少しだけお休みをいただくお姉さん

「あむ……ふむふむ、こんな感じかな?」


 時刻は夕暮れ、いつもの夕飯にしては少し早い時間に俺はキッチンに立っていた。目の前に置かれたお粥、俺が作ったものだが味見の結果中々美味しいと思える物に仕上がったのではないかと思う。


「真白さん、はしゃいでたからなぁ」


 俺の夏休みが始まってからの真白さんを思い浮かべ苦笑した。俺が傍に居るからとはしゃいでくれるのは嬉しかったし、俺としても真白さんの傍に居れるのは当然嬉しいことだった。ただ、今朝になってちょっと真白さんの様子がおかしかったのだ。顔が赤く咳も少しだけしており、まさかと思って体温計を渡すと案の定熱があった。


『大丈夫よこれくらい。お姉さんを甘く見ないで』


 かっこよくそんな台詞を口にした真白さんだが、当然俺は真白さんにしばらく安静にするようにと言った。せっかく一緒なのに、せっかく一日中傍に居られるのに、そんな真白さんの気持ちが悔しさと共に伝わってくるかのようだった。

 微熱より少し高い程度、それはもう既に熱が出ていることの証だ。いくら元気に見えても無理をさせるわけにはいかない、不調の時は休むのが一番だ。


『今日と明日は安静にしておきましょう。薬も飲んで……後ご飯は任せてください』

『……ごめんねたか君』


 申し訳なさそうな真白さんだったけど、ある意味こうして日々のお返しをする機会がもらえたことは嬉しかったりする。もちろんたったこれだけのことでお返しが出来るなんて思ってはいないが、それでも真白さんを思えば何かしてあげたいって考えるのは当然だろ?


「お互いがお互いを支える……か。なんか夫婦みたいだな」


 って、言った瞬間に恥ずかしさに悶える俺はまだ子供ってことかもしれない。

 俺はそのまま足を引っ掛けたりして転げないように寝室まで向かった。扉を開けると頭にタオルを乗せた真白さんが微笑んだ。


「真白さん、お粥作りましたよ」

「あ、ありがとたか君」


 ……安静にしておいて良かったなこれは。そこまで高熱というわけではないけど頭痛とかはありそうか? 体を起こした真白さんの傍に近寄り、椅子を引いてそこに腰を下ろした。


「たか君に言われた通りね。頭痛が少ししんどいけれど明日には治りそうかしら」

「だといいですけど、ちゃんと治しましょうね?」

「分かってるわよ……ふふ」


 頭痛は当たってたか……というかどうして俺を見て笑ったんだろう。首を傾げた俺に真白さんはこう言葉を続けた。


「いいなぁって思ったの。こうやってたか君がお世話をしてくれるの……これは元気になったらいっぱい甘えてもらわないとね」

「いつも甘えてますよ。恥ずかしいくらいに」

「足りないわ。もっとお姉さんに甘えて?」


 だから真白さん、あなたの甘えては破壊力抜群なんだから控えてほしい。いや嬉しいんだけどね? ただでさえ弱っている真白さんの姿だと刺激が色々と強すぎるから俺のために控えていただいて。


「あ~ん」

「あむ♪」


 量はそこまでだが、しっかりと真白さんは全部食べてくれた。普通の料理ならともかく、いくら簡単とはいってもお粥を作る機会はそうそうない。だから母さんに連絡して色々聞いてしまったけど、本当に良い経験にはなったな。

 お皿とスプーンを炊事場に置いてからもう一度真白さんの部屋に戻り、さっきまで着ていたパジャマを手に取った。汗を掻いたままのパジャマだと気持ち悪いだろうし着替えてもらったのだ。


「本当に何から何までありがとうたか君」

「これくらい全然ですよ。だから早く良くなって甘えさせてください」

「あ……もちろんよ! お姉さん、明日には悪いモノ全部外に追い出すからね!」

「あはは、その意気です真白さん」


 この分だと本当に明日には元気いっぱいになってそうだな。そして思う存分甘やかさせられるのかもしれない。それを楽しみだなと思いつつ、ちゃんと回復してくれることを祈ることにしよう。


「あ、そうだたか君」

「はい」

「もし良かったら今日はたか君一人で配信してみる?」

「……あ~」

「メインチャンネルの方でいいから気が向いたらやってみて? SNSの方でもこれはたか君が一人で!? みたいな声が多いから」

「……考えておきます」


 流石にそれはちょっとハードルが高いような……。

 やってみたい気もするし怖さもあって、取り敢えず考えておくと言っておいた。真白さんはクスクスと笑っていたが、あれはここでスマホから見ようとしているな確実に。どうするかは後で考えるとするか、俺は真白さんのパジャマを洗濯機に入れておいた。後で洗うとして次は俺も飯を済ませよう。


