第028話 ダークエルフのまおう

 スノリエッダという世界には、多くの国がある。

 中には魔族や魔物だけの国もあるらしく、それらの国は危険極まりない。

 そういった〝魔〟の種族は国や街をダンジョン化するのが大好きで、力を入れて侵入者を阻む仕掛けを作っているとか。

 

 それをダクタに聞いた時、僕は是非行ってみたいと思った。

 ダンジョン……なんとも浪漫溢れる響きなことか。

 ということで、今日はダンジョンに来ている。


「…………」


 僕の目の前には巨大な扉がある。この先は〝魔王の間〟と呼ばれる部屋で、ダンジョンの最深部になる。

 なぜいきなり最深部かと言うと、それには理由がある。

 僕らが入ったこのダンジョンは超巨大迷路が特徴だったのだが、『まともに進むと時間掛かるし、罠もあるからの』と、ダクタが過程を全て吹き飛ばした。


 そう、文字通り吹き飛ばしたのだ。

 入口から例の極太ビーム、〝魔法の光〟をぶっ放し、超巨大迷路を瞬く間に更地にしてしまった。


『これで奥んとこまですぐじゃ!』


 ダクタは笑顔で言った。

 僕としては道中こそ楽しみたく、マッピング用のノートや筆記用具も押入れの中に用意していたのだが、ダクタの笑顔には勝てなかった。


「…………」


 そして僕は、最終地点である扉の前にいる。

 手にはダクタから貰ったダクターセーバーを握り、ひとり佇む。

 僕がひとりなのにも理由があるし、ここからちょっと大変・・だ。


「……ふぅ」


 扉は軽く押すだけで開いた。本来ならただの人間である僕の腕力ではまず開けられないだろうが、中にいる彼女・・が遠隔で開けたのだ。

 なぜ僕が押すのに連動させたのか。まぁ、それも〝演出〟の一環なんだろう。


「…………」


 内部は薄暗かったが、僕が一歩踏み入れると床や壁、天井がぼんやりと光り出した。それによって視界はそこそこ確保できる。ぎりぎり読書ができるくらい。


「…………」


 僕は中央に敷かれた黒いカーペットを進んでいく。

 魔王の間というだけあって、部屋の最奥には玉座がある。謎の髑髏や水晶みたいな物で飾り付けられた、悪趣味な玉座が。


 そして、そこに座る――魔王。


「……よく来たな――勇ましき者、勇者よ」


 どっしりと背もたれに身を預け、足を組む魔王。貫禄は十分だ。


「して、なにをしに此処に来た? 我になんの用だ……?」


 言葉とは裏腹に、その口元は歪んでいる。魔王はわかっているのだ。わかっていながら、あえて尋ねている。


「……おまえを、倒しに来た。全てを……終わらせるために」


 僕は言った。重く、そして決意を込めるように。


「……くっくっく」


 魔王が笑う。


「倒す、か。……くく。身の程を知れよ、人間ッッ……!」


 魔王がパチンと指を鳴らした瞬間、僕の周囲に光の剣が現れた。僕を取り囲むように展開され、数はたぶん100はある。やばい、普通にビビる。


「……さて、どう凌ぐ?」


 言い終わるのと同時に、展開された剣が動く。切っ先を僕に向け、一気に発射されたのだ。


「――はっ!」


 僕はそれを、剣の一振りを持って吹き飛ばした。光の剣はまるでガラス細工のように砕け散り、光の粒子となって消えていく。


「……大したことないんだな、魔王」


 挑発の色を込めて言った。

 対して魔王は、


「――かっこいい……りゅうのすけ、あぁ、かっこいい……」


 先までの悪人面が嘘のように、ほうけていた。


「…………」

「……かっこいい……りゅうのすけ……」

「……んんッ」


 僕はわざとらしく咳払いした。


「――ハッ!? あっ……う、うむ! なかなかやるな勇者よ!」


 魔王は取り繕うが、失った威厳は戻らない。


「では、次は……これだ」


 魔王はまだ続けるようだ。右手を掲げると、そこに青白い光が収束していく。眩しいほどの光量。迸る威圧感。空気が震える。


「――受けてみよ」


 魔王が光を僕に向けて放つと、視界が一気に塗り潰される。まるで光の洪水だ。僕は腰が引けるのを我慢し、逆に踏み込んで剣を振った。瞬間、僕を飲み込もうとしていた光は先と同じように砕け散り、消滅する。降り注ぐ光の粒子が、まるで雪のように舞う。


