今は本番をしないお姉さん

 真白さんとデート……じゃなくて、買い物に来て同級生に遭遇してしまった。

 俺の友人である宗吾と秋月君……秋月君に関しては以前焼肉に行った時に真白さんは見られてるんだったか。


「同級生?」

「はいそうです。友人です」


 そう教えると真白さんは一歩前に出た。その時に揺れた胸元に二人の目が向いたものの真白さんは気にした様子もなく、コホンと咳ばらいを一つして口を開いた。


「初めまして、たか君と付き合っています高宮です。よろしくね?」

「?」


 そこで俺は少し首を傾げた。

 どうして真白さんは少し声を変えたんだろう。ASMRの時にも、更には少し興が乗ってきた時に出す声のどれでもない今までに聞いたことがない声だった。真白さんの自己紹介に二人は慌てて背筋を正すようにして返事を返した。


「た、隆久の友人やってます前田です!」

「同じく友人の秋月です!」


 あぁ……二人ともかなりガチガチじゃないか。

 まあでもその気持ちは分からないでもない。もし俺が真白さんと付き合っているわけではなく、ましてや知り合いでもなかった場合同じ反応をしそうだ。こんなにスタイルが良くて綺麗な人を前にしたら誰だってそうなると思う。


「……?」

「やっぱり工藤君の彼女さんなんですね?」

「そうよ~。たか君と毎日ラブラブしてるの♪」


 っと、真白さんの言葉に赤面する秋月君だが俺だって同じだ。自分の友人に聞かれるといつにないこの羞恥心は何だろうか。だが一つ気になったのが、宗二がやけに真白さんを見つめている……まあ正確には胸元をチラチラ分かりやすく見ているんだがどうも様子が変だ。

 真白さんもそれに気づいたのか、困ったように笑いながら胸元に手を当てた。


「あまり女の人の胸を見ないのよ? よく分かるんだからね?」

「……ッ! すみません!」


 そこで我に返ったのか宗二は顔を真っ赤にして頭を下げた。胸元を隠す仕草をした真白さんだが、そのせいで腕に潰れるように胸が形を歪めている。むにゅりと効果音が聞こえるのでは、そう錯覚してしまうほどだ。


「たか君の友人に会えたのは嬉しいけど、この辺りでお別れかしらね。ね?」

「あ、そうですね。行きましょうか」


 真白さんに促され、俺は彼女の隣に並んだ。

 秋月君は血の涙を流すように見つめてくるが、やっぱり宗二は少し何かを考え込んでいるような様子である。


「それじゃあ二人とも、また学校でな」

「うん……詳しく聞かせてもらうよ」

「……おう」


 そうして二人に背を向けてレジに向かおうとしたその時、宗二に呼び止められた。


「隆久!」

「うん?」

「……いやまさかな。そんなことあり得ないし……悪い、何でもない!」

「そうか?」

「……ふ~ん」


 良く分からない宗二の様子、でも隣で真白さんは面白そうに笑っていた。

 それから買う物の会計を済まし、真白さんにヘッドホンを買ってもらったお礼に頭を下げた。


「本当に良いの。言ったでしょ? お姉さんの収入は凄いんだから、たか君はもっとお姉さんに頼ってちょうだい。ゲームの課金とか、いくらでもしていいのよ?」

「いや流石にそれは良心が痛むので……」

「そう?」


 愛する彼女のお金でゲームの課金は無理ですハイ。

 店の外に出ると相変わらずの暑い風が俺たちを襲う。さっさと真白さんの車に向かったわけだが……まあ暑いよねって話だ。


「あっつ!」

「あっついわ!」


 すぐにエンジンを付けて冷房をガンガンにする。それでも冷えるまで少し時間が掛かってしまうのは仕方ない。

 真白さんは服の中に風を送るように、胸元をパタパタとさせ……うん、どうして女性の胸って少しでも視線を吸い寄せる力があるんだろうか。たぶんこれは人類にとって永遠の謎だと思っている。


「ふふ、帰ったらいくらでも触らせてあげるから我慢してね♪」


 なんて真白さんは嬉しそうに言ってくる。

 たぶん帰ったら本当に触らせてくるだろうし、それはつまり真白さんのお誘いということなんだろう。それに困った反応をすればいいの、それとも嬉しい反応をすればいいのか……まあ嬉しいに決まっている。


