目が覚めると女の子になっていた!?
桜楽 遊
目が覚めると女の子になっていた!?
僕は……私は……この体が嫌いだ。
ただひたすらに、異性の体が欲しい。
◇◇◇
――朝。
目覚まし時計の音で意識が覚醒する。
腕を伸ばし、アラームを解除。時刻は六時三十分を回ったところだった。
「喉、痛いな……」
季節は夏。冷房をつけたまま寝たため、部屋が乾燥してしまったようだ。
僕は軽く咳払いをしてから上体を起こし、そして気付く。
「声が、高い?」
女性のような声だった。喉を触ってみても、喉仏が出ていない。
――おかしい。もしかしてこれは!
とある可能性が脳を掠め、僕は咄嗟に下を向く。自分の体を確かめるために。
「なっ!」
胸があった。いや、生まれたときから胸はあるけれど……。そうじゃなくて、豊満な脂肪の塊がそこにはあった。
ゴクリと唾液を飲み込んで、僕は乳房を触る。
「柔らかい……」
指が沈む。ある程度沈むと押し返される。
最高だ。理想の弾力だ。いつまでも触っていたい。
「僕……、私……女の子になれたんだ」
胸の奥から、実感が込み上げる。喜びを伴った実感が。
「嬉しいよ! 私の体、女の子だ」
涙が溢れ出す。
長年の思いを孕んだ涙が、掛け布団にシミを作る。
この状況に対する困惑よりも、女体化したことへの喜びが勝っていた。
――そう。私はずっと、女の子になりたかった。
体は男。心は女。
そんな私は、自分自身の体が嫌いだった。女の子の体になりたかった。
スカートを履いて化粧をすると、親に怒られた。まるで汚物を見ているかのような目を向けられた。
だから、ずっと自分の中の女の子を押し殺していた。男として生きてきた。
時々、辛くなることもあった。そういう時は、私を理解してくれる唯一の親友に――幼馴染に女の子としての気持ちを吐露した。そうして、楽になっていた。
そんな私が、女の子の体を手に入れたんだ。幸せに決まっている。
「悠! 朝ごはんできてるわよ!」
一階から聞こえてくる声。
お母さんが私の名前を呼んでいる。
「泣き声が聞こえたけど、何かあったの?」
足音が迫る。お母さんが階段を登って、この部屋に向かっている。
「ちょっと待って!」
この姿を見たら、お母さんは何を思う?
私は何を言えばいい?
私自身、どうして女の子の体になったもわからないのに、説明のしようがない。
何か言い訳は……。ああ、駄目。思いつかない。
「入るわよ!」
ガチャリと扉が開き、お母さんが部屋に入ってくる。
「――……」
「――……」
視線が合う。
お母さんが私の体を見る。
「どうして泣いていたの?」
「えっ?」
「だから。どうして泣いていたの? お母さんに言ってみなさい」
強く優しい口調で語りかけてくるお母さん。
私の姿を見ても、何も思っていないみたいだ。
「こ、怖い夢を見て、ちょっとうなされてただけだよ。もう大丈夫」
「そう。早く降りて来なさい。朝食が冷めちゃうわ」
そう言い残し、お母さんが一階に戻っていく。
――気付かれなかった?
いや、そんなことはない。
明らかに胸は膨らんでいるし、体はゴツゴツしていない。声だって低くない。
でも、お母さんは私の体に何も疑問を抱いていなかった。初めからこうであるかのような態度だった。
「まさかっ!」
私はクローゼットの中を見る。
そこには、制服があった。女子用の制服があった。
「パラレルワールド?」
どうやら私は女体化したわけではなく、私が女の体で生まれてきた平行世界に迷い込んでしまったらしい。
だとしたら、この世界の私の意識は私が元いた世界に生きる私の体の中に入っているのかもしれない。
「世界線を超えた入れ替わり……」
こっちの世界に生まれた私は、戸惑っているかもしれない。今頃、男性の体になってショックを受けているかもしれない。
それでも、ここにいる私は幸せだ。それは確かだ。
元々この世界にいた私のことなんて、私には関係ない。
……本当に自分勝手。そんなことは自分でもわかってる。
だけど今、ここにいる私は幸せだ。
どうしようもないくらい……幸せなんだ。
◇◇◇
「行ってきまーす!」
スカートを靡かせながら、私は学校へと続く道を歩く。
人の視線が若干気になるけれど、何もおかしなところはないはず。
だってこの世界の私は、生まれたときから女の子の体なんだから。
校門に入り、玄関で靴を履き替え、少しくすんだ廊下を歩く。
教室が近くなるにつれて、鼓動が大きくなる。とても緊張する。
この世界の私の体はもともと女の子なのだと知っていても、やはり不安は拭いきれないみたいだ。
「…………」
軽く俯きながら教室に入り、自分の席に座る。
席は元の世界の場所と同じなのだろうか。座ってから不安になってきた。
それに、どうしてだろう?
