現代で異能無双してたら手違いで異世界に連れていかれて魔王の城を護る羽目になった挙句、奥手の魔王にやんわり愛を注がれ続けている

霞花怜(Ray Kasuga)

第1話 最強も、あっさり陥落

 自分を生んだ親の顔なんか知らない。友人と呼べる人間もいない。

 ただ、この国を守っていれば、生きていけるだけの金がもらえる。

 薫の矜持はそれだけ。死ねないから、生きているだけ。


「この辺りは大体、片付いたか」


 辺りの気配を注意深く窺う。

 地方の山奥、おおよそ人など入りそうもない鬱蒼とした場所で、薫はもう何十になるかわからない数の妖怪と人を殺していた。


(残党兵は狩り尽くしたかな。事前情報より数が多かったから、どれだけ残っているか、わからない。根城は潰したし、後は事後処理で13課が何とかしてくれるか)


 一つ、小さく息を吐いて、薫は夜空に浮かぶ月を見上げた。


 異能、いわゆる特殊能力を持つ人間が飛躍的に増えたのは、ここ数十年のことらしい。希少であれば重宝され優遇される特殊能力者も、数が増え、質が落ちると需要が減る。そういう奴らが犯罪に手を染めるまでに、理由も時間もそう掛からない。


 犯罪者が増えれば、警察が動く。

 警視庁公安部特殊係13課。薫が所属する部署は、そんなならず者を取り締まる特殊能力者の集団だ。


 古来より陰に潜んで人を喰ってきた妖怪を対処する部署だったが、今は、対人間の特殊能力者に対処する部署に変わりつつあった。

 妖怪と組んで人をかどわかす輩も多くいるためだ。


 中でも薫はズバ抜けて能力が高く、齢十六ながら日本最強の特殊能力者と呼ばれていた。


「人間も妖怪も全部一人で狩って来いなんて、相変わらず人遣いが荒い」


 ぼそりと零れた愚痴にも、特に感情はない。

 生まれた時から、こんな暮らしを繰り返している。

 

『人に害をなす人や妖怪を狩るのは、能力を持つ者の責務だ』


 自分を拾い育てた男は、薫にそう教えた。

 だから、それでいい。

 傷だらけになって死にかけても、知り合いの人間を殺すことになっても、それが仕事だから、命令だから、こなす。

 疑問や不満を感じたら、生きてはいけない。


「どうせ、その程度の命だ」


 仕事の過程で薫が死んでも、泣く人間はいない。

 人手が減って惜しがる上司がいたとしても、次の日には忘れるだろう。


(どうして生きているんだろうなんて、考えてはいけない。いつ終わるんだろうなんて、考えてはいけない)


 頭の片隅に浮かぶ想いをねじ伏せて、薫は踵を返した。

 ぞくり、と背中に嫌な汗が流れた。


(確かにいる。後ろに何かが、いる。さっきまで、何も感じなかったのに)


 一瞬ですらない刹那に、何かが現れた。

 背中の何者かは、薫を凝視している。感じる気配に、振り返ることも出来ない。


(こんな感覚、初めてだ。体が、逃げろと警告している)


 肌が粟立ち、全身が総毛立つような感覚、指先が小刻みに震える。


(逃げるにしても、逃げ切れるかどうか……。逃げる? 逃げる必要、ないだろ)


 敵前逃亡など、経験がない。どんな相手も戦う前から薫の敵ではなかった。


(負けたら、死ぬだけだ。逃げなくていい)


 そう思ったら、驚くほど心が凪いだ。

 霊気で固めたサバイバルナイフを両手に装着する。


「武器の具現化かぁ。術の展開が早いねぇ」


 別の方から聞こえてきた声に、思わず振り向いてしまった。向かいに立っている樹の枝の上に、いつの間にか気配がある。


(敵が二人に増えた。一人でも厄介そうなのに)


