余韻
硯哀爾
第1話
「
駐車場だけがだだっ広い、典型的な田舎のコンビニエンスストア。そこから帰路につこうというところで、あたしは聞きたくない単語を耳にしてしまった。
当然、馬鹿正直に反応するはずもなく、あたしはさも自分に対する呼び掛けではなかったのだと言い聞かせてその場を後にしようとした。しかし、直後に左腕を物凄い力で引かれて、その場に留まる以外の選択肢を奪われてしまった。
「
今度は問いかけじゃない。はっきりとした断定だ。
あたしはぎぎぎ、とぎこちなく首を動かした。振り返りたくなんかなかったけど、そうせざるをえなかった。将棋で言うところの詰みに似た状況だった。
あたしの腕を掴んでいたのは、柔らかい色彩のパフスリーブワンピースを身に付けた、ゆるふわカールの可愛い女の子。きっと──いや、確実にあたしと同年代で、同級生。とろんとした甘いタレ目には見覚えがある。
「……もしかして、
「やだ、昔みたいに
にっこり笑うと両目が三日月の形になるのは、数年前と同じ。昔から可愛くて、愛嬌があって、あたしのような陰気で影の薄い人間とは正反対の立ち位置にいるような女の子。
中学時代の同級生──鳰見萌々は、まだ手を離してはくれない。痕が付きそうな程の強さであたしを引き留めながら、顔だけは笑顔で話しかけてくる。
「こんなところで会うなんて偶然だよね。純ちゃんってば、親友の私に引っ越したことすら教えてくれないんだもん。ねえ、お家ってこの近くなの?」
「……いや、大学の課題で調べものに来ただけ」
「そっかあ。今日って日帰り? どっかに泊まるの? 私もついていっていいよね?」
「……鳰見さん」
「萌々ちゃんって呼んでよ。他人行儀な言い方やめて」
「…………萌々ちゃんこそ、なんでここにいる訳」
矢継ぎ早に尋ねてくる萌々は、貼り付けた笑みのまま顔を近付ける。フローラルないい匂いがしたけれど、あたしからしてみればそんなことはどうでも良かった。
この子は、十中八九あたしの後をつけてきた。詰まるところのストーカー。
それがわかりきっていたから、あたしはかつて一時でも友達であった彼女に心を許すことができない。怖くて怖くてたまらない。今すぐにでも逃げ出したくて仕方ないけど、腕を掴まれているから逃げることすらままならない。
恐る恐る問いかけると、萌々はきょとんとした顔であたしを見た。がらんどうの瞳が怖くて、あたしはすぐに目を逸らした。
「なんでって……たまたま純ちゃんを見かけたから、いてもたってもいられなかっただけだよ? ずっと話したいことがあったのに、何年も会えないんだもの。こんなところで会えるなんて奇跡だよ」
あたしとしては信じたくもない奇跡だ。どうしてこのタイミングで、と頭を抱えたくなる。
「ねえ、せっかく会えたんだからお喋りしようよ。前みたいに、時間なんて気にしないでさ。純ちゃんだって寂しかったでしょ?」
問いかけの形をとってはいるけれど、ほとんど答えが出ちゃってる。そういうところ、昔から変わらない。
あたしは何も言わなかった。
萌々が何を話したいのか、あたしにはわかりきっていた。聞きたくもないし、話したくもない話題だ。あたし以外が同じ目に遭っていたとしても、きっと同じように触れられることを避けると思う。言ってしまえば、
でも、萌々は空気なんて読まない。そもそも、あたしのことなんてさっぱり見えていないに違いない。そうでもなければ、わざわざあたしを追いかけてくるはずがないし、あたしと友達になってすらいないだろうから。
「先輩のこと、なんだけどね──」
ぐらり、と視界が揺れる。嫌悪感が喉からせり上がってくる。
やめてくれ。本当にやめてくれ。
言葉が出ない。辛くて苦しくてたまらないのに、制止ひとつ叶わない。
あたしなんか端から見えていない女は、笑ったまま続ける。
「──きっと、先輩は悪くないの。純ちゃんもわかってるよね?」
それはさながら、死の宣告だった。
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