クラスメイトの視線が私に集まっている気がする。嘲笑われている気がする。陰口を言われている気がする。
……流石に気のせいか。
「やっ、悠。おはよう!」
考え込んでいた私に声を掛けてきたのは、唯一の親友であり、幼馴染でもある蓮だった。
蓮はとにかくモテる。高身長で、顔が整っていて、運動が得意で、そして優しい。
元いた世界では、蓮だけが私の理解者だった。性に関する悩みをいつも聞いてくれていた。
「おはよう、蓮」
「……元気そうだな」
「うん。朝から良いことがあってね」
「そうか。それは良かった」
「そういう蓮は元気なの?」
「ああ……うん、元気だ。悠が大丈夫ならそれでいい」
「ん? よくわからないけど、元気ならいっか」
蓮の様子が少しおかしかったけど、本人が元気だと言うのなら問題はないはず。
先生が朝のショートホームルームを始めるまで、私たちは他愛のない会話を続けた。
――そして、放課後。
一日の授業から解放されたクラスメイト達の騒がしい声を聞きながら、私は蓮に話しかける。
「蓮、ショッピングモール行こ!」
「いいけど……、少しだけ待っていてくれ」
蓮は申し訳なさそうな、それでいて面倒くさそうな顔をする。
「先生にでも呼び出された?」
「まあ、そんなところ。先生じゃなくて生徒にだけど」
「告白?」
「……たぶん」
溜息を吐く蓮。
女子にモテる彼は、毎週一回は告白されている。そして、その全てを断っている。
「女の子に興味ないんだけどな。恋人とか作りたくもないし」
「まあまあ。顔も性格もいいんだから仕方ないよ」
「おまけに頭もいいときた」
「それを自分で言っちゃうのが、唯一の欠点だと思うけどね……」
「欠点があるのも魅力の一つっと――そろそろ時間だ。行ってくる」
「私は玄関の横で待ってる」
「わかった!」
遠ざかっていく蓮の背中。
その背中を見ながら私は呟く。私以外の誰にも聞こえない声で。
「どの世界でも蓮は変わらないなぁ~」
変わらない親友の姿を見て、私は少し安心した。
◇◇◇
「暑いね」
高校の近くにあるショッピングモールへ向かう道中、私は項垂れながら言う。
「ああ、汗が止まらない」
蓮は胸元をパタパタさせて、新鮮な空気をカッターシャツの中に送り込む。
「で、告白だったの?」
「……ああ」
「返事は?」
「――……」
「泣かせたんでしょ?」
「人聞き悪い言い方をするな! 泣かれたんだよ。できる限り柔らかく断ったのに……」
蓮はバツが悪そうに頭を掻く。
「女の子を泣かせた回数は、学校一だね」
「かもしれない。――でも」
一拍置き、青空に浮かぶ入道雲を見上げながら蓮は言う。
「本当に大切な人が笑顔でいてくれるのなら、それだけでいい」
その瞳には、とても複雑な感情が宿っていた。
「何カッコつけてるの? ほら、もうすぐ着くよ」
自動扉を通過して、ショッピングモールの中に足を踏み入れる。
その瞬間、体が冷気に包まれる。急激な体感温度の変化に、全身が少し驚く。
平日だからか、人は少ない。
同じ高校の制服を着た生徒たちとすれ違ったりもしながら、私は蓮と横並びで歩く。
「この店、入ろうか」
そう言って私が指差したのは、女性ものの服を扱っている店。
「……別にいいけど」
蓮が少し困ったような反応をする。
女性服を扱う店に入るのは気が引けるのだろうか。
「恋人のフリでもしておけば大丈夫だって」
「……ん、ああ。そうだな」
私は蓮と共に、店へ足を踏み入れる。
「どんな服がいいと思う?」
「ん~~、これとか?」
蓮が選んだのはボーイッシュな服だった。
「え~、もっと可愛いのがいい」
せっかく女の子の体になれたんだから、女の子らしい服を着たい。
「あっ、これとかいいかも! ちょっと待ってて、試着するから」
「はいはい」
私は試着室に入って、来ていた服を脱ぐ。
膨らんだ胸。丸みを帯びた滑らかなボディライン。
女体化したことを改めて実感する。
嬉しくて頬を綻ばせながら、服を試着する。
「着替えたよ。……どう? 似合ってる?」
私は蓮に尋ねる。
「……まあ、いいんじゃないかな」
頬を掻きながら、蓮が答える。
それは、彼の本心ではないように感じた。
「正直に言って! 幼馴染でしょ? 遠慮はいらないから」
「……じゃあ、正直に言うけど。……悠には似合ってない」
「――ッ! ……わかった。着替える」
私は試着室のカーテンを閉め、鏡で自分の姿を見る。
「――……」
わたし的には似合ってる……と思う。
感性の違いなのかもしれないけど、あんな言い方はないでしょ!
