第016話 ダークエルフのつよさ

「えっと、ダクタ、数百年経ってるんだよね? それにしちゃ建物とか綺麗過ぎない? 普通はもっと劣化すると思うんだけど。それに雑草とか」

「あっ、え、う、うむ、へへ。そうじゃな! 実際に、小さな村や集落の大半は、自然に呑まれて消えてしまったぞ」


 それが普通だろう。


「じゃがな、王都や規模の大きな街なんかは、魔法による結界があっての。そういったものへの耐性もあった」 


 本来は魔力による攻撃や悪意を防ぐものだったそうだが、副次的な効果として街の景観的な保全にも一役買っていたらしい。


「…………」


 誰もいないのに街はそのまま。

 まだ人の温もりを感じるのに、そこには誰もいない。

 文字通り、抜け殻の都市。

 ダクタはこんな世界で200年もの間、ずっと誰かを探していたのか。


「一見すると整っているように見える……じゃけどな」


 と、ダクタが僕をとある家の裏手に導いた。


「……ほれ」


 日の当たりにくい家の裏壁。そこには、大きな亀裂が走っていた。それにまだまだ目立たないが、草木が家の下から生え出てきている。


「既に結界は切れておる。張り直す者がいないんじゃ、当然じゃな。……じきにこの国も、緑に呑まれる」


 ダクタは、どこか寂しそうだった。


『じゃあ、ダクタが張り直せば?』とは言えない。

 もはやただの〝箱〟でしかない、この抜け殻の街を守れとは、とても言えない。


「ダクタ、この街――国の名前は……?」

「アルフレイムじゃ」

「アルフレイム……また、来ようよ、ここに」


 朽ちていくだけの、箱庭だとしても。


「そうじゃな。おぬしと一緒なら、また違って見えるかもしれんの」


 微笑みながら、ダクタが僕の肩にもたれ掛かってくる。


「…………」

「…………」


 それから少しして、


「……行くかの」


 僕らは城を目指して歩みを再開した。


 しばらく歩いていると、


「……?」


 僕はおかしな物を見つけた。

 そこは中央に噴水がある広場なのだが、その噴水のすぐ近くに、謎の物体があった。ラグビーボールみたいな形をした、赤紫の物体。

 異世界の木の実かなにかだろうか。


「…………」


 気になる。


「…………」


 するとそんな僕の視線に気づいたのか、


「ん? おぉ、めずらしいものがあるのー」


 ダクタがそれに近づいていった。説明をしてくれるのだろうか。僕はダクタの後に付いていく。謎の物体まで、距離2メートル。


「これはな、ナシュ――」


 ダクタが言いかけた時だ、突如、地が割れた。謎の物体を中心に一気に盛り上がり、弾ける。赤紫の物体も衝撃で上へ弾かれ――ではなく、長い茎のようなものが伸びていた。そしてぱかっと実が開く。そこから覗かせる牙、長い舌。 


 ――怪物。


 そう脳が認識すると同時に、僕は動いていた。


「――下がれ、ダクタッ!」


 咄嗟にダクタの前へ出る。

 その怪物、おそらく魔物というやつだろう。そいつは一見するとチューリップのように見えなくもない。しかしその、おそらく顔にあたる部分は凶悪そのもので、とても友好的な関係を築けるとは思えない。

 体長は地面から出ている部分だけでも、およそ1メートル50はある。


「…………」


 そいつは唸るような声を発しつつ、僕らを凝視している。目のような器官はないが、間違いなく僕らを認識して見ている。


 距離は2メートル。まだ僕は間合いの外にいるってことだろうか。しかし、なにかを飛ばしてくる可能性だってある。

 僕は魔物から目を切らず、


「……ダクタ、どうすればいい?」


 なるべく敵を刺激しないよう、小声で言った。


「…………」

「……?」


 なぜかダクタの反応がない。


「……ダクタ?」

「……ふ、ふへへ」


 僕は思わず肩ごしに後ろを見てしまった。


「……ふへへ」


 そこには、にやけきった顔のダクタがいた。


「ダクタさん?」

「ふえ? ……はっ、そ、そうじゃな! うむ」


 なにがそうなんだろうか。


「あやつは近づくと姿を現すがな、こちらから手を出さねばなにもしてこん」

「なら、このまま離れたら安全?」

「うむ、そういうことじゃ。まぁ戦っても雑魚じゃがな」


 ダクタはそうかもしれないが、たぶん僕は普通に負けるというか、武器なしの人類であれに勝てるやつとかいるんだろうか。


「あんなのが街中にいるのか……」


 僕はゆっくりと後ずさり、魔物から距離を取る。


「いや、通常はおらん。さっきも言ったが、結界が切れた影響じゃな。とはいえ、ナシュララはそもそも滅多に見ない魔物じゃが」


 めずらしい魔物らしい。……ん? ナシュ、ララ……?


