第029話 ダークエルフとたそがれる

「お、本当にスイッチがある。わかりやすっ」

 

 魔王の間、その最奥にある玉座の裏には、いかにもという感じのレバーがあった。

 レバーを引いてみると、ゴゴゴッという重い音と共に、部屋の中央の床が迫り上がってきた。そして現れる台座。


「魔王討伐の戦利品か」


 台座の上には、見事なまでの〝THE・宝箱〟という宝箱があった。金縁で、宝石のような物がたくさん埋め込まれている豪華な宝箱。魔王がこれを作ったんだろうか。それにこんな仕掛けも、まるで倒されるのを想定していたかのようだ。


「ダクタ、これ開けて大丈夫? 罠だったりしない? 開けたら爆発したり、人食い箱だったり」


 尋ねたが、ダクタからの反応がない。


「……?」


 振り返ると、


「…………」


 ダクタは無言で佇んでいた。上の空で、唇に指を這わせている。


「……ダクタ?」

「……え? あっ、ど、どうしたんじゃ!?」


 我に返ったダクタが近づいてくる。その顔はほんのりと赤い。


「これ、開けても大丈夫かなって」

「あ、あぁ、そういうことか。ちょっと待っておれ。……うむ、罠はない。これは普通の宝箱じゃ」


 ダクタは宝箱に触れることもせず、ただ〝視て〟そう言った。僅かに右目が光を帯びているので、例の全てを見通すという〝邪闇ノ右眼じゃあんのうがん〟を使ったんだろう。便利な力だ。


「では……ごまだれっと」


 僕はうきうきしながら宝箱を開けた。思えばリアルで宝箱を開けるなんて、初めてだった。というか、宝箱を見たのも初めてな気がする。そうか、現代だと金庫だもんな……。


「……鍵?」


 中には、手のひら大の透明な鍵が一本あった。


「ダクタ、これなんの鍵?」

「うむ……膨大な魔力を内包しておるの。ここの魔王が、自らの力を注ぎ込んで作った物のようじゃ」


 魔王産の鍵か。しかし、なんのために?


「鍵ってことは、どこかを開けるために作ったんだよね?」

「ここの魔王は特に強欲じゃった。じゃから〝あらゆる鍵を開けられる鍵〟を作ったんじゃろう。長い月日を掛けてな」


 つまりは万能マスターキーといったところか。本当にそんな力が備わっているなら、便利どころの話じゃないな。


「じゃが、見たところ……うむ、完成はしたが使った形跡はないの。ふっ、皮肉なもんじゃな……」


 使う前に、他の者たちと同じく消えてしまったのか。


「これ貰っても怒られない?」


 正直に言って、欲しい。


「怒る者は、もう存在せん。じゃから欲しいなら貰っておけ」

「やったぜ。でも、こういう……魔法具って言うの? この世界にはたくさんあるの? 不思議効果があるようなやつ」

「あるのぉ。それこそ家宝や国宝にしてたりじゃ。昔の話じゃが」


 なら今でもそんなトンデモ品が、各地に眠っているのか……。

 それはちょっと惹かれるな……。


「ダクタ、あのさ……」

「ふふふ、わかっておる。今後はそれらも探しに行こう、じゃろ?」

「よくわかったね」

「ずっと一緒におるからな、えへへ」


 僕も思わず笑ってしまった。好きな人に理解されるというのは、思っていた以上に嬉しいことのようだ。胸の奥がじんわりと熱くなってくる気さえする。


 他人のことを全て理解するのは難しい。

 理解した気になっているだけのことも多い。

 しかし、それでも寄り添うことでわかることもある。

 ほんの少し。ほんの少しずつでも、わかっていける。


 心をさらけ出すのは躊躇する、勇気もいる。

 だけど、それでも心を見せたいと思う人がいる。

 全てを見せて、全てを見たいと思う人がいる。

 僕は今、すごく幸せだ。


 だから願う、この幸せがずっと続きますように、と。

 


   ◆◆◆


 