似合ってないってハッキリ言われるのは、私におしゃれのセンスがないって言われているようなもの。
確かに私は、遠慮はいらないって言った。
言ったけど……、もう少しオブラートに包んでくれたって……。
「……はぁ」
私は溜息を一つ吐き、制服に着替える。
そこで、私は気付く。外から女子の声が聞こえることに。
「蓮、お待たせ――」
カーテンを開けた私の目に飛び込んできたのは、同じクラスの女子二人に話しかけられて少し困った顔をしている蓮の姿。
「あぁ〜、蓮くんのツレってやっぱアンタだったかぁ〜」
金髪のギャルが溜息混じりに言う。
「せっかくだからさ、ワタシら四人で行動しない?」
茶髪の女子が、笑いながら提案する。
「えっ、あ……いや……」
二人の勢いに押されて、私は上手く断れない。
「クラスメイトなんだからぁ〜、別に問題ないっしょ〜」
「問題はない、けど……」
「なら、決定。一緒にお買い物しよぉ~」
――こうして、四人で行動することになった。
途中から合流したクラスメイトの女子二人の提案で、私たちは蓮に似合いそうな服を探すことになった。
「蓮くんやっぱりさぁ〜、横顔もかっこいいよねぇ」
「そ、そうかな……。ありがとう」
例の金髪ギャルが蓮の腕に絡み付きながら、蓮のことを褒める。
蓮は困ったように頬を掻きながら、礼を言う。
そんな二人の姿を見ていると、横からもう一人の女子に声を掛けられる。
「ちょっと二人で話したいことあるんだけど、ついてきてくれる?」
「話って――」
私が答えるより早く、茶髪の彼女は蓮と金髪ギャルに向かって言う。
「二人とも! ワタシたちは行きたいところが別にあるから、続きはアンタたち二人で楽しんで!」
言い切ると、茶髪女子は踵を返し、私の腕を掴んで歩き出す。
暫く歩いて蓮たちの姿が見えなくなると、私は彼女の手を振り払う。
「行きたいところってどこですか? それに話って……」
「ああ、行きたいところなんてないよ。あの子を蓮くんと二人きりにしたかっただけ。でも、話したいことがあるのはホント」
人気の少ない場所に置かれたベンチに座ると、彼女は大きく息を吸って『話したいこと』を話し始める。
「知ってる? あの子が蓮のことを好きだってこと」
私は無言で首を横に振る。
そんなこと、知らなかった。
「――そ。まあ、それはいいとして……アンタはさ、結局どっちなの?」
「…………?」
――どっち。
私が蓮に恋愛感情を抱いているか、いないか。それを聞きたいってこと?
それとも、私が蓮の恋人なのかどうか。それを知りたがってる?
「私と蓮はただの幼馴染で……好きとか恋人とか……そんなのじゃないか」
「そうじゃなくて!」
話を遮られて驚いた私は、肩をピクリと震わせる。
「そうじゃなくて……。男なのか、女なのかを知りたいの」
「――ッ!」
「ねぇ、どっちなの?」
知らない。
彼女は何を言っている?
もしかして、私の精神が別の世界から来たってことがバレたの?
