Scrapyard Gottamixes

みずた まり(不観旅 街里)

第n話 夏に車をいじるということ

 じわじわとなぶり殺しにされるような日差しを背に、俺は確固たる信念を持って倉庫の中へと立ち入っていく。


 日差しがなけりゃいいだろって? 冗談よせよ。相手は風の流れのない密閉空間だぞ。引き戸を開けつつさながらバックドラフトを浴びたように目を細める。


 空気が温まってやがるぜ……。


 目標はコンビ板ラチェット。十mm/十二mm。倉庫の壁にマグネットで揃えてある。それが触る前から壁越しの熱を持ってることにげんなりしながら引き剥が──。


「熱ツぁ」


 熱い。マジで熱い。なんとか手近にあったウエスで掴み上げ、そのまま握り込──。


「──うわあ」


 マーフィーの法則よろしくお手々にこびりつく銅色の粘着質。スレッドコンパウンド金属焼き付き防止剤じゃねーか。


 使ったら洗えよ、過去の俺……。


 後頭部を焼かれながらネトネトする手をパーツクリーナーですすぐ。すすぐ端から蒸発して消える。なんたる不経済か。ホームセンターで買ったって三百円もしないけど、こんなことで使うのももったいねえよな。


 炎天下に一人ボヤきつつエンジンルームまで持ってきたそれでバッテリーのナットをチョチョイのチョイ。


 たったの三十秒だ。そのためだけにこの労力だぞ……。これを見てるみんな、整理整頓をしような。この暑い中やるのクッソダルいけど、手にスレコンつくよりマシだよ!


 さて、バッテリーを外して電力断ったことだし、目的のオーディオは──。車内にあるんだよ、これが。もうやだ。どう足掻いたって暑いもの。エアコンの効いた部屋に戻りたい誘惑を感じつつ、ペーパーウエスで汗を拭いてドアを引く。


「ぬわっ、おわぁぁぁ……!」


 黒いルーフで熱せられた灼熱の空気。吹き出す汗、湿るTシャツ。だめだ。脳が茹だっちまう。こんなところでこれ以上作業したところで致命的なミスをするのが関の山だ。


 今日はやめにしよう……。


「やーめた!」


 そっからはもうパッパッパーよ。ナット締めて鍵閉めて工具しまって部屋にイン。


「ふー……」


 ひとっ風呂浴びてクーラー入れた部屋でうちわを片手にソファにダイブ。テーブルには氷を入れた麦茶……じゃなくてキンキンに冷えたチューハイ。そりゃあそうよ。


「おい」


「Huh?」


「あー、終わった終わったー。みたいな顔してんのはええねんけど、オーディオはどないしたん?」


「俺に死ねと?」


「……はぁ」


 ソファの下に寝転ぶそいつ、何飲んでると思う? フローズンチューチュー棒。みかん味。人が炎天下で苦労してきたというのに!


「一本丸なり食うとはふてえやろうだ。没収、没収だ」


「約束すっぽかしといてアホ言うなや。……おい! こら、ボケ! やめろや!」


 手を伸ばせば届くんだぜ。伸ばすに決まってるだろ!


「──やめろやァ!」


「ぐへぇ!?」


 横っ腹にアリキック。容赦が見えない。何この子……。


「オーディオくらい気合で付けろや!」


「スミマセンしたァ!」


 俺は来週こそオーディオを交換するという確固たる信念を持った。

来週こそは。来週こそはやるぞ……。

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