第007話 押入れダークエルフ
「――ん? おぉ帰ったか、待ち侘びたぞ」
部屋に戻ると、ダークエルフがいた。
そのダークエルフはまるで我が物顔で、六畳間に座っていた。
僕は未練がましく押入れ下段の中身は空にしていたのだが、そうやって外に置いておいたスナック菓子やゲーム機が、なかなかに悲惨なことになっていた。
そのダークエルフはゲーム機に興味を持ったのか、コード類を繋げようとした痕跡はあるが、ひとつとして正しい接続がされていない。掃除機は電源コードが最大まで引っ張られているし、スナック菓子は開封を失敗したのか辺りに散乱している。
「あ、いやこれは、その……」
そのダークエルフは、恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「…………」
僕は突っ立ったまま、そのダークエルフを見つめていた。
「な、なんじゃそんなに見るでないわ、照れるじゃろうて」
実際に見るのは初めてなのに、褐色の肌も、黒い髪も、左右で色が違う瞳も、全てが愛おしかった。
「……それで、どうして、ここに?」
僕は捻り出すといった感じで、なんとか尋ねた。
「こっちの世界には、来られないって」
「うむ、それは無理じゃった」
そのダークエルフ――ダクタは腕を組み、うんうんと頷いている。
「世界を繋げる古代魔法、その発動に使う古代遺物がな、余はもう持ってなかった。前にこの世界と繋げた時に、全部なくなってしもうた」
そう。そう言っていた。もう遺物がないと。
「じゃから、
あっけらかんと言った。
「王都の宝物庫を片っ端から漁っての、遺物を探したんじゃ。そしたら、めちゃんこすごいやつがたくさんあっての! まったく、過去の遺産を独占しおって」
悪びれる様子など、皆無だ。
「盗んだのか……」
「おぬしに、会いたかったからな!」
屈託のない笑顔を向けられ、僕の心臓が強く鼓動した。
「…………」
なにか言おうとしたが、言葉が出てこない。するとダクタがそんな僕の反応を、窃盗に対する反応と取ったようで、少しだけ慌てて、
「ま、まぁ考えてみれば、みんなおらんくなって、200年以上経っておるんじゃ、ならもうそれって実質、『世界は余のもんじゃね?』って気づいてな! うん!」
取り繕うダクタ。もちろん僕はダクタのことを責める気など毛頭ない。それにダクタの言い分も、一理どころか九十九理くらいはあると思う。
「いやー、やっぱり必要なのはやる気じゃなぁ! おぬしの元へ絶対に行こうと思うたら、次から次へと考えが浮かんできおった! やっぱ余、天才じゃ!」
実際、閃きにもモチベーションは大事だが。
「だから、押入れじゃないの?」
「見つけた遺物がすごかったのでな、範囲を広げたんじゃ。押入れっぽい空間ならいけるんじゃね? って思うてな! うむ、おぬしの部屋が押入れのように狭くて助かったわ! というか、ここは押入れじゃないのか?」
悪かったな1Kで。でも1KはKがある。キッチンのKがあるのだ。断じて押入れではない。
「……今回も7日?」
「いや、超すごい遺物を使ったからの! もっともっといけると思うぞ!」
それは素直に嬉しい。というか、ダクタは笑顔をよく咲かす。本来のダクタはこっちなのかな。
「まぁ仮にまた世界が離れても、何度だっておぬしの元へやってくるからの!」
眩しい。笑顔が眩しい。眩しすぎて、目の奥が熱くなってくる。視界が少しぼやけるのも、きっと眩しいせいだ。
「…………」
ダクタに悟られぬよう落ち着きたかった僕は、今回の魔法について尋ねた。
話を聞くと、前よりは強力だがそれでも繋がったのは僕の部屋だけらしい。
なのでダクタは外に出られないし、外と繋がった状態の部屋にいてもダメだと言う。六畳間にいる時に窓を開けてもダメ、キッチンへの扉を開けた状態で、玄関が開いてもダメだ。仮に来客に対応する時は、締め切った六畳間に籠もっている必要がある。
「…………」
意気揚々と説明するダクタを見ていると、ここ最近の自分が馬鹿らしくなった。
達観ぶって、浸って、思い出がどうこう僕がほざいている間、ダクタは世界を再び繋げるため、やる気全力全開だったのだ。
「……まったく」
自傷気味に笑うと、またもやダクタは僕の反応を別の意味で受け取ったらしく、
「そ、その勝手に来たのは……すまんかったと思っておる……じゃが余は、余はな……どうしても、どうしても、おぬしに……」
本当にダクタが謝る必要なんてない。
実際僕は、全力でつりあがろうとする口角を抑えるのに必死だった。
また、ダクタと会えた。
これ以上のことなんてない。
「また会えて嬉しいよ。来てくれてありがとう」
心からの言葉だった。
するとダクタはぱぁっと表情を明るくする。が、すぐに俯いてしまった。しかもなぜか、もじもじしている。なにゆえに。
「そ、そうか! よ、余も嬉しいぞ。……そ、それで、こうしてまた会った、わけじゃが……」
なんだろう。こんなダクタの反応は初めてだ。
「そ、その……どうせなら、ちゃんと仕切り直すのも大事じゃ、と思うて……」
「仕切り直す……?」
要領を得ない。僕が理解できていないのをダクタはわかっているようで、意を決したように言った。
「この間の続きを、ちゃんと……」
理解して、僕は自分の顔が真っ赤に染まるのがわかった。
そんな僕を見て、ダクタはさらに赤くなった。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。5秒、10秒……。
「…………」
静止した時間を動かしたのは、僕だ。一歩ダクタに近づいた。一歩一歩、ゆっくり近づいていく。たった3メートルほどの距離が、とても長く感じた。
「…………」
僕はダクタの目の前まで来て、腰を下ろした。僕が正座の姿勢を取ると、ダクタも慌ててあぐらの姿勢から正座になった。
「…………」
「……か、顔が見えてると、恥ずいのぉこれ」
ダクタは俯いたまま、言った。
「そ、そうだね、あはは……」
「そ、そじゃろ、わはは……」
お互いに無理くり作った笑顔。それがさらに緊張を加速させる。
だけど、止まる気はない。止まれない。今すぐダクタを抱きしめたい。
「だ、ダク――」
「ま、待ってくれ!」
僕の両手が、ダクタの肩に触れる間際だった。
「いや、その……」
ダクタはゆっくり顔を上げる。褐色の肌を紅潮させ、瞳を潤ませ、耳まで真っ赤にして、必死に荒くなる呼吸を抑えている。
「お、おぬしになら、なにをされたって、いい……」
上目遣いで、僕の理性を的確に崩壊させてくる。
「でも、でも、はずいから、はずいから……」
またダクタは俯いてしまった。
「じゃから……」
両膝に手を置き、
「じゃから、その……」
捻り出すように、言葉を紡ぎながら、
「できれば……」
ある一点を、ゆっくり指さした。
「――押入れで」
僕たちの奇妙な出会いは、押入れから始まった。
そしてそれが終わったのも、押入れだった。
なら、もう一度始まるのも、きっとまた、押入れからなんだろう。
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