被追放者たちの天下無双
アニッキーブラッザー
第一章
第1話 光との再会
三年前、男は告げられた。
―――その薄汚い半魔族を、今すぐこの帝国から追放し、監獄島の最下層……『暗黒の無間地獄牢』に叩き込みなさい!!
かつてその男は、一人の姫に絶対の忠誠と己の魂を掲げて『いた』。
身分違い、呪われた出生、立ちはだかる世間の壁、そしてもどかしく素直になれなかった互いの心。
だが、男は全てを乗り越え、そして姫もまたその男に絶対の信頼と、そして生涯で唯一無二とも言える愛を抱き、そして二人は結ばれるはず『だった』。
しかし、それはもう既に三年も前の話だった。
「ッ、だ、誰でもいい! 早く医者を……そ、それに、あ、温かい食べ物を、み、水も、はや、く、か、彼に……は、早くしなさい! 早く彼を助けて!」
三年経った今、男は地の奥底よりも深い暗闇に三年間拘束されていた。
度重なる苦痛の果てに放り込まれたその地獄は、誰の声も音も一筋の光すらも届かぬ暗黒の世界。
どれだけ叫ぼうと誰の声も返らず、目を閉じても開けても同じ暗黒の世界だけしか広がぬ世界。
時間の感覚も、自分が何者だったのかも分からなくなるほど、精神崩壊を起こすような地獄の底で、永劫とも思える時間を過ごした後、男は急に解放された。
まだ光に目が慣れぬほど、日差しが眩しく瞳を焼き付けるような空の下、聞こえてくるのは、かつて自分が愛した女の声。
もはや思い出の中だけにしか存在せず、それが現実だったのかも分からなくなるほどの精神状態の中、男を抱きしめる姫の体も声も震えて、恐らく泣いているのだろうということは分かった。
「わ、わたしは……ど、どうして? 私たちはなんということを……なんで私たちは『あなたに関する記憶を失い』……あ、あろうことか……あなたを『大魔王の仲間』として……な、なんということを……」
まだ目も開けられないが、次々と聞こえてくる、男を気遣う声。それは男にとって、かつての仲間だったり、部下だったり、信頼し共に命を預けあうことが出来た絆たちの声。
「た、い……ちょう……隊長! たいちょ、う、隊長ぅッ! そ、某は……某はなんという……うっ、うう……うわあああああああああああああ!」
「なんで……なんで、私たちはあんたのことを『忘れて』しまっていたの? あんたが……大魔王の仲間だったなんてありえるはずがないのに……」
「わ、私は何ということを……友を……親友を……わ……私たちの英雄を! す、すまない……本当に……う、うううっ!」
男には、これが夢なのか現実なのかすらも最早今の時点では判別できなかった。
ずっと聞きたかった。ずっと会いたかった。ずっと助けて欲しかった信頼できる者たち。
時には喧嘩もした。時には一緒に泣いたりもした。時には楽しかった思い出とか……楽しかった思い出とか……楽しかった思い出とか……
―――やめろ! 皆ァ、俺だよ俺! 俺が分かんねーのか!? なあ、街のみんなも! どうしてだよ! あんなに仲良かったじゃねえかよ!
「ッ!!??」
そして、同時に悪夢もよみがえる。
―――ふざけるな、腐った魔族が何をデタラメ言ってやがる! お前なんか知らねえぞ!
―――あいつ、無礼にも姫様に触れたそうだぞ! なんという大罪!
―――お前たち地上を脅かす魔族は存在自体が悪だ! 人間様の世界に出てきて空気一つ吸うんじゃねえ!
―――陽の光も届かない闇へ落ちろ! 我々人間を欺き、帝国に潜入し、侵略を企てようとする害虫が!
―――我ら人類の光の裁きを受けろ! 邪悪な存在を決して許すな!
突如、それまで見て来た世界の全てが変わった日。
自分がこれまで積み上げて来たもの、紡いできた絆、思い出。その全てが無になった日。
光の裁きと呼ばれる無慈悲で、言いがかりな暴力が自分に降り注いだ。
それまで仲間だったはずの者たちからは殺意の籠った攻撃や剣を受けて肉体を傷つけられ、捕えられた自分を市中を引きずりまわして、それまで自分に感謝や尊敬の眼差しを向けて来た民たちからは数多くの暴言と石をぶつけられ、そして最後は……
―――この帝国を侵略しようなどと企てた愚かなる魔族。私は貴様を決して許しはしないわ! 今後、このような愚か者が現れないように、死以上の苦しみを無限に与えてやるわ!
