第31話「私は愛されていないんだよ」


 ひとまず椎名先輩が理解がある人で誰にも言わないよと言ってくれたこともあり、その件はなんとかなった。


 これに関しては先輩との秘密の事でもあるし、これ以上他の人に知られるわけにはいかない。鈴夏さんには悪いけど、あの人は割と人の秘密をペラペラ話す癖もあるし、今度生徒会室でその話をするときは気を付けないといけないな。


 そんなこんなで体育館の片付けも終わり、ひとまず反省会は明日以降やるということにして今日はこれで解散することになった。


 生徒会室で少し作業してから行くと言っていた先輩について行くために他のメンバーとはそこで別れることにしたのだが、その時、美鈴との別れ際に耳打ちで――


「しっかりしなさいよ。失敗したら殴るから」


と、彼女らしい喝を貰い生徒総会が終わった後の抜けた気持ちを引き締めることができた。


 あの日、しっかり話し合ってくれたおかげでもあるし、美鈴自身も否定はしていたけど最終的には理解してくれたし、俺はもっと環境に感謝しなきゃいけない。


 正直、今日はここからが勝負なところはある。ララにも言ってあるし、思う存分、しっかりと先輩の彼氏を演じようか。



☆☆☆



 作業を終らせて、時刻は17時前。

 帰る準備をしながら、先輩に話しかける。


「あの、なんか緊張しますね……」

「ここにきてそこまで震えないでよ、もう」

「だって、なんかこういざ目の前にすると引けてくるって言うか」

「えぇ、そんなんで大丈夫なの?」

「分かりません」

「……そんなに怖いかなぁ」


 俺としては、彼氏面談を前にして心臓がバクバクだった。


 さっきまでは何の緊張もしていなかったはずなのに、先輩の隣に座って作業していてけばいくほど審判の時を待っている気がして、胸がバクバク、心臓がどくどくと唸りを上げていた。


「こ、怖いです。ていうか、昼休み先輩に会いにきたじゃないですか。お父様が」

「そう言えばそうだったね。ていうか、お父様って言わないで、なんか私がお嬢様みたいに。別にそんな大層なものじゃないし」

「じゃあ、父君様?」

「なんかごちゃごちゃになってない?」

「じゃあ、お父上?」

「それも違う気がするんだけど」

「じゃあ、お父さん?」

「まぁ、それがぴったりかな。彼氏としての呼び名はそれが近いね」

「って、呼び名よりもあんな強面のお父さんだったんですか? 知りませんでしたよ」


 呼び名が決まったところで、大事なのはそれじゃないと話を元に戻した。

 そう。昼休みに、娘が心配になって見に来たのだろう優しいお父さんの図体は凄まじい覇気があった。


 俺よりも一回りでかい身体に、大きな胸板。足も太くて、腕も太い。ぱっと見でも勝てないような――そんな身体をお持ちの様だった。


「昔は確かプロレスラーとかで活躍してたって聞いてるけど、どうなんだろう」

「え、先輩のお父さんプロレスラーだったんですか⁉」

「ちょ、声がでかい!」

「あ、あぁ……ごめんなさい」

「御影君が知っちゃったって言ってたじゃん。そういうところ、しっかりしないと」

「すみません……っていうか、それじゃあ先輩の家業ってもしかして――プロレスラー?」

「なわけないでしょうが」

「ですよね~~」


 俺の懸念はそんなわけもなく、苦笑いされてしまったのだが先輩は先輩で少し顔色は優れていないように見えた。


 よく考えてみれば、緊張しているのは俺だけではないのはその通りで俺の事をいじりながら先輩の方が口調や話し方に元気はないように見える。


 特に、お父さんの話をしてからかあまり覇気がなかった。


「あの、先輩。機嫌悪いですか?」

「え、機嫌? そんなことはないと思ってるけど……なんか態度に出てたかな?」

「ん。いやその、なんか口調の歯切れが悪いかなと思って」

「……ははは、だよねぇ」


 すると、図星を言われたかのように椅子をくるりと一蹴させながら苦笑いした。


「なんか、言われたんですか?」

「まぁね」


 そう言うと先輩はそれまた図星で答える。


「なんかね、まるで今までの話がなかったように話してきてさ」

「今までの話」

「ほら、私が彼氏を作って仲良くしてたらとか、生徒会とか成績とかで学校で頑張っていたらとか」

「あぁ、そうすれば連れ戻されて知らない男とは結婚しないって――」

「それがね、なんかさ。なかったみたいに話してきて」


 先輩の目は少し暗い。

 若干虚ろで、どこを見ても光が籠っていなかった。


「——これでこっちに帰ってきても安泰だな、とか。自慢の娘だ、恥をかかなくて済むだとか」

「……お母さんは」

「お母さんは家ではあまり権力ないんだけど、それが当然だと思ってるし。ほら、今で私が家事をできるのはその英才教育があったわけでだし」

「そう、ですか」


 話を聞けば聞く程あまり良くは見えなかった。

 ただ、もしもそれがその場のノリでの話だとしたら、このままの状況でうまくいくはずがない。そう直感した俺はあからさまにへこんでいる先輩の肩を叩いて、気合を入れる。


「ま、まぁ――でも、きっとその時の話で言っただけですよ! ひとまず、俺は頑張りますんで! というか、今ので俄然やる気が湧いてきましたよ!!」


 そんな俺を見て、目を見開いてパチパチさせる先輩。

 はぁ、と溜息を吐いて、ふふっと笑みを浮かべながらこう言った。


「……そう、かもしれないね。うん、頑張ろう」

「えぇ!」


 つーつー。


 気合を入れたその瞬間、先輩のスマホが振動を始める。


「あ、お父さんから」

「お、じゃあ僕は少し席を外しますね」

「いや、私が廊下に出るよ」

「別に俺でも?」

「いいの、ちょっと風が当たるところで話したいし、屋上で電話してくるね」

「分かりました。じゃあ、待ってますね」


 廊下を出るときに先輩の表情は印象的で、少し怯えているようだった。思えば、昼休みにお父さんが会いに来た時も強張っていたし、先輩にとっては両親というものはそのくらいに怖いものなのだろう。


 ただ、そこに入り込むのは俺の役目じゃない。

 なんとか、行きたい気持ちを堪えて待つことにした。






 ☆☆☆




 それから俺は30分近く生徒会室の中で黙って待っていた。

 時間がかかっているので何度も屋上へ向かおうか迷って、生徒会室を何周したか分からない。


 もう、不安で不安で仕方なくて、なぜか俺が緊張で胸が張り裂けそうになったが30分を超えたところで――


 ガラガラガラ。


――と扉が開いた。


「あ、せんぱい――――え?」


 しかし、そこに立っていたのは涙を流しながら満面の笑みを見せる先輩だった。




 




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