「……この程度か? 魔王の名が泣くぞ」


 できるだけ良い顔で言った。


「……はぁ~、かっこいい……」


 またもや惚けている魔王、というかダクタ。

 そもそもだ。

 そもそも、僕が二度披露した斬撃による魔法打ち消しは、僕の力ではない。

 あたり前だ。僕はこの世界基準だと村人Aくらいの肉体スペックなので、あんなことをすればとっくに消し炭である。


 ではなぜあんな芸当ができたのか。

 それはダクタが魔法を操作したからに他ならない。僕が持つ剣に命中する直前に、意図的に魔法を打ち消しているのだ。


 つまり、自作自演である。

 つまり、これは清々しいまでの茶番劇なのだ。


『……ちょっと、やりたいことがあるんじゃ』


 魔王の間に着くなり、ダクタは言った。

 そのやりたいことが、これだ。


〝魔王VS勇者 最期の決戦〟 監督、脚本、演出、主演、ダクタ。


 驚くことに台本まで用意してあって、しかも僕のために日本語版もあった。……ダクタ、それいつ書いたの。

 僕としても面白そうだったので、楽しく台詞等を覚えて本番に臨んだのだが、いざ始まるとダクタがあんな感じなので、どうにも締まらない。


「……準備運動はもういい。決着を付けよう、魔王」


 なんとか軌道修正を試みる。


「……はぁ……え? う、うむ! いいだろう、望むことろじゃ!」


 魔王の口調どこいった。


「ふっふっふ、余はこちらも強いぞ……?」


 魔王ダクタは光の剣を生み出し、両手に持った。二刀流だ。


「せいぜい……楽しませるのじゃ!」


 ダクタが一気に駆けてくる。……普通に見えないし反応できない。


「……お?」


 だったのだが、僕はダクタの光剣を受け止めていた。そして一気に押し返し、剣を振るう。その一撃はダクタの光剣を砕き後ずらせる。

 すごい、身体が勝手に動いた。やったのはもちろんダクタだ。


 しかも驚くことに、どれだけ超人的動作をしても肉体への負担が皆無なのだ。打ち合わせの時に『余の魔力で完璧に保護して強化する』と言っていたが、見事なものだ。僕はまるでアクションスターのように剣を振り、魔王を追い詰める。


「これが勇者か……噂にたがわぬ腕前じゃ」


 動かしてるのダクタなんだけどね。

 そんな感じで身体はオートで動くし疲れもないので、僕は表情を作ることだけに集中した。『なるべくクールっぽいやつ』というダクタのリクエストがあったので、それに従う。


 剣を振り、防ぎ、切り結び、魔王を攻め立てる。

 そしてトドメとばかりに黄金の刀身が光り輝き、極太の斬撃を放った。斬撃はダクタに直撃。正直僕は焦ったが、ダクタにはかすり傷ひとつなかった。相変わらずの無敵っぷりだ。

 

