【短編】悪役令嬢なのに選定の剣を引き抜いてしまいました

木野ココ

【短編】悪役令嬢なのに選定の剣を引き抜いてしまいました

 前世の記憶が有るなんで誰に言っても信じて貰えないのは解っているわ。だって私だって前世でそう言われたら信じるわけが無かったもの。


 私の名前はベル・ラナンキュラス。16歳。辺境の村の公爵令嬢にしてこの世界、乙女ゲーム『乙女勇者は剣を振るう』の悪役令嬢。前世ではごくごくフツーの販売員をやっていたわ。


 『乙女勇者は剣を振るう』は前世で乙女ゲーマーだった私が一番やりこんだ恋愛RPG(ロールプレイングゲーム)。主人公である辺境の村の村娘のヒロインが誰も引き抜けなかった勇者の剣を引き抜いてしまい、イケメンたちと魔王を倒しに行く。ボリュームたっぷりで女性向けなのにやりこみ要素の多い良質ゲームだったの。


 そんな世界の中で、私は序盤から中盤まで魔王を倒しに行くヒロインとイケメンたちの仲を引き裂くべく暗躍する悪役令嬢として生を受けたわ。


 これに気付いた12歳の時、私のショックは計り知れなかった……。何でヒトの恋路を邪魔しなければならないのかしら……。そんな事よりヒロインとヒロインの選んだイケメンの応援をする壁に、天井に、床に、私はなりたかった…………。



「明日は村のお祭りだねぇ、ベルちゃん!」


 領地の村の散歩の途中、声を掛けてきたこの村娘がゲームのヒロイン。リリー・クローヴ。


「ベル『ちゃん』はお止めなさいと言っているでしょう、リリー! ベル『様』と呼びなさい!」


 私と彼女は同じ歳、同じ日にこの村で生を授かった。


「だって、私の中ではベルちゃんはいつでもベルちゃんだよ! ずっと仲良くしてね!」


 うっ、ま、眩しい笑顔……! この笑顔に数々のイケメンたちはやられていくのね。解る、解るわ。私だって何度この笑顔にほだされたことか。そして今日、今もほだされようとしている。


「べ、別に仲良くしないとは言ってないでしょう。誤解しないで欲しいわね!」


 リリーの前になると、ついつい、ツンデレてしまう……私のこの性格、どうにかならなかったのかしら。


「良かった!」


 リリーは益々満面の笑顔で私に微笑みかけたわ。


 ――明日。明日の村のお祭りで、この娘は選定の剣に触れてしまい、そして引き抜いてしまうのよ。そこから私達の運命の亀裂が始まるんだわ……。


「そういえば、今お祭りの準備をしているんだけど、ちょっと見ていかない?」


 リリーが提案してきた。……祭りの準備をする村民を見守るのも、公爵令嬢の努めではあるわ。


「別に。構わなくてよ」

「やった! それじゃ一緒に行きましょう!」


 リリーが私の手を引く。


 ああ、こうやって仲良く遊ぶのも、今日が最後なのね……。

 明日から彼女の世界も私の世界もガラリと変わってしまう。


「ねぇベルちゃん」

「なぁにリリー」


「これからもこうやって、お願いきいてくれる……?」

 リリーは後ろ姿しか見えない。どんな表情カオで言っているのか私からは見えなかった。


「頼まれれば、きいてあげないこともないわ」

 私はぶっきらぼうに言った。



 ――村の中央。


 そこに『選定の剣』は在ったわ。数百年もの間、誰もが岩から抜けなかった選定の剣。


 この剣が抜ける時は魔王が復活した時。毎年、魔王が復活していないことを確かめるために『選定の儀』が行われ、剣が抜けない事に人々は安堵してお祭りをする仕組みになっているの。

 もし剣が抜けてしまったら――その時は同時に魔王を倒す勇者が生まれた証しにもなる。


 そして今年、そう明日、偶然この剣に触れてしまったリリーが剣を抜いてしまう事から物語が始まるのよ。


「ベルちゃん、ベルちゃん、あの剣、抜いてみようよ」


 好奇心旺盛なリリーが提案する。どうせ明日になれば偶然彼女が引き抜くのに……。


「リリー。選定の儀は明日よ。今から剣を抜いてしまってはいけませんわ」

「あはっ。ベルちゃんたらまるで私が剣を抜くような事を言って」


 抜くのよ、あなたが。


「私じゃなくて、ベルちゃんが抜いてみてよ」

「まぁ、私が?」


 悪役令嬢である私が剣を抜けるわけが無い。これは私とリリーのいつものじゃれ合い。


「……よろしくてよ。その代わり、抜いてしまったらあなたに家臣になってもらうわ」

「ふふっ。面白い! じゃあ行ってきて! せーのっ!」


 リリーに背中を押された私は、村の中央の選定の剣に触れてしまった。


 グラリ。


 え……?


