第2話 ヤドカリと呼ばれた女の子


 この大陸を治めているヴァルト王国。

 私はその国の王都で生まれ、十六歳になった今でもずっとここで暮らしている。


 お父さんは何故かもう居なかったけれど、私には大好きなお母さんがいた。

 お母さんはとっても美人で、城のメイドとして働くぐらい優秀な、私の自慢のお母さんだった。


『ポルテちゃん、あなたもお母さんと同じ黒髪に黒目だから、将来はきっと美人になるわよ!』


 そんなことを言って、私の頭を優しく撫でてくれたお母さん。

 ……だけど、数年前に流行った伝染り病でお母さんは呆気なく死んでしまった。

 唯一の家族ファミリーを亡くしてからは、私はずっと一人であの暗い家に住んでいる。



 私は今日もヴァルト城での日雇いの仕事を終えて、街の外へと向かって歩いていた。

 この国では、自分の家を建てられる場所は家のランクで決まっている。

 何も取り柄のない私の家は、街の外れにある川辺のヒマワリ平原の中にしか建てることが出来なかった。



 まったく、今日はツイていない日だった。

 お母さんの伝手で紹介してもらった王城でのお仕事も、今日限りでクビになってしまった。


 なんでも昨晩、王城に盗賊が侵入したらしい。

 秘宝か何かを盗まれたらしく、身分のしっかりした者以外はお城に出入りするのを禁止されるからだそうだ。

 いくら私が母の代から働いていると身の潔白を訴えても、城の偉いお役人さんは首を縦に振ることは無かった。


 お陰様で今の私は、職無しの一文無し。

 ロクな家も持たない自分が、明日から一体どうやって生きていけばいいのかも分からない。



 途方にくれながらトボトボと通りを歩いていると、街の南門に到着した。


「おう、どうした『宿借りちゃん』。そんなに下を向いて歩いていたら危ないぞ?」

「こんにちは、門番の

「オオィ! 俺はまだオジサンじゃねぇ、お兄さんだ!」


 ごっつい見た目ばかりの門番にしては軽い口調の、気の良いお兄さん。

 彼は門の外に住んでいる私をさげすむこともなく、いつもこんな感じに話しかけてくれている。



「最近は物騒なやからが多いらしいからな、嬢ちゃんも気を付けろよ!!」

「うん、ありがとう。門番さんも頑張ってその物騒な輩を王都に入れないように、ちゃんとお仕事をしてくださいね」


 だから私もいつも通り、ちょっとだけ意地悪な軽口を返す。

 門番のお兄さんは「ちげーねーや!」と、大笑いをしながら手を振ってくれた。


 こんなくだらないことでも、今の私にとってはこの何気ない会話が嬉しかった。

 ツイてないことばっかりで落ち込んでいたけど、元気が出た気がする。


 ……よし。せっかくだから、少しだけ道草を食っていこう。

 今日の夕飯のために、道端に生えている食べられそうな草を探しながら帰ってみる。




 ――だけど今日はやっぱり、さっさと家に帰っておけばよかった。

 いくつか食べられそうな雑草を採取できてホクホク顔で歩いていたら、その前を数人の少年少女たちに阻まれてしまった。



「よぉ、ポルテ!! 俺たちに見せてくれよ、お前のレアな家魔法をよ!!」

「きゃはははっ。相変わらず貧相な身体をしているわね、『宿借り』オンナ!!」

「今日も黒髪女のヘンテコな家を見に来てあげたわよ!!」

「はーやーくー!! クフフフッ!!」


 顔を上げると、眼前には私と同じ歳の少年とその取り巻きが、ニヤニヤと笑いながら私のことを見下ろしていた。



(――はぁ、またアイツらが来た。どれだけ今日は運が悪いのよ私は)




 彼らは私の元友達だ。

 お母さんが居た頃は彼らも近所に住んでいて一緒に遊ぶこともあったけれど、私の家魔法がショボいことを知った途端、手のひらを返すようにして私をイジメるようになった。

 それから大人になった今でも、こうやって私を見掛ける度に絡んでくる面倒な悪ガキ共だ。


(自分たちの家が少し良かったからってイチイチ私に構うなんて、ホンっと暇な子たちね。せっかく今流行りのガラス工房とか雑貨屋とかを引き当てたんだから、そっちの修行でもしていればいいのに)


 土地神様より与えられる家魔法の中には、ただ住む為だけの家ではないものがある。

 鉄を鍛えるかまどが併設されていたり、家具を作るための道具が設置されていたり。

 珍しいものではオシャレな店舗型の家があり、それは王都の街でも大人気の喫茶店となっている。


(……まぁいいか。ちょっと見せてあげれば、いつも通り直ぐに帰っていくでしょう)



「……ビルド」


 早々に諦めた私はそう呪文を唱えると、自分の家を召喚した。




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