第46話 経験値

 人形のような顔をしていても、動揺を隠し切れない人間らしさがある。

 正直、マシン以外は目の前の少女のことを誰も知らないが、痛みを感じるような攻撃をされたのだから、何もしないで笑って許してやるほど、ジオも寛容ではなかった。


「もう一度、ふきとばします。空間振動波!」

「どるぁぁぁぁああ!!」

「っ!?」


 六番目がジオを再び吹き飛ばすために掌を突き出すが、ジオはその場で気合を放出するかのように叫び、その気迫が床を陥没させて空気が弾けるほどの勢いを放ち、六番目の放つ攻撃を相殺した。


「くははは、おいおい。つれねーじゃねぇか。せっかく遊んでやろうとしてんのに、簡単に跳ね除けてくれるなよな?」

「……危険レベルを上げます」

「ん?」


 同じ技も二度は効かないと笑みを浮かべるジオに対し、六番目は次の攻撃に移る。両手を前に突き出してクロスさせるような仕草を見せると、次の瞬間、ジオの体に異変が起こった。


「おっ!? お、おお!? おっ、俺の体が……ッ!? ね、捻れ!?」


 そう、ジオの両手足や胴体が突然強い力に掴まれて捻られようとしているのである。


「これが私のサイキック能力……空間に干渉することにより、空間内の空気を弾けさせることもできれば……空気の流れを使って、対象を捻じ切ることも……」

「うおおおおお、って……で? なんだ?」

「ッ!!??」


 しかし、ジオの体が限界までねじ切られそうになった瞬間、ジオは余裕の笑みを浮かべて笑い、自分をねじ切ろうとする力に反発するように肉体に力を入れて踏みとどまった。


「くはははは、三年の闇生活を経て、性格も性根も捻じ曲がった俺は、これ以上曲がりようがねーんだよ」

「ま、曲がらない!? これ以上、っ、き、筋肉で私のサイキックを堪えて……ッ!?」

「くはは、そういや……こういう風に体に捻りを加えて、その反動を利用して突き出すパンチがあったな……」


 ジオは捻じ曲げようとする力を堪えながら拳を上に掲げ、それを勢い任せに頭上から、六番目の目の前の床目掛けて振り下ろした。


「チョッピングコークスクリューッ!!」


 あえて、六番目を直接殴るようなことをせずに、足元の床に拳を叩きつけるジオ。

 だが、その右拳は強固と言われた施設に、下の階に貫通するほどの威力を放ち、その勢いに吹き飛ばされた六番目が部屋の壁へと勢いよく……


「おっと、危ないの~」

「ひっ!?」


 だが、六番目が壁に激突する寸前、その背中をいつの間にか回り込んでいたガイゼンが受け止めたのだった。

 そして、ガイゼンは自分の腰元にも及ばない小柄な六番目の両肩をガッシリと後ろから掴んで……


「ぬわははははは、どうじゃ? イジワルな兄ちゃんとはこれまでにして……おじーちゃんと……遊んでみるかの?」

「……ッ……」


 人形のようだった少女が、明らかに顔を青ざめさせて震えた。

 六番目自身も分かっているのだ。

 ジオ、そして背後のガイゼンから感じる、圧倒的な力の差を。


「わ、私は……マスターのためにっ!」


 だが、六番目は感じる恐怖を振り払うかのように身を捩ってガイゼンから離れ、振り向き様の攻撃を放つ。


「上から押しつぶします! 重力波!」

「ん~?」

「空間と空気を操り、あなたを押しつぶします。推定で十倍の重力があなたを……」


 次の瞬間、ガイゼンは頭上から見えない力によって全身を地面に押しつぶすような力に襲われるが……


「ん~? 肩こりをほぐすには、まだまだ力が足りんが……」

「……?」

「ほれ、よくマッサージで背中に乗って踏んでもらうのがあるじゃろ? これはそういう類の力か? ぬわはははは、おじーちゃんを労わってくれるか? 優しい娘っ子じゃの~」