「……ダクタ、あのさ……あれ、ナシュララって言うの?」

「そうじゃが? 前、りゅうのすけに食べさしたこともあったじゃろ?」

「……ナシュララの……パイ」


 押入れの中で、僕はダクタの作ったパイを食べた。

 ナシュララの果実をふんだんに使った、と言っていた。ふんだんに。


「……あれを、食べた……のか」


 響き的に、素敵で可憐でジューシーな果実なんだろうなと思っていた。 

 だが、現実は、


「魔物、食べちゃったかぁ……」

「なんじゃ? もしや喰いたいのか?」

「いや、今は、いい、かな……」


 味はよかった。それは間違いない。ただ、今は遠慮したい。今というか、しばらくは……。


「ちなみに、あれをその、調理するの……?」


 押入れの中は暗かったので、食感しかわからなかった。もしかしたら、絵面的にはかなりグロテスクだったりしたんだろうか。


「調理? あぁ、ナシュララの果実って言うのはな、これじゃ」


 ダクタが指をパチンと鳴らした――瞬間、ゆらゆらと蠢いていた魔物が固まった。まるで石像のように、フリーズしている。


「……!?」

 

 ダクタは魔物――ナシュララに近づいていく。そして眼前まで来て、しゃがむ。ごそごそと根本を漁っている。


「……おっ、あったあった。りゅうのすけ、ちょいと来てみぃ」


 大丈夫なのか? と不安いっぱいの僕だが、ダクタがそう言うので近づいてみる。

 間近で見るナシュララは動かないとはいえ、迫力満点だ。これが、魔物。


「このなぁ、根本の茎んとこにな、あるじゃろ? ほれ、これじゃ」


 ダクタが指差すので、僕はしゃがんで注視する。根本には、人の手ほどの大きさの葉っぱが幾重にも生えていた。そしてその中に隠れるようにある、赤い実。


「これがナシュララの果実?」

「じゃ!」

「僕が食べたのも、これ?」

「じゃ!」 


 その、『じゃ!』って言うのは肯定で良いんだよね? ダクタ……。

 果実はそのままでも食べられるそうだが、さすがに今は遠慮した。

 

 ナシュララは僕たちが離れると動き出し、僕たちがさらにその場から遠のくと、地面に潜ってしまった。そしてぽつんと、赤紫の頭部だけが地から出ている。


「実の採取は倒してもええが、倒さなくても採れるからの。耐性のない魔物は、時を止めればかわいいもんじゃし」

「たしかに時を止めれば――……やっぱり、あれ、そっち系の魔法なんだ……」

「〝魔法の停止〟じゃ! まぁ上位の魔法使いは、みんな耐性を極めておるから効かんがな! もちろん余にも効かん!」


 ダクタはどや顔で胸を張る。その口ぶりからして、スノリエッダで時間停止はそこまで難易度の高くない魔法なんだろうか。普通というか、僕基準だとラスボスとか重要キャラにしか許されない筆頭能力な印象が強いが。


「ちなみに、範囲と効果時間は?」

「使い手によるのぉ。余はがんばれば、世界丸ごといけるとは思うが、耐性持ちは結界とか張っておるからのー。時間はがんばっても1分くらいじゃなー」


 さらに対象を絞ることも可能で、さっきはナシュララのみを指定したようだ。

 なんというか……デタラメすぎる力だ。ダクタは1分は短いと言うが、1分あったら大概のことは終わりそうな気がする……。

 さすがは天才魔法使いを自称するだけはある、ということか。

 そんなダクタすら制御が難しい古代魔法とは、いったいなんなんだろう。


「今は見せられんが、そのうち見せてやるんじゃ!」


 それについて聞くと、ダクタはそう答えた。

 楽しさ半分、恐ろしさ半分といった感じだ。


 その後も僕たちは、歩きながら城を目指した。

 距離的にはそろそろ飛んでいくことになるのだが、僕はもう少し街並みを見ていたかった。

 そして、


「……くふ……く、くふふふ……」


 と、なんとも不気味な笑いを漏らすダクタに話しかけるのが、少し怖かった。


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