 ダンジョンを出る頃には、すっかり空は茜色あかねいろに染まっていた。

 どうやら思っていた以上に、長居していたらしい。 

 現在僕らは帰路についている。


 いや、帰という表現はおかしいか。

 なぜなら僕の足元には、道と呼べるものがないからだ。

 僕は今、空を飛んでいる。

 例のフライングフォーム……ダクタをおんぶしながら空を進んでいた。


「高いとこは怖いか? りゅうのすけ」

「さすがにもう慣れたかな」


 地上数百メートルの高度を飛んでいる僕。最初は正直けっこうビビったが、今ではだいぶ慣れたのだから人間というのは逞しい。


「それに、ダクタといれば安心だし」

「えへへ」


 言葉通り、やはり一番はダクタへの信頼からだ。ダクタの力を信頼しているからこそ、心に余裕が生まれる。結果、慣れてくる。


「ダクタの家まで、あとどれくらい?」

「うーむ、この速度じゃと、30分くらいかのぉ」


 飛行速度はそこまで速くない。本気を出せば音速を超えることも可能らしいが、どう考えても僕が死ぬ。

 それに、帰宅を急いでいるわけでもない。そもそもダクタの家や僕の部屋に帰るだけなら、押入れ召喚を使えばいいだけだ。


 ただ、やはり帰り道というのは、帰り道なりに積もる話があるもので、僕らは言葉を交わすためだけに回り道をしている。


「今日行ったダンジョンって魔王が作ったみたいだけど、他にもあるんだよね?」

「うむ、たくさんあるぞ」

「みんなどっかの魔王が作ってるの?」

「そうとは限らんなぁ。多くの魔力があれば作れるしの。じゃが、膨大な魔力を持つ者は大半が王じゃから、そうとも言えるかものぉ」


 ダクタもその気になれば、ダンジョンを作れるんだろうか。

 ……たぶん、というか間違いなく作れるだろうな。

 それも、きっとものすごくやばいやつを。


「あの鍵ってさ、具体的にはなにが開けられるの?」

「物理的な物ならまず解錠できるじゃろうなぁー。あと魔法的な鍵も開けられると思うぞ。腐っても魔王が丹精込めて作ったもんじゃしな」

「そっか! それはちょっといろいろ楽しみだ」

「まぁ余がおれば大概の鍵は開けられるがの!」

「そっか……」


 そうだった。ダクタがいれば、だいたいのことはなんとかなるんだった……。


「しかし相変わらずダクタってチ――」


 言いかけた時、僕は視界に飛び込んできた光景に目を奪われた。


「…………」


 アルフレイム城とその城下町。そして背後にある巨大な湖。

 それらが夕日で染まり、とても美しかった。芸術の価値などいまいちわからない僕でも、思わず息を呑むような美しさ。そして同時に感じる、もの悲しさ。

 水面に映る夕日が、教えてくれる。〝今日〟がもう終わると言うことを。


「……綺麗じゃな」


 背中にいるダクタが言った。


「見慣れてるんじゃない?」


 僕らは空で静止し、夕日を眺める。


「……ずっと嫌いじゃった」

「……夕日が?」

「……あれは夜を知らせる。誰もいない夜を。孤独を」

「…………」


 ダクタの顔は見えない。だけど僕にはわかる。今のダクタの表情が。


「夜になると、寂しくて、寂しくて、仕方がなかった……」


 ダクタは夕日を見るたびに思ったのだろう、また今日もあの寂しさに耐えなければならない、と。


「嫌いじゃった。あの残酷な美しさが……嫌いじゃった」

「…………」

「じゃけど、」

「……?」

「じゃけど、今は好きじゃ。これ以上ないくらいに、美しく見える」


 ダクタの声色に、生気が戻った。


「誰かと見ると、やっぱり違う?」

「誰かではない、おぬしと見るからじゃ」


 すっと、ダクタが僕の胴に腕を回してくる。 


「りゅうのすけが隣にいるだけで、こんなにも世界が違って見える。こんなにも、全てが美しく見える」


 ダクタは僕の背に密着し、腕にも力を込める。


「この世界を、好きになれそうな気がする」


 僕を強く抱きしめるダクタ。僕もそうしたいのに、おんぶの格好なのでそれができない。もどかしいな。僕もダクタのおかげで、こんなにも満たされているのに。

 

 ダクタがすーっと僕の匂いを嗅いでくる。頭を、額を、頬を、僕の顔にこすりつけてくる。まるで猫がじゃれてくるようだ。だから僕も同じように、それに応えた。


 それからしばらく、僕らは黄昏たそがれに染まりながら、ただただじゃれあっていた。


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