 実際のダメージは皆無だが、台本ではこれがトドメということなので、ダクタはわざとらしく吹き飛び、床を転がった。


「……お」


 そこで僕の身体の自由も利くようになった。ここからは会話劇のターンだ。


「……魔王」


 僕は魔王に歩み寄る。


「こ、これが……勇者の力か……見事だ……」


 なお、ノーダメージ。


「こんな、日が……来るとはな……」


 魔王は天井を、いやどこか彼方を見ている。憑きものが落ちたような表情だ。

 なお、ノーダメージ。


「顔を、見せてくれぬか……」


 僕は膝を突き、魔王を抱きかかえる。冷静に考えればおかしい行動だが、台本ではこうなっていたのだからしょうがない。


「おぉ、なんと凜々しき顔よ……これが余を討ち破りし者か……」


 魔王の手が僕の頬に触れる。


「……せめて、安らかに眠れ、魔王」


 魔王の手を握り、言った。


「ふふ、勇者の腕の中で朽ちるか……悪くは、ない……な……」


 ゆっくり目を閉じる魔王。

 脚本ではこれで魔王討伐は達成。晴れて世界は平和になりました、めでたしめでたしで大団円なのだが、


「……嫌じゃ」


 魔王――ダクタは目を開けた。


「……りゅうのすけと離れるのは嫌じゃ」

「なにを言っている、魔王」


 これでは劇が終わらないではないか。


「実は、余は魔王ではないんじゃ」


 衝撃の事実。もちろん台本にはない。


「余は魔王に操られし、ただの村人じゃ。今、思い出した」


 今、思いついた、でしょ。こんな最強な村人がいてたまるか。


「本当の魔王――〝邪王じゃおう〟は別にいるんじゃ……」


 まさかの新設定。引き延ばしに入った少年漫画かな。


「じゃから、これからは余も戦う、共に……勇者よ」


 設定ではこれまでの悪逆非道は、この魔王がしてきたことになっていたはずだが、その辺も改変されたということなんだろうか。


「……じゃが、余に施された悪しき封印がまだ残っておる……これを消さねば、また悪の道にいざなわれるかもしれん……」

「……どうすれば、封印を解ける?」


 って、聞いてほしいんだろうな……。


「……キ、キスじゃ」

「…………」

「お、想いを込めたキ、キスで、封印は解けるんじゃ……」


 勇者が魔王に、いったいなんの想いを込めろというのか。


「……ゆ、勇者……」


 腕の中の魔王が見つめてくる。


「……悪いが、それはできない」

「……え?」


 予想外の言葉だったのか、魔王は盛大に呆気にとられている。


「故郷に……許嫁がいるんだ。必ず帰ると約束した。……俺の全ては彼女のものだ。だから……できない」


 完全にアドリブである。


「……その許嫁は、余のことじゃ」

「……は?」


 まさかのアドリブ返し。


「……そうじゃ、約束したの。覚えておる、覚えておる……」


 存在しない記憶やめて。吹き出しそうになる。


「余はずっと待っておった。じゃが、そこへ邪王が現れ、余を攫ったんじゃ。そして魔に堕とした。勇者の弱点になり得る者だからこそ、邪王は目をつけた……」


 くっ、ちょっと筋が通っているのが悔しい。やるな、ダクタ。


「……それは嘘だ。戦いの前、故郷から手紙がきた。許嫁は、流行り病で亡くなったと。だから、彼女はもういない」


 なんとか抗ってみる。


「それこそ邪王の策略じゃ。死んだと思わせておけば、後々利用するのに都合がいい……だからじゃ」


 ダメだ。断固たる意思を感じる。この後出し対決、勝てない。


「じゃから……はよ、キス」


 ……なんだか悔しい。


「はよ、はよ……キス……はよせんと、呪いで余は死んでしまう。しかもその呪いは、余の死によって世界に広がる……そうなれば世界は終わりじゃ……」


 次から次へと新設定が。もはや執念すら感じる。


「余が死ねば、余の中にある〝世界の鍵〟は失われ、聖なる神具を手に入れることもできなくなる……それと〝闇の霧〟も止められなくなる……あと、えっと、魔物も活性化し、民への被害も増えるんじゃ……」


 ……これは僕の負けだな。潔く認めよう。


「ついでに、えーと、余にキスすると勇者の力が何千倍にもなる特典が。そうなれば邪王など一捻り、世界は勇者の物に――んっ!? ……んん」


 僕はダクタの口を塞いだ。

 ダクタがもっとも望んだやり方で。

 


 過程はどうであれ、最後には魔王ダクタの脚本通りになってしまった。 

 おそるべし、魔王。 

 結局、勇者は魔王には勝てなかったようだ。


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