「他にもどこか寄ります?」

「特にないけど……ちょうどお昼だし何か食べて帰りましょうか」


 ということで昼食を食べてから帰ることに。

 どこに向かうかは真白さんに任せたのだが、意外なことにラーメンの美味しい店へと向かうことになった。


「偶にはこってりしたものが食べたいのよねぇ♪」

「いいですね。俺も好きですし」


 焼肉に行った時に真白さんがそこそこ食べる方だと説明したことがあると思うけれど、ラーメンなども真白さんは大好きである。

 そうして再び車で移動する中、こんなことを真白さんは呟くのだった。


「さっきの子……前田君の方ね。彼におっぱいソムリエの称号をあげたら?」

「え?」

「以前にたか君が同級生に私のファンが居るって言ってたけどあの子でしょ? たぶん今の私の胸と配信のワイプに映る胸に共通したものを感じたんじゃない?」

「……嘘でしょ?」


 いや、だからあんな風に怪訝そうにしていたのか? いやいや、いくら何でも胸を見て真白さん=マシロって分かるのもそれはそれでどうなんだろうか……宗二、ちょっと怖いぜ。


「ま、あの様子だと確信までは行ってないみたいね。自分が推す人がこんな近くに居るなんて信じられないってところかしら」

「……ふむ……あ、もしかして声音を変えたのも?」

「そうよ。あの時点で色々と察していたから少し声を変えたの。それも大正解だったみたいね♪」


 あの一瞬でそこまで考えていたのは流石としか言いようがない。

 取り敢えず、宗二にはついては心配……まあ仮にバレたとしても、脅かされるのは俺の命くらいで何も心配はないか。


「命なら大問題でしょうが! もしそうなるなら彼は私が消すわ!」

「大丈夫ですから!!」


 何も声に出してないのに心を読まれたことはスルーした方がいいのでしょうか。

 そんな風に騒がしく話をしながら、目的のラーメン店へ着いた。


「らっしゃあせ~」


 陽気な声に出迎えられるように店内に入る。

 ラーメン店ということもあってか、友人たちと遊んでいる中での昼食をするように俺とそう変わらない年頃の男子のグループが居た。

 俺が通う学校でも見覚えはないし、おそらく他校の男子たちだろう。


「あ、あそこ空いてるわ。行きましょう」


 真白さんに手を握られて歩く中……うん、彼らも真白さんをガン見していた。次いで俺を見てくるのだが、その視線を見たくなくて俺はそのまま歩いていく。そうして席に着き、俺は塩ラーメンで真白さんは豚骨ラーメンを頼んだ。


「本当にこってりしたの食べるんですね」

「もちろんよ。偶にしか来ないからいいかなと思って」


 それから運ばれてきたラーメンで腹を満たしていく。とはいえ、真白さんのような美女が音を立てながらラーメンを啜る姿は本当にギャップというか、普段見れない光景のようでついジッと見てしまう。

 どんなことをしても絵になる人で……そんな人と付き合えていることに喜びを感じながら、俺もラーメンを啜るのだった。


「スープが飛んでると思うと帰ったら着替えくらいはしたいわね。それに外を歩いたから少し汗も搔いてるしシャワーを浴びるのも良さそうだわ」

「そうですね……」


 無視できない程ではないが、確かに俺も背中に汗を掻いている。臭いも少し気になるし、俺も帰ったらシャワーを浴びることにしよう。


「真白さんの後に俺もシャワーを浴びようかな」

「たか君もシャワー浴びる? それなら一緒に入りましょう」

「一緒ですか……って一緒に?」

「えぇ。何か変なこと言ったかしら?」

「……いえ」


 真白さん絶対に分かって言ってるなこれ……。

 まあでも、エッチなことになるのが分かっているのにそれに頷く俺も俺だ……。何だかんだ、真白さんに染まってきた気がするよマジで。


「大丈夫よたか君。お風呂でするのもそれはそれでいいけれど、やっぱり“本番は”ベッドの上がいいわお姉さん」


 どうやら俺の心配は杞憂だったらしい……それはそれで残念だけど。

 それからラーメンを食べ終えた俺たちは店を出て帰ることに。体に掻いた汗を流すために二人で浴室に向かうのだが、俺は真白さんが口にしていた“本番は”の意味をすぐに理解することになるのだった。


「あ、あの真白さん?」

「どうしたの~?」

「これは一体……」

「言ったでしょ? 本番はしないって♪」


 そう言って唇を舐めた真白さん、本当の意味で彼女がサキュバスに見えた。

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