてくれない人に……こっちも質問に答える義理はな~いじゃん?」

「……」

「ぷっ、ひはははは、な~んて、そんな怖い顔をしなくてもいいじゃん? 俺はただのスケベな低級冒険者じゃん」


 マシンがどれほどのプレッシャーを発しようとも、それすらも何でもないかのようにフィクサはケラケラと笑ってマシンに向かって舌を出して笑う。

 


「まっ、今日出会ったばかりの君に俺も話す気はねーな。ただ、妹が世話になった礼として言えることは……自分たちがどういう立ち位置で世界を駆け抜けるかを決めておくことじゃん? まもなく始まる……底の浅い喜劇の勇者が大魔王を討ったことでもたらしてしまった……更なるカオスな新時代にな」


「……どういうことだ?」

 

「解き放たれる魔界のアウトローたち。まもなくだ……ひははははは、まもなくだ! その新時代が、今のこの世にどんな新しい景色を生み出すのか……それさえ見れるのなら……俺は自分の命も、家族の命すらも惜しくないじゃ~ん」


 

 カオスな新時代。そう言って、それを待ち焦がれるように興奮するフィクサを見て、ジオたちは改めてフィクサの歪みを感じた。


「随分と……狂ったやつだな」

「お兄様……一体……先ほどから何を企んでいるんですの?」


 一言で言うなら、「狂っている」。それがジオたちの感じたフィクサという人間の姿だった。

 そして、何を企んでいるのか?

 細かいことを気にしないフェイリヤですらも神妙な顔を浮かべる。


「ひははは、そんなことより俺の店に遊びに来なよ。海賊衣装と色っぽい水着を着た女の子たちが、お客さんを船長さんとしてもてなしてくれる、健全酒場の『オパイレ~ツ』。一緒に秘宝を探す旅にご招待―――」


 思わせぶりなことを告げながら、核心を語らないフィクサはそのまま品の無い笑みを浮かべて両手を叩いて叫ぼうとする。

 しかし……



「全員、静粛にいいいイイ! その場から一人も動くなぁぁぁ!!!」



――――――ッッ!!!???



 そのとき、宴会で盛り上がる広場に大きな怒声のような声が響き渡った。

 そして同時に……


「はいはい、全員ジッとしててくださいよぉ?」

「ったく、何人の街の人間が参加してんだか……」


 聞こえてくる多くの蹄の音。甲冑が擦れて動く音。

 気付けば一瞬で広場全体を取り囲むように、国の騎士団と思われる者たちが現れたのだった。


「……ちょ、な、なんですの!?」

「……なんだ~?」


 一体、何が起こったのか、フェイリヤも街の者たちも誰一人として分からず混乱する中、騎士団の代表と思われる一人の若い男が前へ出る。



「静粛に! 私は……ワイーロ王国の新生王国騎士団の団長・フウキである! ただいまより、数多の違法取引や非合法な行いをしていると思われる、『ゴークドウ・ファミリー』を強制査察することとなった!」


「「「「「ッッ!!!???」」」」」


「ゴークドウ・ファミリーの関係者は前に! そして、ファミリーと親しくしている者たちにも念のため取り調べを行う。全員大人しくしてもらおうか!」



 国の騎士団による、ファミリーの強制査察。

 それは、未だかつてなかったことなのか、誰もが絶句してしまっていた。

 ただ一人を除いて……


「ちょ、お、お待ちなさい! どういうことですの? 大体、新生王国騎士団長とはどういうことですの? 大体、このワタクシが主催のパーティーの最中だというのに無礼千万ですわよ!」


 フェイリヤだけは黙っていなかった。

 席から立ち上がって、現れた騎士団長の元へと詰め寄る。

 だが、騎士団長はフェイリヤを前にしても畏まることは一切なく、むしろ睨みつける。


「静粛に。そして、当然あなたにも取り調べさせてもらいますよ、フェイリヤ・ゴークドウ」

「んなっ!? た、たかが騎士団の団長風情でこのワタクシを呼び捨てにするなど、なんという無礼者ですの!?」

「無礼者? 犯罪に加担しているかもしれない組織の令嬢に、何を畏まれと?」

「ッ!? も、もう怒りましたわ! あなたのような新顔ではお話になりませんわ! 王国軍総司令のインペーイ総司令、もしくはユウチャク大臣をお出しなさい! いえ、もしくは……ブライブ国王陛下に直接お話をお伺いさせて戴きますわ!」