最後は、心を通わせたと思っていた女から絶望に叩き落とされた。
「う、ぁ……あ……」
暗黒の世界に幽閉されて、しばらく喉が潰れるほど助けを求めて叫んだが、もう男は何年も言葉を発していなかった。ましてや、三年間も放置され、普通なら死んでもおかしくない絶食の日々と喉の渇きの中に居た男は、言葉を発する方法を忘れ、まだ声が出せるほど回復してもいなかった。
かつては、国の英雄とまで言われた逞しかった肉体も、枯れ枝のように細くなり、伸びた髪は男の身長を遥かに超えるほど伸びきっていた。精悍だった顔も頬骨が浮き出るほどになり、かつて野性味溢れていた鋭くギラついた眼光は見る影もなく色を失っていた。
「あぁ……ごめん、な、さい……ごめんなさい、私は……嗚呼、ジオ……私のジオ……」
それが、かつて英雄と呼ばれた男の名。男も久しぶりに自分の名前を聞き、自分の名が『ジオ』であることを思い出した。
「お……れ……は?」
まだうまく出ない喉で、乾燥した唇を切りながらも搾り出すように、ジオは言葉を発した。
なぜ、自分はこんな目にあったのか?
すると、泣きじゃくる姫はジオをギュッと抱きしめながら口を開く。
「あなたはジオ。ジオ・シモン。私たち、ニアロード帝国の若き将軍にして英雄……」
「えい……ゆ……う?」
「魔族の血を引く異端として世間から忌み嫌われながら……努力し、這い上がり、そして多くの仲間を得て、国を……民を救い……誰もが認める英雄となり……そして、うっ、ひっぐ……私の……婚約者となった男」
そう、夢でも妄想でもなく、自分はそんな存在だったとジオは思い返した。
魔界と地上が均衡状態にある中で、異端の魔族の血を引く自分は幼少の頃から辛い日々を過ごしたが、努力し、認められ、気づけば多くの仲間を得て、そして慕われていたはず。
「でも……っ、あ、あの日……三年前……奴が……『大魔王スタート』が……あ、あなたを魔族の裏切り者として……わ、私たち、帝国の人間から……あなたに関する『記憶』を奪った!」
カタカタと震えながら、怒りと悲しみに満ちた声で当時を振り返る姫。溢れ出ていた涙もより一層こみ上げて、そして……
「そ、そして、わ、私たちは、大魔王の計略にハマり……あ、あなたを、だ、大魔王の腹心であると……捕らえ……ご、拷問をし……痛めつけ……そして、暗黒の無間地獄牢に幽閉し……」
そう、ジオも思い出した。
あの日、大魔王が魔界の魔族たちを引き連れて帝国を襲撃した。
そして、帝国全土を包み込む異様な魔法陣が発光し、光が収まった瞬間、次に見たのはそれまで自分を慕っていた仲間や民、そして最愛の女が自分に向けた殺意の眼差し。
どれだけ叫んでも誰も自分の言葉を聞き入れず、大人しく捕まっても待っていたのは終わりの無い尋問という名の拷問の日々。
そして、心を壊すほど閉じ込められた暗闇の中で長い日々をすごし、今に至るのだ。
「ジオ……でも、もう大丈夫……私たち人類が結束し……勇者と共に……大魔王は倒したわ。そのおかげで……皆の記憶が戻ったの」
全ての元凶は、ジオに流れる人間以外のもう一つの魔族の血。その魔族を司る王こそが全ての黒幕。
だが、姫は今、間違いなく言った。大魔王は倒し、世界の脅威は去り、そして皆の記憶も全て戻ったと。
「ジオ……あなたには、どれだけの償いをしても足りないことをしてしまった……でも、もう私たちは二度とあなたのことを忘れない! もう二度と……何があろうと……」
そう言って、姫は自身の頬をジオの頬に摺り寄せて、その存在を確かめるかのように抱きしめた。
「まずはその疲れた心と体を休めて……帰りましょう。あなたの帰るべき場所へ」
帰ろう。そう言われたとき、ジオの心の中で、終わりの無かった地獄の終わりを見たと同時に、こみ上げてくる怒りをどうしても納めることができなかった。
まだ、頭も心も落ち着いてはいないが、事情は分かった。
そして、姫や仲間たちは心の底から悲しみ、後悔し、償いの心を持っていた。
だが、それでもジオは抑え切れなかった。
「うそ……だ……」
「え……? ジ……オ?」
「おなじ……まほうが……もういちど……あれば……どうせ……おまえたち……は……また……おれを……わすれる」
「っ……そ、それは……」
「おれを……なんだとおも……ってやが……る」
まだ視力が回復していないジオだったが、今、自分が発した言葉にその場に居た全員が心を抉られたかのように呆然としたのは分かった。
だが、それでもジオは許せなかった。悲しかった。ふざけるなと思った。
「ぜん……いん……じごくに……おちろ……」
それが、三年ぶりに太陽の下に出た瞬間、最初に抱いた感情。『憎しみ』だった。
――あとがき――
下記作品も是非お願いします!
カクヨム版:
『天敵無双の改造人間~俺のマスターは魔王の娘』
https://kakuyomu.jp/works/16816700429316347335
ノクターン版:
https://novel18.syosetu.com/n8325hj/
まだ始めたばかりですので、フォローよろしくお願い申し上げます。
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