第9話 彼の居ない家


 今日の仕事も、どうにか終わった。

 ポルテ印のお菓子は相変わらずの大盛況で、どれだけ作っても客は途切れなかった。

 国中の皆が私の作るお菓子を心待ちにしてくれているのが、とっても嬉しい。

 だけど……


「はぁ……」


 私は使い慣れたキッチンで、魂が抜けるくらいの深い溜め息を吐いている。

 もうすっかり日は暮れているけれど、晩ご飯を作る気力もない。


 ただ椅子に座って、テーブルの上のカップを持ち……飲まずにまた下ろす。

 さっきからずっとこの繰り返しで、カップの中の紅茶はすっかり冷めてしまっていた。


「いったい何処に行っちゃったのかしら……」


 最近はずっと向かいの席に居たはずの同居人は、まだ帰ってきていない。

 レーベンが出て行ったあの夜から、もう三日が経ってしまっている。

 仕事の合間を縫って探してはみたんだけど、彼の影すら見ることが出来なかった。



 この家は昔に戻ってしまったかのように暗くなってしまった。

 あれだけ美味しかったご飯も、独りで食べると全然美味しくない。

 だけど、その理由は分かり切っている。


 彼が居ないからだ。



 ――ドンドンドン!!


 今日はもう寝てしまおう。

 そう思って椅子から立ち上がった時、玄関のドアが激しくノックされた。


「……もしかして!?」


 帰ってきたのかもしれない。

 一縷いちるの望みを賭けて、私は廊下を走る。


「レーベン!?」


 ドアの向こうに人が居るにもかかわらず、バンとドアを勢いよく開ける。

 だけど、家の前に立っていたのは……彼ではなかった。



「なんだ、ガー坊か……って、どうしたのよ、その酷い怪我!?」



 そこに居たのは、私のことを揶揄からかっていた悪ガキたちのリーダー、ガー坊だった。


 彼は私がお菓子を卸している、王都の喫茶店オーナーさんの弟だ。

 そして家魔法はガラス工房の家を引き当てたから、ガラス屋の坊主でガー坊。

 昔からの仲間にはそう言われている……んだけど、今はそれどころじゃない。


「悪い……お前のこと、もう裏切らねぇって決めたのに……『宿借りヤドカリ』の同居人の居場所が、盗賊たちにバレちまった……」

「ちょっと、どういうこと!? と、とにかくお医者様を呼ばなきゃ!」


 ガー坊は全身を何かで殴られたかのようにアザだらけだった。

 私は駆け寄って手当てをしようとしたけど、後で良いと手を払われてしまった。


(私の同居人って、レーベンのことよね!? どうしてガー坊が彼の居場所を知っているのかはともかく、裏切りとか盗賊って意味が分からないわ!!)


 最近になって、私は悪ガキ達とも和解した――というか事情を知ったお姉さんや彼らの親たちに、こってりシバかれたらしい――ガー坊達はお詫びとして新しい店舗に使うテーブルや椅子、グラスやお皿と言った物を無料で作ってくれていた。

 だからまたあの頃のように、私たちは友達に戻れたと思っていたんだけど……。



「アイツ……レーベンって言ったよな? 最近、街で銀髪の男を知らないかって嗅ぎ回ってる奴が居るって聞いてよ……」


 痛みをこらえながら、早口でまくし立てるように話すガー坊。

 私が喫茶店の方でオーナーさんから縁談の手紙を受け取っている間、ガー坊は私の家にレーベンを訪ねて来ていたらしい。

 その時に街で不審な男たちが探し回っているから気を付けろ、と忠告をしてくれた。

 確かにガー坊は自作した食器とかをウチに持って来てくれることもあったから、当然レーベンのことも知っている。


「今日になって、その探し回っていた怪しい奴らが俺のところにも来たんだ。あいつら、城にも侵入した盗賊で……どうやら盗まれた品に関係していたのが」

「まさか……!」

「あぁ、レーベンだ」



 そういえばレーベンが初めて私の家に訪れた時。

 彼は王都の方からやってきて、ボロボロの姿だった。

 きっと、その盗賊から逃げていたんだろう。

 それで偶々、私の家を見つけて……



「すまねぇ……あいつら、俺の家族を人質にとって居場所を吐けって脅してきやがったんだ……」

「まさか貴方……」



 ギリギリまで口を割るのを抵抗してくれたのだろう。

 ここまで痛めつけられても、私に教えるために治療もせず駆けつけてくれたのだ。

 工房の家を持ち、職人を目指している彼にとって両腕はとても大事なのに……。



 でもこれで彼が居なくなった理由が分かった。

 あの夜、レーベンは私を巻き込まないために去ったんだ……。



「そしたらどっかで見てたのか、レーベンが俺をかばって飛び出してきやがった……すまねぇ、俺のせいでアイツを危険に晒す結果に……本当にすまねぇ!!」

「そんなの、ガー坊は全然悪くないじゃない!!」


 そもそも、ガー坊が私を庇う必要なんて無かったんだ。

 後から聞いた私を苛めていた理由だって、私のことが気になって仕方が無かったからだって言っていたし……。

 分かるよ、あんな真っ暗で不気味な家を出す女なんて、かなり気持悪かったよね。

 それなのに、こんなになるまで……!!


「盗賊たちはレーベンを街の南へ連れていった……今ならまだ、衛兵たちに通報すればなんとか……!」

「南ね!! 分かった、私……行ってくる!!」

「おっ、おい!! そうじゃない、お前ひとりじゃ危ねぇんだって!!!!」



 ガー坊には悪いけど、今の私にはそんな時間はない。

 真っ暗になった南門までの道をひた走る。


「お、おい『家借りちゃん』!! どうしたんだ!?」

「お願い!! 通して欲しいの!!」


 こんな時間にどこへ行くと言う、いつもの門番のお兄さん。

 もしかしたらレーベンのことも見たかもしれない。

 私は押し通ろうとするのを止め、門番さんに事情を話すことにした。

 この先に城を襲った盗賊が居ること、そいつらに襲われたケガ人が居るという事。


「銀髪……? あぁ、それならさっき何人かの商人風の団体と一緒に川の方へ……っておい!?」

「ごめんなさい!! 私急ぐので、誰か助けを呼んでおいてください!!」


 門から出たばかりなら、まだこの近くに居るはず……!!

 門番さんの制止を振り切って、私は再び走り出した。


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