 推定で十倍の重力で押しつぶすと口にする六番目だが、ガイゼンは何も無いかのように背中や肩を揉み解しながら、屈伸運動まで始めた。


「……十倍の重力に押しつぶされない? ……この生物は……」


 自分の攻撃を受けても何も無いかのような余裕の様子のガイゼンに後ずさりするも、ガイゼンは笑みを浮かべながら……



「ぬわはははは、押しつぶす? このワシを? 随分と軽く言ってくれるの~。かつて、魔王軍を追放されたとはいえ……万の戦、万の大義、万の魂、あらゆる全てのものをこの双肩に宿して戦い続けたこのワシを、押しつぶすと?」

 

「危険……計算不能……危険……危険!」


「今は全ての重圧から解き放たれて身軽になったこのワシだが、それでもちょっとやそっとの重さで押しつぶせると思ったら大間違いじゃぞ? あまり……ワシを嘗めるでないぞ、娘ッ子が!」



 ジオのように気合を開放したわけではない。ただ、睨んで声を発するだけ。

 しかし、たったそれだけで、六番目は腰を抜かしてその場でへたり込んでしまった。


「……? か、体が……ッ、お、起こせない? 起き上がれない? 体に異常なし……なのに、なぜ私は?」


 まるで、重力攻撃をされたかのように、見えない力で押さえつけられたかのように立ち上がれない六番目。

 そう、それはガイゼンから放たれる、プレッシャーという名前の圧力。

 ガイゼンから放つその圧力は、もはや六番目の戦意を戦わずにへし折るほど圧倒的なものであった。

 そして……


「生まれ持った性能は優秀でも……リーダーやガイゼンとは経験値が違う。敵うはずが無い」


 蹲って立ち上がれない六番目にそう言い放つマシン。

 だが、マシンのその言葉を聞いて、六番目は意地を見せるかのように、這い蹲ってマシンに向かう。


「関係ありません。私はマスターのために戦います。そして、少なくともあなたでは私には勝てません」


 ジオとガイゼンには勝てなくても、マシンには負けない。

 そう断言して六番目が蹲ったまま両手を交差させて攻撃を放つ。


「空間に流れる空気を乱し、気流を生み出し、見えない刃でそのボディを切り裂きます。かまいたち」


 マシンに向けて放たれる見えない何か。それは、床や天井や壁に鋭い亀裂を入れるも……


「……あまり、子供が刃物を振り回さないほうがいい」

「……ッ!?」


 マシンは見えない何かをまるで予測していたかのように、余裕を持って回避していく。


「……ありえません。大量生産機の反応速度では回避できるはずが……」

「そうだ。見てから回避するというのは、極限のレベルでの戦いにおいては不可能。ゆえに、必要なのは相手の動作、クセ、状況、精神状態、息遣い、あらゆるすべてのものを洞察して予測すること。お前の単調な攻撃は、見えずとも手に取るように分かる」

「予測……?」

「そして、自分にはお前のようにサイキック性能を埋め込まれていないが……人類の英知が結集した武器は埋め込まれている。このように……」


 ゆっくり歩きながら攻撃を回避して、六番目に歩み寄り、マシンが手を翳す。すると、マシンの掌が突如、雷を帯びたかのように輝き、そして……


「こ、これは……!?」


 眩い閃光と同時に、光の速度でマシンから放たれた光線が、蹲る六番目の目の前の床に丸い穴を空け、その穴が四階から一階まで一直線に貫通していた。


「れ、レールガン……いや、これは……」

「荷電粒子砲……」

「ッ!? 掌から!? そんな大きさの粒子加速器をどうやって……」

「それを今、お前が知ってもどうにもならない」


 そう言って、マシンは己の掌を六番目の眼前に差し出す。

 もし、その距離で今と同じ光線を放てば……


「あっ……あっ……」

「眠るのか、消滅するのか。それとも別の道か……言ってみろ。お前の人生だ。自分の意思を示してみろ」


 そして、優秀であるが故に六番目もこの短い数秒で理解した。

 なぜ、マシンがこれほどの力や兵器を搭載しているかは分からない。

 だが、自分では勝てないと……

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