8倍見つからない
直方 藍
8倍見つからない
8倍見つからない場所
正当防衛だった、と声を大にして言いたい。
そりゃ、包丁を持って飛び掛かられたら応戦もする。手近な所にゴルフクラブがあったら、それで殴るということもあるだろう。ただ、打ちどころが悪かった。――などとその場にへたり込んで言い訳をする。目出し帽の強盗は1時間前に事切れ、狭い廊下に仰向けに倒れている。
こんなに簡単に「普通」が崩れ去るのか、俺は人を殺してしまったのか。ただでさえふわふわとしている意識に、間の抜けた鳩時計の声が現実感を喪失させる。ユミにどう説明したものか。ある程度の正当性は認められるだろうが、人を殺めたとなると仕事を続けられるかも分からない。というか、正当性を認められたところで、人殺しと生活したい人間などいない。
……つまり、抹消しなければならない。死体も何もかも。衝動の殺人を完全犯罪にしなければならないのだ、説明などするべきでは無い。
幸い、血は出ていない。何らかの袋に包んで隠しつつ、焼くなりなんなりで完全に抹消できるだろう。凶器のゴルフクラブも同時に捨てる。問題はコイツの足取りだが……、流石に、強盗を働こうとしているのにわざわざ書き置きをしたり、行き先を告げたりすることはないだろう。ここに来るまでの間もなるべく人目を避けていて……欲しい、あくまで希望的観測だ。完全犯罪、なるものがいかに難しいかということが分かる。特に今回は元が不完全なのだから、どこまで積み重ねても不完全だ。
ひとまず、ユミから隠そうと頭を抱えた瞬間、玄関の扉から当人、ユミが現れた。
大学からの仲だから、おおよそ9年程の付き合いになる。彼女は保健系の学科を出て看護師になった。
昨今は多忙を極め、帰りも遅かったのだが……
「ただいま〜。あら」
――終わった。様々なイフの末路が頭の中を駆け回る。当然一つとして幸せなものなどない。
「あら、あら……、殺しちゃった?」
屈んだユミが目出し帽から出る目を開き、瞳孔を確認する。手慣れたものだ、看護師は日々こんな事をするのか?
「……ええと、コレは」
言い訳は思いつかない、バッチリ死を確認されているから。おそらく、ユミは僕に自首を勧めるだろう。罪を償おうと提案してくるだろう……。そう思っていた。
「埋めに行こっか」
「へ……?」
「いやだから、死体。このままだったらバレちゃうでしょ?」
だから、その提案を最初に聞いた時は、僕の耳がおかしくなってしまったと思った。
「早く、ゴルフバッグにでも死体詰めて。車出して」
なんで、こんな状況で的確に指示が出せるんだろう。そんな思いが一瞬だけ浮かび、肉体労働と将来の不安で消えた。死体は重い、60キロそこそこであったとしても、普段そんな荷物を持つようなことはない。ようやくバッグに詰め終わった頃には汗だくになっていた。
「じゃ、いこっか」
それは、まるでデートのお誘いか何かのようだった。……死体を埋めに行く提案をしたとは思えない、花が咲くような笑み。着替える間も無く外に出て来てしまった。(ユミ曰く、「どうせ泥塗れになるから一緒じゃない?」とのこと)
人間、頑張れば何でもできるようで、ユミの補助を受けつつ死体入りゴルフバッグを車に載せる。
空は灰色で、ずぅん、と重金属のように僕を押しつぶすようだった。
3人、……内1人は死体。を載せて車は一路N県へ向かう。ユミの生まれがこの辺りだと聞いてはいたが、思いのほか山だらけだ。
「8倍なんだって」
突然、ユミが言う。
「え、何が?」
右にハンドルを切る。
「死体が土の中で腐るのって、空気中の8倍時間がかかるの」
「へぇ……、そうなんだ」
正直、意外だと思った。土中の微生物とかの影響で、早く腐るから埋めているものだとばかり思っていた。
「だから……、だから、8倍見つからない場所に、ね」
普段通りの笑みがミラーに映る。なぜか、その笑みに恐怖を感じた。
N県、I山の中服。人気が無くなってから更に1時間ほど車を走らせ、更に徒歩で数分斜面を下った。
「良いところ、でしょう?8倍どころか、10倍は見つからないわ」
ホームセンターで買ったシャベルで穴を掘る。どうやら容易に掘り返せる土らしく、サクサクと穴が造られる。
とはいえ、人1人が埋まる穴を拵えるのは大変だ。それでも、掘るしかない。身体を動かさないと、不安で押しつぶされそうになる。
「夫婦の共同作業、ね。ケーキを食べさせて貰った時はこんなことになるなんて思いもしなかったけど」
「本当にな……」
共同作業というか、死体遺棄に関して言えば共犯だ。泥のように重たい思考と疲れ切った身体では、もはや何故こんなことをしているかも分からない。盛られた土の山からうぞうぞとミミズが顔を出す、願わくば、早く栄養に変えてくれ。
その時、カツン、と何か硬いものがシャベルの当たった。土とは違う感触だ。……何だろうか?
土を払い除けて出てきた物を見て俺は動けなくなった。――それは紛れも無く、腐食しかけの人の頭であった。
極限まで鈍化した脳が動く。
「あら、見つかっちゃった」
見つけたことを見つかった、
「ユミ!コレは……」
――衝撃が即頭部を走る。痛い、痛い?何で……?シャベル……ユミが、この場所……、指示……。全……部…、分かっ………………
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8倍見つからない 直方 藍 @miyako_kanbe
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