そんなわけがない。
私の心は女。体も女性。
彼女が言っていることの意味がわからない。
わからない。わからない。知りたくない。
「女の体のくせに、心は男だとか言って、学校に男子の制服着てきたり」
やめて。やめてください。
そんなこと知らない。
そんな記憶はない。身に覚えがない。
「他の女子とは着替えるところを別にしてほしいって先生に頼み込んで、それが無理だってわかったら、トイレで着替えるようになったり……」
やめろ。やめてくれ。
思い出させないでくれ。
私は……僕は……。
「――ッ!」
「あっ、待って!」
気付くと私は走り出していた。考えるより先に足が動いていた。
◇◇◇
悠と別れた蓮は、先程偶然出会ったクラスメイトと――髪を金に染めた女子と二人で洋服店の店内を物色していた。
「これとかどう~? 蓮クンに似合うと思うんだよねぇ~」
差し出されたのは、夏らしい爽やかなデザインのシャツ。
「確かに大人っぽくてかっこいいと思うけど……」
「思うけどぉ?」
「……似合わないだろうね」
「蓮クンに?」
「ああ」
「えぇ~、そうかなぁ~」
服を広げ、「絶対似合うのにぃ~」と呟くクラスメイトを尻目に、蓮はスマホを手に取り、悠と連絡を取ろうとする。
その直後だった。悠と共に行動していたはずの茶髪の女子が、こちらに向かって一人で駆けてきたのは。
「お、おい。悠はどうした?」
「ごめん! ワタシ……」
「だから、悠は……?」
「ワタシが性別のこと問い詰めたせいで、走ってどこかに行っちゃった」
「なっ!」
「ホントにごめん。ワタシのせいで……」
茶色に染まった髪を揺らしながら頭を下げる彼女に、蓮は優しく声を掛ける。
「謝らなくていいよ。どうせいつか、こうなる運命だった。本当は、幼馴染である自分が気付かせてやらないといけなかったのに……それができなかった……」
蓮は一度大きく深呼吸をして、それから言う。
「悠を追いかける。二人は来なくていい。……じゃ、また明日。学校で」
走り出す蓮。
悠が行きそうな場所には心当たりがあった。
おそらく悠はあの場所にいる。幼馴染同士、幾度となく悩みを相談しあったあの場所に。
「待ってな、悠。今行くから」
人に迷惑を掛けない程度の速度で走り、ショッピングモールを後にしようとしたその時。蓮は立ち止まる。
「悪い、悠。少し遅くなる。お互い、自分を殺すのはやめにしよう」
蓮は踵を返し、とある洋服店に入っていった。
◇◇◇
私は……僕は、ただひたすら走っていた。
一人でショッピングモールを出て、駐車場を横目で見ながら走って、わが家のある方面へと伸びる河川敷沿いの堤防を走って、走って、走って――。
……ああ、もう。全部思い出した。
忘れたフリをすることで遠ざけていた現実を、茶髪のクラスメイトに突き付けられた。
そうだ。僕は本当は――。
「男に生まれたかった」
男性の体になりたかった。この体が嫌だった。
でも、いくら願っても手に入れられるわけがない。
親にだって、先生にだって理解されない。
クラスメイトからも白い目を向けられる。
――だから、自分を騙した。
心は女。体は男として生まれた。私はずっと、女性の体が欲しかったのだと、自分に言い聞かせた。
パラレルワールドに来たのだと、都合のいい嘘で自分を騙した。
ずっと欲しかった女性の体をやっと手に入れられたのだと思い込んで、楽になろうとしていた。
僕の性事情を知っている蓮にまで協力してもらって――。
……だけど、駄目だった。
今思えば、今朝の蓮の様子がおかしかったのは、自分の心に嘘をつく私を心配していたからなのだろう。
女性用の可愛い服が私には似合わないと言ったのも、私にボーイッシュな服を勧めてきたのも、自分の心を偽る私の姿を見ているのが辛かったからだろう。
「そりゃあ、あんな服似合わないよなぁ」
体には似合っていても、心に似合うはずがない。
本当の僕は、あんな服を着たくないんだから。
「くそッ!」
僕は堤防の斜面で仰向けに横たわる。
ここは、心が苦しくなった時に来る場所だ。蓮と一緒に来ていた場所だ。
胸の内を明かして、二人で抱き合って、涙を流したこともあった。
「……はあ、はあ」
肺が痛い。足も痛い。
どれだけ走ったのか――わからない。無我夢中だった。
でも、十分は走った気がする。
体も男だったら、もっと体力があったかもしれない。足だって、もっと速かったかもしれない。
それなのに、どうして僕の体は……。
「ああ、もう――」
僕を慰めるように頬を優しく撫でてくれる草たち。
惨めな僕を照らす夕日が煩わしくて、僕は腕で目を覆う。
「どうしたらいいか、わっからないよッ!!」
どうしたら楽になれる?
