夢水清志郎事件ノート

そして五人がいなくなる

刊行日:1994年02月09日


記念すべき、「夢水清志郎」シリーズの第一作です。

発売されたのは1994年!いや……なんていうか、太古の昔ですな。


今回の企画のために読み返してみたんですが、いや本当に面白いですね。

やっぱ夢水清志郎のキャラクターがずば抜けていい。


こうね、こういうサイト見ている時点で自分でも書いている人多いと思うんですが、


「良いキャラクターがいれば、お話は絶対に面白くなる!」


って有名な話あるじゃないですか。それってマジなんだなってことがよくわかる作品です。忘れっぽくて意地汚くて常識がないが、文句なしの名探偵。それが夢水清志郎なのです。


ちなみに子供の頃「夢水清志郎」のネタが解らなかったんですが、親が「眠狂四郎」だと教えてくれました。(しかし、なんでこれが元ネタなんでしょうかね。番外編をみる限り、はやみね先生、ミステリの他にも剣豪小説好きなのかしら?)


しかし、面白いもので、子供の頃はサラッと読み流していたものも、大人になってみると全然味わいが違って驚きますね。特に子供に対する「子供は幸せにならなきゃいけないんだ」という温かい目線が刺さります。

上越警部も、子供に厳しい親に不満を持っていたり、「折角の夏休みは遊ばせてやろう」って考えて、あえて私服の警官を遠巻きに配置したりとか……。


そうか、私、この小説で描かれていた子供の立場から、この小説を書いた時のはやみね先生の年齢になったんだな……としみじみと。


あと、はやみね先生、教師ということもあり、文芸作品や芸術作品に対する言及が非常に多いんですね。この小説を読んだ子供が興味を持って調べてみるのを期待してたりするのかしら?


さて、今回再読して私が特に注目したいのは、全体の構成です。


まず、

「第一部 名探偵登場」が冒頭にあり、そこで名探偵、夢水清志郎が初めて登場します。そして、その後、「おもな登場人物」が入って、その後、本編である「第二部 そして五人がいなくなる」という構成になっているんですね。


冒頭に「おもな登場人物」がないのは、第一部で叙述トリックを使っているから……なんですが、この第一部がジャブとして非常に効いている。


自分でも色々と書いてて思うんですけれど、「どういうキャラか読者に説明させたかったら実際にやってみせるのが早い」んですよね。豪快なキャラクターなら豪快なところを、優しいキャラなら優しいところを。


そして、名探偵なら推理するところを。


第一部は分量としては非常に短いのですが、この短さの中で

・夢水清志郎の変人っぷり

・主人公三つ子の説明

・夢水清志郎の推理

を全部やってるんですよね。これを読み終わる頃にはこの設定がすっかり頭の中に入ってしまう。スマートですよね。これが「私達は三つ子で……」みたいな解説から始まったらここまでのインパクトは出せなかったはず。最初は一人と見せかけておいてからの種明かしがくるから、驚きと共に印象深く思えるんですね。


なお、夢水清志郎が三姉妹を見分けることができる。というのは重要な要素でして、岩崎三姉妹はこの件があるから、夢水清志郎を信用するんですよね。そして、その一件から次第にお互いに個性を出していく様になる。


あと、読み返すと、テーマとして「子どもは幸せにならなきゃいけない」ってのが一貫していることに気が付きます。後半の


”「いまの子どもと昔の子どもと、どっちが幸せだと思う?」

わたしが聞くと、教授はあっさり答えた。

「どっちも幸せだよ。子どもは、いつの時代だって幸せなんだ。また幸せでなくちゃいけないんだ。」”


って部分とかですね。

この作品はこのスタンスが一貫してまして、

伯爵は子供のために誘拐事件を起こすし、教授は伯爵の考えを知っているから、事件をあえて公表しないで立ち去る。上越警部もなんとなくそれを察して協力してくれるんですよね。


それも含めて大変良い読後感がある作品でした。



□拾われている作品


○本

・ラングの「線形代数学」

 ┗実際の大学で使われている教科書のようです。

・「ル・ポールのカードマジック」

・手塚治虫の「火の鳥」(12巻)

・小栗虫太郎「完全犯罪」


○音楽

・「365歩のマーチ」

・ショパン、ノクターン第二番


□小ネタ

・冒頭の二行「わたしたちの町に、名探偵が引っ越してきたの!」と、ここですでに「わたしたち」を使っていますね。


・「京風の石狩鍋」というネタ。石狩鍋は北海道の郷土料理なので、京風なんてものは存在しないというネタですね。


・亜衣、真衣、美衣の元ネタはいわずもがな「I MY ME」(そして、母さんは羽衣:WE)なんですが、私がこれを読んだ時は小学生だったので分かりませんでしたぞい。


・オムラ・アミューズメント・パークは、めちゃくちゃデカい遊園地なんですが、こういうデカい遊園地昔はあったなぁ……と懐かしい気持ちに。この作品が描かれた時点ではバブル景気はもう弾けていたんですが、プロジェクトの凍結が間に合わずこういった巨大テーマパークが全国に出来たりしてましたね。