 静かに結界を張る。

 外界を遮断する結界の内側に妖力を吸い取る術式の結界を重ねた。


「武器に結界、魔法の威力も高そうだが、他にも隠した力がありそうだな」


 目の前に、剛腕の剣士がいた。

 西洋風の甲冑を纏った大柄の男が、薫と向き合っている。


「三人か。さすがにもう、増えないだろうな」


 嫌な汗が首筋から胸に流れた。


(覚悟をしても、緊張はするらしい)


 ナイフを握り直して、薫は目の前の男に突進した。




〇●〇●〇



 どれくらいりあっただろうか。

 十分程度の気もするし、一時間以上経った気もする。

 薫は血塗れで、息を挙げて立っていた。

 まだ生きているのが、不思議で堪らない。


(近接戦に長けた剣士と、遠距離からの飛行系能力者。もう一人は遠方で傍観、じゃないな。結界師か? ただの回復師ヒーラーじゃなさそうだ)


 今までに出会ったことがないタイプの能力者だ。個々の能力も高い。


(13課に連絡を入れないと。スマホ、どこやったっけ)


 血を流し過ぎて、頭が朦朧とする。上がらない足で何とか踏ん張る。

 ポケットに手を伸ばした時、目の前の男が地を蹴った。


「待て、スミ。ここは、フォルストイじゃないようだ」


 後ろに立っていた男が本を開いて何かを確認している。

 スミと呼ばれた体躯の大きな剣士が、ぴたりと動きを止めた。


「は? じゃぁ、この女魔剣士は何者だよ。人間には違いないんだろ、ジル」

「人間にしちゃぁ、強いけどね。これだけ嬲っても死なないし」


 木の上から適当に攻撃魔法を投げていた男が楽しそうに笑う。


「フォルストイの人間ではないから、殺さなくていい」


 三人から殺気が消えた。

 つられて気が緩み、無数の傷口から血が溢れるように流れだす。

 頭がふらつく。体が揺れているのか、只の眩暈なのかもわからない。


「ねぇ、この人間、持って帰ろうよ。魔王様が気に入るかもしれない」


 木から飛び降りた男が倒れかけた薫を受け止めた。


「何だか、悪かったな。危うく殺すとこだった」


 スミという大男が薫の頭を撫でる。

 謝られてもな、と思う。このまま放置すればどうせ死ぬだろう。もう、足に力も入らない。


「殺してくれて、構わなかったのに」


 思わず零れてしまった。この三人が何者か知らないが、この日本で勝てる人間はいないだろう。日本最強がここで死にかけているのだから。

 

(連絡したところで、どうしようもないか。なんかもう、どうでもいい)


「お前、死にたいのか」


 後ろで傍観していたジルとかいう男が薫に問い掛けた。


「別に。生きていても死んでも、どっちも同じだから」

「つまんない答えだねぇ」


 抱きとめてくれている男の感慨のない言葉にも、特に何も感じない。


「ならば、持ち帰ろう。都合よく使えるかもしれない」


 ジルが薫の背中に手をあてる。瞬間、全身に強い電気が走った。


「うっああああ!」


 反射で叫んでしまった。痛い、というより、熱い。心臓がどんどん早く動いて苦しい。息が上がる。

 手が離れると、総ての衝撃がぴたりと止まった。

 力が抜けて、気が遠くなる。


「魔王様、喜ぶかな?」

「どうだろうなぁ。フイは嬉しそうだな」


 腕の中の薫をフイが覗きこむ。


「僕と同じ魔法使いだし、面白そうな子だよね。媚薬でも仕込んで魔王様のベッドに転がしておきたいなぁ」

「コイツ、剣士じゃないのか? 夜伽は、あんまり面白そうに見えないぞ」


 物騒な会話は、最後まで聞き取ることができなかった。

 閉じかける目が最後に見たのは、真っ黒なトンネルだった。

 

「帰るぞ。フイ、女を落とすなよ」


 ジルが開いたゲートに、四人は溶けるように吸い込まれた。

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