第5話 流れ着いた先での出会い
「ったく……どうしちまったんだか……俺は……」
嘆くように呟きながら、ジオはまとめ買いした日用品の中から鏡を取り出す。伸びきった髪も切りたいという思いもあったのだが、まずは久々に自分の顔をジッと見たいと思ったからだ。
そして、案の定、久しぶりに見た自分の表情に愕然とした。
「けっ……なんだこいつは? 殴りたくなるぐらいウゼー顔をしやがって……へっ……俺の顔か……」
かつては、毎朝自分の顔を見ては、パシンと気合を入れるように頬を叩いて、「今日もやるか!」と口にしていたが、今の自分の目は、殴りたくなるぐらい情けなく、力もなく、死んだような目をしていた。
だが、それは無理も無かった。
何よりも、今のジオにはこれから先、何をするのかすらも分からなかったからだ。
もはや、一切関わりたくない帝国やティアナに復讐というのもピンと来なかった。
本当なら、自分をこんな目に合わせた大魔王を殺すというのが一番スッキリするのだが、もう大魔王は死んでいるためにそれも叶わない。
なら、何をする?
何も思いつかない。
なら、自殺でもするか?
しかし、これほどの苦痛と地獄を味わいながら、こうして生き延びることが出来たのにやはり大人しく死ぬというのは我慢できなかった。
「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょう! 俺は……俺はなんだったんだよォ!!!!」
昔は躍起になって、自分を認めさせたい、昇格したい、友達が欲しい、恋人が欲しい、女にモテたい、強い奴に勝ちたい、仲間たちとバカみたいにハシャギたい。やりたいことや欲しいことがいくらでもあったし、すぐに思いついた。
だが、今は何もピンとくるのが思いつかない。
やりたいことも、生きる目的も、そして人生の意味も見出せなかった。
「クソが……やっぱ帝国の奴らを全員ぶちのめすぐらい暴れてやるかな? って、バカか俺は……二度と俺の人生に関わるなって捨て台詞を残して、俺の方から関わりに行ってどーすんだよ」
そんなことぐらいしか思い浮かばず、また心が重くなって、ジオは俯いてしまった。
しかし、その時だった!
「……ん?」
突如、ジオは広々とした草原を埋め尽くすような禍々しい異様な気配に気づいて体を起こした。
すると……
「なんじゃぁ? 同胞の匂いを感じて来てみれば……半端者じゃなぁ」
そこには巨大な男が居た。長身のジオよりも遥かに大きな巨体と筋肉を搭載した怪物。
(で、で……でけえ! な、なんだこいつは!? し、しかも……この……圧倒的な重圧!?)
獅子のような立派な鬣を靡かせて、その顔面と肉体には無数の傷跡。
歳はかなりいっているが、衰えては見えない。
衰えを知らない屈強な老人。それが抱いた印象だった。
そして、目を見張るのは、男が人間ではないということだった。
「……へっ……魔族か……随分と野性味溢れるジジイみてーだが……何もんだ?」
狼狽えた反応を見せたくないと本能的に思ったジオは、咄嗟に挑発するような笑みを浮かべながら男に尋ねる。
だが、そのとき……
「あの……港町がどこにあるか知ってたら……は? えっ? なにこれ? な、なんなのこの突風みたいな殺気……あっ、僕を気にする必要ないんで。はい、すぐに立ち去るんで気にしないで欲しいんで! っていうか、取り込み中だったらマジすみません! 靴でも泥でも舐めて土下座するんで許して欲しいんで!」
巨大な老魔族が現れた瞬間、全く別の男が同時に自分に声を掛けようとして近づいていたのだった。
旅人風に巨大なカバンを背中に背負った男。全身を覆うローブとフードを被り、フードの下から見える顔は弱々しく、根暗そうで、男にしては長い黒髪は片目を完全に覆うほどで、肉体もローブで覆われていてもヒョロヒョロしているのは分かる。
ジオの見立てでは人間。
そして男は、老魔族とジオが発する空気に腰を抜かしそうになりそうなほど怯えた顔を見せて、その場から足早に立ち去ろうとするのだが……
「いてっ!?」
「「……?」」
フード男が振り返って逃げ出そうとした瞬間、また別の誰かにぶつかった。
「いててて……って、だ、誰なんで!?」
フード男が誰かにぶつかって尻餅をつくと、そこに居た何者かは呆然とした生気を感じさせない無表情のまま、呟いた。
「また……自分は……何をしているのだろうか……なぜ自分は壊れないのだろうか……なぜまだ動いているのだろうか……自分は……何故まだ死んでいないのだろうか……」
一見して、その男は何の変哲もない普通の人間の若い男にしか見えない。
全身長袖の白い布切れの質素な服。
髪も奇抜なものでもなく、黒髪で、前髪が少し目に掛かる程度の長さ。
体も大柄なわけでもなく細身で、身長も普通。
どこにでもいそうな、人間。
だが、ジオは男の異様な瞳に、言いようのない不快感を覚えた。
「けっ……次から次へと……で、誰だ? ヒョロい男に……そして……何だテメエは? 覇気のねえ、胸糞悪い死んだような目をしやがって……」
そう、もう死んでいるような覇気のない瞳。
それはまるで、数秒前に鏡で見たジオ自身と同じような瞳をしていた。
だからこそ、ジオも余計に心がざわついたのかもしれない。
「……なら……お前なら……自分を完全に殺してくれるだろうか?」
「あ゛? おい、待てテメエ……」
ただでさえイライラしているジオにとっては、それは安い挑発でありながら、そのイライラを解消するには丁度いい挑発だった。
「おい、平和な世の中になったからって、魔族全員大人しいと思ったら大間違いだぞ? 今の俺なら……本当にヤルぜ?」
気付けばジオは、現れた老魔族やヒョロい男でもなく、生気のない男の胸倉を掴んで拳を振り上げていた。
「おお、なんじゃぁ? 喧嘩か? うわははははは、いいぞーやれやれ♪ やはりいつの時代、どの種族においても、喧嘩は男の名刺交換じゃな♪」
「ひいいいい、なんでいきなり!? なにがどうなっているんで!?」
そして、現れた老魔族は機嫌良さそうに笑いながらドカッと地面に座り、ローブを纏ったヒョロイ男は腰を抜かしていた。
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