「……鯖でも焼くか。後は適当に味噌汁でも――」


 そんな風に献立を考えていると、ピンポンとインターホンが鳴った。誰かなと思ってカメラからの映像を見ると、玄関の前に居たのは林檎さんだった。俺はすぐに玄関に向かって扉を開けた。


「あ、どうも隆久君。真白さんは大丈夫そう?」

「どうもです林檎さん。さっきお粥食べてくれたんです。明日には元気になって俺を甘やかせるんだって張り切ってました」

「真白さんらしいね。はいこれ、良かったら食べて?」


 差し出されたのは肉じゃがだった。


「いいんですか?」

「うん。ちょっと多く作りすぎちゃったから」


 そういうことなら……俺が受け取ると林檎さんは満足したように笑みを浮かべた。


「それじゃあね隆久君。良かったら感想も聞かせてね♪」

「分かりました! ありがとうございます!」


 真白さんが寝込んでいることは知っていたし、たぶんだけど林檎さんはそれから作ってくれたんだろうことが分かった。林檎さんはよくこうしてこちらにお裾分けをしてくれるけど本当にありがたいことだ。今度何かお礼をしないと。

 でも、これで今日の夕飯は一気に充実したぞ。


「ふんふんふ~ん……」


 鼻歌を歌いながら鯖を焼き、味噌汁の準備も進めていく。

 ただやっぱり思うのがこのリビングに一人で居るのは寂しいってことかな。リズムに乗っていた鼻歌もいつの間にか止まってしまい、どれだけ寂しがってるんだと苦笑してしまう。

 それから少しの時間を経て夕飯の準備は終わった。一人寂しくテレビを見ながら食事を済ませ、やらなければいけないことは全部終わらせた。


「……ふぅ」


 何も散らかってないキッチンとリビングに満足して俺は部屋に……ではなく、配信部屋に向かった。そうだな、一人でやってみるのも新しい経験値になるかもしれないし思い切ってやってみることにしよう。

 真白さんにやってみますとメッセ―ジを送ると、すぐに頑張ってと返事が返ってきた。その言葉が励みになるのを感じながら、俺はSNSでもこれから雑談配信を始めることを告知した。

 パソコンを立ち上げて配信ソフトも全て準備を終えると、既に三千人近くが待機してくれていた。


「真白さんが居ないのにこんなに来てくれるのか……嬉しいもんだな」


 SNSの方を覗いてなかったので気づいてなかったのだが、俺の告知にも多くの人が返事をくれていたのだ。全て見たわけではないので中にはアンチコメントもあったかもしれない、でも目に触れた多くは心温まる言葉だった。


「……よし!」


 パシッと、程よい音を立てるように頬を叩く。

 いつもは真白さんが必ず居てくれる場所、そこに居るのは今日は俺だけだ。気合を入れて配信開始のボタンを押した。


「こんばんは!」


:こんばんは~

:きたあああああああ!!

:たか君こんばんは!

:たか君待ってたぜ!

:マシロは大丈夫?

:風邪だったん?


 真白さんを心配してくれるコメントを見つけると俺まで嬉しくなるのはたぶん、真白さんがこんなにも愛されていることが嬉しいからだろう。


「真白さんは大丈夫ですよ。明日までには悪いモノは全部追い出すって言ってたくらいですし」


:マシロらしいなぁ

:たか君に構ってもらえない+構えないでウズウズしてるんちゃう?

:ありそうw

:いやいやさっきマシロお粥作ってもらったって投稿してたぞ

:文面から嬉しそうなの伝わってきたわ。治ったらめっちゃ甘やかされそう


「あ~……」


:なんだその反応……まさか!?

:マシロやぞ当然やろがい

:だな。俺たちもよく理解してるわ

:羨ましい……マシロが

:だから時折出てくるアンタは誰なんだw


 一気に賑やかになったコメント欄、この盛り上がりを見ていると寂しさが軽減されていくようだ。そして、俺も視聴者のみんなに元気をもらえることを再認識した瞬間でもあった。

 さてさて、今日は雑談ということで何を話すとしようかな。まだ話に慣れているわけではないけれど、視聴者のみんなが温かすぎて感謝の念が尽きない。


「……あったけえなマジで」


:あったけえ頂きました!

:たか君、俺が温めてやるぜ?

:はっ? それ俺の役目なんだけど

:たか君ほんと好かれてるなぁ

:私も大好きよたか君


 おっと、何やら危ない気配を感じたけど自然と笑みが零れてくる。

 真白さんは今日居ないけれど、この空気に包まれながら俺は視聴者のみんなと僅かな時間お喋りに興じるのだった。


「……でも寂しいモノは寂しいですね」


 そんな本音がポロっと出てしまい、物凄い慰めの言葉と共にお金を投げられて慌ててしまうのも当然だった。





【あとがき】


Twitterで投稿したことのお知らせとか出来るのね良いことを知りました。てか他の作者さんもやってたけどこうやるのかって気づくの遅すぎぃ!!

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