第28話「彼氏予行練習」


 そんなこんなで翌日。

 美鈴にもしっかりと話を付けて、俺は生徒会を早めに抜け出して服や話をあわせるためにも彼氏の予行練習をすることにしていた。


 予行練習とは名ばかりで、いつもみたくアニメショップに寄ったりするくらいだとは思うが今回ばかりは心意気を変えていかないと駄目な気がする。


 しっかりと先輩の彼氏を演じて、厳しいと謳われる先輩のご両親を納得させなきゃいけない。


 それに、先輩曰くだが、彼氏とうまくやっているという事実だけじゃ納得させるには程遠いとのことだ。つまり、彼氏役としてどうすればいいか。


 それは将来的に考えて先輩と結ばれることになったとしてもおかしくないような、そんな人間として認めてもらわなきゃいけないということだ。


 信頼に足り、素晴らしい男。

 ご両親の考え方次第だが誰がどう見たとしても自慢になるようなことをするような人間でなくてはいけないのだ。


 それを演じるという意味では、もう始まっている。

 今日の予行練習という名の普通のデートでは演じられるように意識してフル迷うにするつもりだ。



 制服の襟を整えて、トイレで鏡を見ながら髪を清潔感があるように見えるように整えて玄関で靴を履いていると後から遅れて同じくトイレに言っていた先輩も慌てたようにやってきた。


「おまたせっ。待ったかな?」

「さっき来たところですよ。大丈夫ですっ」

「そ、そっか……」


 答えるとなぜか頬を赤くして視線を逸らすのを見て、緊張しているんだなと分かったが俺は訊いてみることにした。


「いつになくって感じですね、先輩」

「え? いつに、なく?」

「いやぁ、だって挙動がたどたどしいっていうか、すっごくおどおどしてますよ?」「うぅ~~やっぱり、そうだよね」

「はい、これはもうハッキリと分かるくらいに」

「だよねぇ……私、今何故かすっごく緊張していてね? ほら、いっつも普通に遊びに行っていたけどさ? こうあんまり考えたことなかったからさぁ……なんか怖いって言うかなんて言うか」

「あはははっ。大丈夫ですよ? 俺もそこそこ緊張してますし!」

「か、彼氏役が緊張されたら困るんだけどっ」

「それは一緒ですよ! それこそどうするんですか? ハグとかキスとかしなさいって許容されたら」

「さ、さすがにそんなことは言わないと思うけどね……」

「先輩、フラグたてちゃってますよ」

「あ」


 ほんの昨日までは泣いていた人とは思えなかったが、そんなふうにちゃっかりしちゃう先輩の姿はこれまた俺を元気にさせてくれる。


 そんな雰囲気が壊れるのは嫌だなと再確認した瞬間だった。




☆☆☆



「先輩、大丈夫です?」


 地下鉄から降りると先輩がホッとした顔で肩を撫でおろすのが見えて、チカホに出たところで声を掛けた。


「えへへ、ちょっとね。トラウマが出来ちゃうと怖くて」

「まぁ、あれは恐いっすよ」

「って、そんなこと言う割には翔琉君は全く大丈夫そうだったけど?」

「うーん。まぁ、なんとか?」

「戦って勝ったもんね」

「たまたまっすよ」


 苦笑いで返すと先輩はまたまたと腕を叩いてくる。

 

 実際のところ、俺だって少し思い出しちゃって疑心暗鬼になることはある。あんな経験、怖いしかない。だいたい、戦ったのだって倒れている先輩とこの前お礼に来てくれた女の子がいたから動けただけであって一人だったらあんなリスクをとることはしない。


 そんなこと言えばもしかしたら色々叩かれるかもしれないけど、メディアには警察が色々と言わないように仕向けてくれたから良かったが今思えばたまたま勝てた戦いを話題にされたら本当にヤバかった。


 というか、戦いにもなってなかった気がするし。先輩守るために体張って飛び込んで、時間稼いでたら勝手に電車が急停止してそのまま不戦勝ていう感じだしね。 


 ただまぁ、今回は色々と意味合いが変わるし、かっこいいところを見せていかないと。

 


「先輩も、あれですからね?」

「ん?」

「別に無理して地下鉄乗る必要なかったんですから、いつでも言ってくださいよ? その、乗りたくなかったら乗りたくないって」

「っ……ははは」


 無理してそうな先輩に忠告すると、今度はなぜだかクスクスと笑い声が返ってくる。


 久々に見る口元を隠しながら笑みを溢すしぐさに見とれながらも、いや、おかしなこと言ったのかなと思っていると再び肩を叩いてきた。


「それはさすがに心配しすぎだよ?」

「えぇ……だって結構フラフラしてそうに見えてたから」

「んーとね、それはね?」


 ん、なんか急に雰囲気変った。

 先輩は自分の長い髪を指でくるくるとさせながら、俺に背中を見せた。


 神の間から見える耳が若干赤くなっていて、それが見えると同時にボソッと呟いた。


「……恥ずかしくてね」


 俺はすぐに声が出なかった。

 

「っ——」


 喉だけが鳴って、思わず先輩の台詞に固まってしまったのだ。


 別に返す義務もないし、何か返す言葉が浮かんでこなかったわけでもないけれど。


 なんか、今までの先輩からは見えなかった姿が見れてしまって頭がボーっとしてしまった。


 すると、あまりにも言葉を返さない俺の方見て振り返り、俯いて呟かれる。


「な、なんか、返してよ……」

「え、あっ——そのぉ……はい、可愛いですねっ」

「っ~~~~」


 土壇場で出てきた中身のない正直な言葉にボーっと顔を真っ赤にする先輩は、それはそれはもう言葉じゃ表せられないほどに可愛かったのは言うまでもないだろう。


 


 

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