……まあ、数年後に全部潰れたんですが。

私の故郷の北海道でも

・天華園 1992年

・札幌テルメ 1988年

・北の京・芦別 1988年(から、京都風テーマパークに舵を取る)

・カナディアンワールド 1990年

・グリュック王国 1989年


と次々とバブリーな建築が建てられてたりしています。


関東では、屋内スキー場なんていう飛んでもないものが開園したりしていました。(1993年)


・オムラ・アミューズメント・パークはM県にある。ジョジョ読者なのでMIYAGIかと思いましたが、はやみね先生はMIE出身なので、どうやらそこっぽい?


・となると、教授のもとの勤め先、M大学も三重大学の可能性がありますね。ここははやみね先生の出身大学です。


・羽衣母さんは35歳。若い。ってことは三つ子を産んだのは、22歳の頃。当時は結婚年齢早かったんですね。


・伯爵は銀色の目をしています。はやみね先生、銀色の目とか銀髪とか性癖なんですね。


・美衣の新聞フリークネタ、結構色んな所で拾われるんですが、結構謎な設定ですよね。作劇上、色々と便利ではあるんですが……しかし一体なんでこんな設定にしたんだろ?


・ショパンの曲が好きなのか、この後のシリーズでも色々出てきますね。ノクターン第二番は人類を代表する名曲なので仕方ないですが。


・上越警部、今読み返すと、モニターに向かって発砲するわ、一般人に銃を突きつけるわ、かなりヤバイキャラだったんですね。昔はただのウィンクが下手くそな人って印象しかなかったな……。


・警視総監の名刺、この事件、私が読んでない後のシリーズで拾われたりするんでしょか。楽しみにします。なお、警視総監は警視庁の長官なので、東京都の管轄だったりします。地方だとちょっと変わってくるはず。


・三姉妹がお金を出し合って買ったマイクロコンポ。そう言えばこの時代はこのマイクロコンポが憧れだったなぁ……MDとか入るやつですよ。


・友達との長電話。子供の頃読んだ時も印象深かったエピソードですが、今だったらLINEとかになるのかしら?


・『水曜大特番――アマゾン河に巨大ピラニアを見た!』というネタがありますが、そういえば当時はその手の番組がありました。


・「我々私服の刑事はポケットベルというものを持っている」というのも時代を感じますね。(なんなのか解らない人は調べてみよう!)


・顔をベリベリーってやるの、作劇上楽でよく使っちゃいますけれど、実際こんなことがあり得るのかとか考えると悩みどころ。


・どうでもいいですが、伯爵はオムラさんと双子なので、仮面を付けていない状態でエンカウントすると秒でわかりそうな気もします。というか挿絵がまんまだ……。


・伯爵が告げる、教授が昔解決した事件『神隠し島事件』『N県S湖の密室殺人』『死んだ人間が百キロの道のりを歩いた事件』『密室射殺事件』、もしかして後のシリーズで拾われたりしてるんでしょうか?


・夏休みの間に「神社の御神木が歩いた事件」「学校のそばに幽霊が出た事件」が怒った模様。これは後のシリーズでも出てきたような……記憶が定かでないので、楽しみに読み進めます。


・名探偵は「さて――。」で謎解きを始める。やっぱこれですよ。


・ジェットコースターのトリック、ぶっちゃけトリックというほどのものでもない(コンピュータの設定をいじるだけ)なので、警察も一種で気がつくものだと思いますが、あえて解決編まで伸ばしているんですよね。解決編でまとめて解説したかったのかな?これは「謎は簡単に解けた。コンピュータに細工がしてあったのだ。しかし、伯爵がどこに消えたのかは解らなかった……」みたいな風にも書けたとは思いますが。


なお、このトリックは必ず特定のコースターに乗らなければならないので、伯爵の部下が登場します。部下、居たのね。まあ20面相も突然部下が湧いてでてきたりするから……。


・催眠術が出てくる謎解きのは雑。という認識がはやみね先生にはあるんでしょうね。まあ、ぶっちゃけなんでもありですからね。催眠……。

最悪「今までの事件は全て催眠術による幻覚だったんだ!!」「なん……だと?」みたいなのも可能になりますし。


・時計をはめている手が違ったので、双子とバレる小村さん。ここはもうちょっと頑張ればバレなかった気もします。伯爵!ツメが甘いぞ!


・ラストシーンで株を上げてくる上越警部。味わい深いキャラになったものです。


・最後の挿絵がなんかすきなんですよね。大きな月をバックに四人が帰るの。



それでは、次回をお楽しみに!

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