 試しに、剣を掴んでみる。


 その剣は、私の手に馴染み、まるで初めて持った感じのしない握り心地で――――


 簡単に、岩から抜けてしまいましたの。


「嘘っ!?」


「やったわ、ベルちゃん!!」


 剣を掴み、天に向けた私の姿を見たリリーは喜び周りを駆け巡ったわ。


「ベルちゃんが選定の剣を抜いたよー!!」


 わらわらと、村人たちが集まってくる。私はオロオロと動揺するしかなかったわ!


「……おお、ベル……お前が選ばれてしまったのか………」


 村人の集団の中から、お父様がやって来たわ。

「お父様……私………」

「これも運命か――私にはお前の旅を止める権利は無い……許しておくれ、ベル」


 いや待って! 本当は選定の剣これを抜くのはリリーのはずでしてよ!!


 私が堂々と旅立ってどうするの!?



 その晩。

 私は明日の祭りに向けて、ゆっくりと休みを取っておくよう言い渡されたわ。

 けれどそう簡単には眠れない。どうして選定の剣は抜けたのか。どうしてリリーでなく私が抜いてしまったのか。このゲームの世界はどうなってしまうのか――――

 不安でいっぱいでしたわ。


 コンコン。


 窓を叩く音がする。


 コンコンコン。


 この叩き方は、そう、リリーだわ。私とリリーの秘密の合図。

 私はベッドから飛び起き、窓に向かいリリーを向かい入れる。


「こんばんは、ベル」

「こんばんは、リリー」


「…………」


 私たちは無言になってしまったわ。


「あの!」

「あの!」


 やっぱり同時。


「……訪れてくれたのですもの。リリー、あなたから話してちょうだい」

 私はリリーの話を聞くことにした。

 それはなかなかに衝撃的な話で。


「――ベルちゃんは、『前世』って信じてる――?」


「……え? 何を言っているの、リリー?」

「だから、生まれる前の世界の話よ! 今まで秘密にしていたけれど、私は覚えているの!」

「詳しく話を聞かせてちょうだい、リリー」

「うん」


 リリーが言うには、彼女もまた私と同じ世界で前世を生きていた乙女ゲーマーだった。この『乙女勇者は剣を振るう』の世界で自分が主人公ヒロインである事に気付いたのは12歳の時だったと言う。私と同じ時期ね。


「あなたには、前世の、その『乙女勇者』の主人公ヒロインの記憶が有るの……!?」


 私はビックリして、リリーに問いただしたわ。リリーは深く頷いたの。


「ならばなぜ、私に選定の剣を抜かせるような真似をしたの――? あれは明日、あなたが抜いて旅立つ予定だったはずだわ」


「あれは賭けだった。ベルちゃんならば、私と同じ歳、同じ誕生日のあなたならもしかして剣が抜けるかもと思ったの――」


 ベルは泣きそうな顔をしながらこう言ったわ。


「私、これから冒険になんて出たくなかった! レベルアップも、魔王もイケメン攻略対象もどうでもいいの! ベルちゃんと対立するような未来を選びたくなかったの!!」


「――………リリー……」


「でも、あなたと一緒の旅なら話は別よ。これからは私たちの知らない物語を紡ぎましょう――この小さな村を抜けて」


 それなら、魔王もイケメン攻略対象も怖くないわ。とリリーは続けたわ。


「リリー。……実は私も前世の記憶が有るのよ。あなたと同じように、この物語の世界を知っているわ」


「――ベルちゃん!」


「――けれど、私は物語を受け入れることしか考えていなかったわ。あなたのような、物語を壊してまた創る勇気は私には無かった。やっぱりあなたが主人公ヒロインの器なのよ――――」


「主人公なんてどうでもいい!」


 リリーは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら私に訴えたわ。


「お願い、私をあなたの旅に連れて行って。そうしていつまでも一緒に仲良しでいて。男の人を巡って敵対なんてしないで――――」


 私だって、出来るものならそうしたい。けれど本当に出来るのかしら?


「きっと、きっと出来るはずよ。思い出してベルちゃん!このゲーム、いいえ、この世界のキャッチコピーを――――」


「え―――」


 この『乙女勇者は剣を振るう』のキャッチコピー……。それは一体何だったかしら。

 暫く私は考えたわ。


「ほら、未開封パッケージにもポスターにも書いてあったでしょう?」


 思い出せるようにリリーが促してくれる。


「あっ!」

「ほら!ね?」


 私とリリーは同時に声に出していたわ。


「『運命に抗うRPG!』」


 って!!



 ――翌日。


 祭りの終わりに、私とリリーはふたりで村から旅立ったの。


 これからどんな出会いが、戦いが、ロマンスが、ふたりの友情を深めるイベントが待っているか。わくわくが止まらなかったわ――――

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