いなくなった女の子を探す話

ななし

いなくなった女の子を探す話

恋をした。一目惚れだった。梅雨の朝、バス停のベンチに座り、長い髪を風になびかせてバスを待つ彼女は、消えてしまいそうな儚さと透明感をまとっていた。彼女が空を見上げバスに乗りこむ。僕は誰もいないベンチをただ見つめていた。



紫陽花が枯れた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




僕は彼女を探した。何日も何日も、彼女を探すだけの日を過ごした。どうしてだか、彼女に会って伝えたいことがあるような気がした。いくら探しても、僕は彼女を見つけることはできなかった。それでも僕は彼女を探すことを諦めない。彼女はきっといる。僕の目に映った彼女が、いない少女であるはずがない。僕がみつけられないだけでどこかにいるはずなんだ。僕はそう信じて、ただひたすらに彼女を探した。


諦めてはいけないと感じた。僕は彼女にもう一度出会わなければいけないと、そう強く思った。


何故だか時間が残されていないように感じて焦った。僕には、僕が何なのかも、彼女が誰なのかも何もわからなかった。



ひまわりの種が飛んだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




何ヶ月かして、僕はあのバス停で彼女をみつけた。突然のことだった。不思議と見つけた興奮より緊張が走った。息を飲んで彼女を見つめる。時が止まればいい、このままずっと彼女を見つめていたいと、そう強く願った。僕は一秒も見逃すまいと彼女を見つめた。彼女と目が合うようにと、彼女の目を見つめた。一瞬、彼女の目が僕を捉えた。

一秒もないその刹那、僕と彼女の視線が交差して僕の息が詰まる。彼女は僕に気づかなかったのだろうか。彼女は目を伏せ、そのままバスに乗り込んだ。


なぜか、もう彼女に会ってはいけない気がした。次で、次に見つけたらそれで、最後だ。



紅葉が散った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




僕は彼女が好きだった。理由なんてなかった。彼女を一目見た瞬間から僕の世界には彼女しかいなかった。彼女の髪が、遠くを見つめる目が、どこか寂しげな唇が、小さくて綺麗な鼻が、細く長い腕が、髪の毛を絡める指が、歩くたびにスカートに触れる脚が。全部全部が好きだった。僕は彼女に惚れ込んでいた。

実はずっと昔に彼女に出会っていて、ずっとずっと好きだったのではないかと錯覚してしまうほどに。


そして、僕はそれが錯覚なんかじゃないと知っていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




私には好きな人がいた。彼は私のことをよく褒めてくれた。長い髪の毛が好きだと、声が好きだと、笑顔が好きだと、恥ずかしがる時指に髪を絡めるその仕草が好きだ、と。

私も彼が大好きだった。でも、ある日あの朝、私は大好きだった彼に、大好きな彼にもう会えなくなってしまった。彼は、私を置いて死んでしまった。彼はどうして死んでしまったのだったか、私にはもう思い出せない。


それでも私は今日、彼に会いに行く。


そして僕は今日、彼女にお別れをする。


あのバス停。バスを待って乗り込む。


僕は、バス停でバスを待つ彼女を見つける。バスに乗り込む彼女の後を追い、僕もバスに乗る。


目的地はあの墓地、あのお墓の前へ。


彼女を追って僕も降りる。


私は後ろに気配があることを感じながらひたすらに歩く。後ろを振り返らずただ目的地を目指して。


ある墓の前で、彼女の足が止まる。


「私のこと、思い出してくれた?」

私は後ろを振り返らずに言う。


「うん。」

僕は短く答える。


僕は彼女を知っていた。彼女のことが大好きだった。ずっと前から。彼女に会えなくなってしまうまで。

どうして忘れてしまっていたのだろう、あんなに彼女が好きだったのに。


彼に会えなくなってからずっと一人だったのに、あの梅雨の日に私は見つけてしまった。


僕はまた彼女に出会った。そしてもう一度、二度目の一目惚れをした。彼女のことが、また好きになった。


私はきっと、あなたに別れを告げなきゃいけない。


僕は今日、さよならをしにここへ来た。


「大好きだよ。」

何度も繰り返し伝えた言葉。


「僕も、僕も好きだった。」

だった、なんて寂しいけれど。


「どうして、私を一人にしたの?」

私は彼に背を向けたまま問いかける。


「あなたも一緒じゃ意味がないって、君が最期に言ったからだよ。」

僕は彼女の質問の意味がいまいちよくわからない。

「ねえ、僕を見てよ。」


死んでしまって、一度は会えなくなった彼の顔を見たらきっと泣いてしまうから、彼と二度目の別れをしたくないから、私は振り返りたくなかった。それでも私は別れを告げにきたのだから、と振り返ろうとしたその時、墓石に刻まれた文字が目に入る。あぁ、そうだったのか、足の力が抜けていく感覚がした。


「大丈夫?」

急にしゃがみ込んだ彼女に僕はそう尋ねる。


「平気。ごめん、私、勘違いしてたみたい。」

私は強がって笑う。そして、

「私、あなたに言わなきゃいけないことがあるの。」


「勘違い?」

彼女の言ってることの意味はわからないけれど、

「僕も、君に言いたいことがある。」


私は振り返りながら、


僕は君を見据えて、


「私の事、忘れてね。」

「君の事、忘れない。」


二つの声が重なった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



あれからどれほどの月日が経ったのだろうか。今日、僕はまた君に会いに行く。


彼女に二度目の一目惚れをしたあのバス停からバスに乗り、彼女と別れた場所、


彼女のお墓の前へ。


墓石に刻まれた彼女の名前を撫でながら僕は言う。


「僕が君を探していたんじゃなくて、君が僕を探しにきてくれていたんだね。」



桜の花が咲いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いなくなった女の子に見つかってしまった話

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いなくなった女の子を探す話 ななし @mana0914

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る