 騎士団長の態度に憤慨したフェイリヤが己と繋がりのある国の重鎮たちの名前を上げる。

 だが、次の瞬間、騎士団長そして騎士たちは……


「総司令……ああ、元総司令か」

「ふっ、あの肥えた腐った豚大臣ねぇ……」


 まるで、フェイリヤを嘲笑するかのような笑みを浮かべた。


「な、ど、どういうことですの?」


 予想外の騎士たちの反応に思わず後ずさりするフェイリヤ。


「お、おい、ゴラぁ、テメエら! お嬢さんに何失礼なことしてんだゴラぁ!」

「お嬢を誰だか知らねえのかよ!」

「国の犬どもが、相手になってやろうか!」


 流石にフェイリヤに対する態度には我慢できないファミリーの構成員たちも次々と立ち上がってフェイリアの周りを囲むようにして、騎士たちに怒声を浴びせる。

 騎士団たちも構成員たちに身構えて一触即発の空気が流れる。

 すると……



「残念だけどフェイリヤ……この国は今日から変わろうとしているの。もう、あなたたちと繋がって甘い汁を吸って腐った行いに加担していた重鎮たちは、御父様……いいえ、元国王も含めて一網打尽にしたんだもん」


「ッッ!!??」



 一人の若い女の声が響いた。同時に、フェイリヤが驚愕の表情を浮かべ、騎士団たちは一斉に敬礼をする。


「あ、あなたは……ど、どうして……どういうことですの?」

「今日は新しく生まれ変わる新ワイーロ王国の誕生の日。私が……この国を変えてみせる!」

「な、なにを、い、いって……」

「だから、フェイリヤ、抵抗なんてしないで。それに……あなたのお父さんはオーライくんたちがもう捕まえているから」

「は……えっ? えっ!?」


 フェイリヤと言葉を交わすその女は、フェイリヤと違った意味でも特徴ある格好だった。


「戦争が終わった後に……勇者のオーライくんと約束したの。誰もが平等に安心して笑って暮らせる世界を作るため……戦後の混乱を利用して私腹を肥やそうとする悪い人たちも無くさなければいけないと。そしてそのためには強い覚悟が必要なの。たとえ、身内でも裁けるぐらいの覚悟が! 私は私の覚悟の元、オーライ君たちと約束した理想の世界を作るために、皆と力を合わせてこの国を変えてみせるんだから!」


 花柄の刺繍とフリルを施されたピンク色のドレスは、女の長い髪と同一の色であった。

 まるで、舞踏会に出ていたお姫様がそのままこの場に来たかのような格好。

 年齢は少し幼さを感じさせるぐらいに若く、フェイリヤと同じぐらいか、少し下ぐらい


「今日からこの国は、私が王女から女王へとなり、皆を率います! そして、この国はもう汚職や非合法な行いを一切追放し、ハウレイム王国と併合して一つの国になってこれからの新時代を迎えます!」 


 そう高らかに宣言するその女こそ……


「ど、どういうことですの? な、何が起こっていますの? 『メルフェン』王女……そ、それに、併合!? そんなの聞いてませんわ!」

「もう、私は王女じゃない……今日から女王となったと、今、言った通りだよ」

「そ、そんなこと……ど、どうして……」

「これは、私と結婚してくれる……コホン、ん、勇者オーライくんと信頼できる仲間たちと企てたクーデター」

「っ!?」

「多くの情報収集の末に、ファミリーと元国王や大臣たちとの非合法なやりとりや隠蔽工作の証拠を掴み、もう看過できないと判断してこの行動に移したの」


 メルフェン。そう呼ばれた女こそが、この国の王族であり、そして新たなる王となった女。

 とはいえ、ジオパーク冒険団にとっては、正直何がどうなっているのかがよく分からないことには変わりなかった。

 ただ、分かっているのは、勇者も絡んだ王族のクーデター。

 ゴークドウ・ファミリーに対する取り締まり。

 しかし、それだけでは自分たちが何をどうするべきなのか、ジオたちには何も判断できずに、様子を見るしかなかった。


「ひは……ひははは」


 だが、そんな中で一人の男がほくそ笑んだ。


「まっ、その証拠を匿名で教えたのは俺だけどね。ひははは、バカな奴ら。これで、ファミリーは解体っと。そうなると……親父と盃を交わして大きなビジネスをしていた魔界のアウトローたちが、怒って過激に動き出しちまうぞっと♪」


 その危険な呟きを、不運にも誰も聞いてはいなかった。

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