どうしたら救われる?
どうしたら、僕は僕を守れる?
誰でもいい。誰でもいいから。
誰か僕を助けてくれよ。
誰か……誰か……。
「……助けに来てくれよ」
喉の奥から零れた、皮肉なくらいにか細い声。
誰かの耳に届くこともなく、静かに消えていくだけだと思った。
だけど、違った。
「来たよ、悠。……まあ、『助けに』ではないかもしれないけど」
それは蓮の声だった。
姿を見なくてもわかる。幼馴染の声だから。
「足、速いね」
僕は腕で目を覆ったままの状態で、蓮に言う。
今は自分の表情を見られたくない。きっと、酷い顔をしている。
「そりゃまあ、体は男だから」
――――――――。――――。
――――――。――。
――――。
「……ねえ、蓮。僕らはどうして、体を選べないんだろう? 心を選べないんだろう? 生まれを選べないんだろう?」
「それが一番、公平で公正で平等だから」
「でも、不自由だ」
「ああ。生まれることは……、心と体を持つことは平等でも、生まれ落ちた社会は皆を平等には扱ってくれない」
これが現実。
生まれることは平等でも、生まれた先には数々の不平等が待っている。
「なら僕みたいな人間は……、僕たちは……どうやって生きればいいの?」
「生きたいように生きればいい」
「ッ! それが!! それができなかったからっ! こんなことに……ッ!」
そうだ。
僕が男として生きることを、環境が許してくれなかった。
「家族が、先生が、クラスメイトが、生きたいように生きることを許してくれなかった! 誰も許してくれな――」
「アタシが許す!」
「許すって……え? あた、し……?」
驚いて目を開けると、そこにはスカートを履いた蓮がいた。肩を大胆に露出した、可愛くておしゃれでセクシーな蓮がいた。
「その格好……」
「やっぱり変か?」
「いや、そうじゃないけど。……その、いいの?」
「ああ、もういい。アタシも自分を騙すのはもうやめる。周りからの反対なんて、気にしない」
蓮は大きく息を吸って、腹の底から叫ぶ。
「アタシは女だ! アタシの心は女だ! 女子に興味がない! かっこいい服より、可愛い服を着たい!」
叫び終えると、蓮は私の隣に腰を下ろす。
「この服、似合ってる?」
「似合ってる……けど、本当にいいの? 女の子として生きたいっていう気持ち、押し殺すことに決めてたんじゃ……」
「ああ。でも、やっぱりアタシの心は女だった」
僕は夕日に照らされる蓮の顔を見ながら、上体を起こす。
蓮は胸に拳を置いて、話を続ける。
「人は体の性を選べない。心の性も選べない。親も環境も選べない。――でもせめて、生き方くらいは自分で決めたい。アタシはそう思う。親に反対されても、先生に理解されなくても、クラスメイトに馬鹿にされても気にしない。悠が似合ってるって言ってくれたから」
言い終えると、蓮は私に顔を向けて微笑んでみせた。
だから僕は――叫んだ。
「僕は男だ! 男子の制服を着たい! 体育前に着替える場所くらい、用意してくれてもいいじゃないか!」
僕は蓮に微笑み返す。
すると、蓮はプフッと吹き出す。つられて僕も声を出して笑い出す。
二人で笑いあった。馬鹿みたいに笑いあった。
「明日、男子用の制服着て学校行こっかな」
「じゃあ、アタシはスカート履いてくかな」
堤防の向こうに日が沈み、夜が来る。
広い広い空の上に月が浮かぶ。
暗い暗い空の上で月が光り輝く。
月は単体では輝けない。太陽に照らされて初めて、輝きを得ることができる。
人も同じだ。誰がに支えられなければ、生きていくことができない。
僕を支えてくれる人がいる。
支えてあげたいと思える相手がいる。
蓮がいてくれるから、僕は輝ける。生きていける。
生きている限り、明日は来る。
どうせ生きるなら、僕は自分らしく生きていたい。
どうか、すべての人が自分らしく生きていける世界になりますように。
すべての人のそばに、その人の理解者がいてくれますように。
僕は――、僕たちはこの世界で生きていく。
目が覚めると女の子になっていた!? 桜楽 遊 @17y8tg
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