やっぱりお母さんには勝てないお姉さん
「そう、お疲れ様だったわねたか君」
『いえいえ、本当に楽しかったです』
スマホを通して聞こえてくる男の子の声、隆久の声にフィリアは自然と笑みが零れるのを感じていた。時間としては夜、隆久と真白が旅行から帰ったその日である。旅行はどうだったか、それを隆久の声で直接聞きたかったのでフィリアは電話した。ちょうど真白がお風呂に入っているであろう時間を狙い撃ちしたのは単純に邪魔をされたくなかったからだ。
『お土産持って近い内に真白さんとお邪魔します』
「あら本当? その時は是非泊ってほしいわぁ」
『う~ん、どうなんだろう』
「咲奈の所には二人泊ったのよね? こっちには泊ってくれないの?」
『うっ……』
少しだけ卑怯かもしれないがフィリアはこう口にした。困ったように言葉を詰まらせた隆久の様子がこれでもかと想像出来てしまう。そんな姿も可愛いし、何より真白が風邪を引いた時に隆久が寂しいと言っていたこと、その時からフィリアは隆久を甘やかせたくて仕方ないのだ。
「ふふ、困らせてごめんなさい。でもそうなら嬉しいなって」
『……そうですね。真白さんと話してみます』
真白が乗り気ではなくても、こうして隆久から話題を振れば確実に真白は頷いてくれるとフィリアは確信していた。つまり、もうこの時点で決まったようなものだ。
「真白は楽しそうだったかしら?」
聞くまでもないだろうけれど、フィリアはそう聞くのだった。
『楽しんでくれていたと思います。その……ほとんど二人でイチャイチャしていたようなものではあるんですが』
「でしょうねぇ。真白のことだものそうなるでしょうね」
自分の娘だから、なんてことは黙っておいた。
恋に一直線、猪突猛進、好きな人以外見えなくなる、それは正に昔のフィリアだった。真白にもそうだし隆久にだって恥ずかしくて話すことは出来ないが、今の真白を見ていると昔の自分を見ているような錯覚をフィリアは覚える。
「……本当に似てるんだから」
流石に真白みたいに暴走することは“そこまで”なかったものの、過去のことを知られたら真白に揶揄われそうだなと苦笑した。
『フィリアさん?』
「何でもないわ。ところでたか君」
若干の沈黙を疑問に思った隆久を誤魔化すように、フィリアは少しだけ隆久にあることを提案してみた。
「試しに私のことをお母さんって呼んでくれない?」
『うぇ!?』
電話の向こうで分かりやすく動揺した隆久。是非言ってほしいなぁ、そんな気持ちを込めて隆久を追い込んでいく。隆久の本当の母は咲奈であり、その立場になれるわけもないしなろうとも思わないが、それでもいずれ義理の母のようになるのならいいじゃないかという気持ちである。
「ほらほら、お母さんって言ってみて~?」
『……あ~』
これは攻めすぎたし困らせてしまったか、そう思ったフィリアは少しだけ反省して話を変えようとしたのだが、そんなフィリアの鼓膜を震わせる言葉が隆久から放たれた。
『フィリア母さん』
「っ!?」
思わず誰も居ない隣に隆久が居るのを幻視し抱き着こうとしてしまった。当然誰も居ないのでフィリアの体は空を切り、そのままボフッと音を立ててソファに倒れ込んだ。反対に隆久は今の音は明らかに人が倒れたようなものだったので慌てて声を上げるのだった。
『フィリアさん!? どうしたんですか!?』
「だ、大丈夫よたか君。私は生きているわ」
『えぇ!?』
娘だけでなく息子も欲しいなんて思っていたものだから破壊力は凄まじい。それが家族間の交流もあってのことだし、その人柄でも気に入っている隆久からの母さん呼びはかなり来るものがあった。
『大丈夫そうならよかった……あ、真白さん』
「……あら」
どうやら真白がお風呂から帰って来たみたいだ。もう少し長く入るかなと思っていただけに予想外だったが、すぐにでも隆久とイチャつきたいとでも考えていたのだろう。分かりやすい奴め、そうフィリアは心の中で呟いた。
『お母さん? 何をしているの?』
「あら真白。ふふ、何でもないわ……うふふふ~♪」
『ちょっと!? ねえたか君お母さんが馬鹿になってるんだけどどうしたの!?』
「馬鹿は酷いわね馬鹿は……」
母親に対しての言い草は酷いモノだが、これくらいで怒るようなことはしない。むしろこれくらい遠慮のない方が真白らしい。それから真白は隆久にお風呂に行くように促し、フィリアの目論見である隆久と二人っきりでのお話は終わりを迎えた。
『全くもう。それで、何の用なの?』
「そんな警戒しないでいいじゃない。普通に旅行はどうだったのって聞いたのよ~」『ふ~ん?』
明らかに疑っている様子に思わず苦笑いしてしまう。
隆久に聞くことは聞いた。なら次は真白の番だと、フィリアは分かり切ってはいるがこう問いかけた。
「旅行、楽しかった?」
フィリアの優しさを込めた言葉、それは当然真白にも向けられる。愛する娘を想うそんな母の言葉に真白も声を弾ませて答えるのだった。
『うん。とても楽しかったわ』
「そう、良かったわ」
楽しかった、そう聞けたのなら満足である。
実の娘なのだからもっと話をすればいいのにと言われるかもしれないが、これで伝わるのだこの二人は。隆久も居なくなったしこれで終わろうかと思って通話を切ろうとしたフィリアだったが、次に続いた言葉に少し言葉を失った。
『ねえお母さん。たか君にね、もし私が記憶喪失になったらどうするって帰りに聞いてみたの』
「……………」
『そしたらね。絶対すぐに思い出すから心配はないかなって……ふふ、そう言ってくれたのよたか君は』
電話先の嬉しそうでありながら楽しそうにそう口にした真白。記憶喪失と聞いて少しばかり数年前のことを思い出してしまった。ベッドに横たわる真白に泣きながら縋っていた悲しい過去、その心配を更に倍増させる言葉を目を覚ました真白に言われた時は心臓が止まるかと思ったほどだが。
『……誰、ですか?』
あの時の絶望と来たら言葉に出来ない。勇元にみっともなく泣きつきどうしたらいいのかとずっと考えていた。でも、三週間後にそんな悲しみを台無しにした真白には何とも言えなかったのは今でも覚えていた。
『たか君……そうよたか君よ! ずっと頭の中で足りないと思っていたのよそうよたか君じゃない! え? お父さんとお母さん? あ、おはよう』
こんな感動のない思い出し方があってたまるかとツッコミを入れるよりもポカンとしてしまったのだ。
「真白、愛してるわ」
『いきなり何よ気持ち悪いわね……』
「気持ち悪いって酷いわぁ!」
『ええい、いい歳した人がそんな声を出すんじゃないの!』
「歳のことは言わないの。いいわね?」
『……はい』
この時のフィリアの声音は真白を恐怖させるには十分だったとか。
さて、そんなこんなで母娘の話は終わりを迎えた。後は近い内に二人が来てくれることを楽しみにしつつスマホを置くのだった。
「楽しそうだったね?」
「えぇ、歳のことはともかくやっぱり嬉しいわね娘が幸せそうだと」
「そうだな。本当にその通りだ」
隣に座った勇元の肩に頭を置きながら身を寄せる。フィリアが勇元に甘えるのは基本的に二人の時なので隆久もそうだし真白であってもあまり見てはいない。見たらきっと気付くだろう――フィリアの好きな人への甘え方、それは真白と全く同じだということに。
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