第20.5話 閑話「お礼を言いに来ただけです!」


 生徒総会まで残り数日。

 俺たち生徒会メンバーの仕事もいよいよ大詰めで全員が夜遅くまで残りながら作業していると扉がトントンとノックされた。


「ん、誰かな」

「俺が開けてきますよ」


 一旦パソコンを閉じて扉を開けると、そこにいたのは見知らぬ女の子だった。


「あ、あのっ」

「ん、どうしたんですか?」


 震えた声に全員ぴくッと動きを止める。彼女の姿を見れば俺もすぐに状況を理解した。どこか、怯えているような目で追い込まれているように見える。一体、何があったのか想像ができなかった。


「大丈夫?」

「え、ん……そのっ」


 するとその瞬間、ブワッと鳥肌が立ったのと同時に彼女がその場にへたり込んだ。急な出来事になんて声を掛ければいいか分からずあたふたしていると後ろで見つめていた他メンバーがこう言った。


「カケル、何やってるのよ」

「翔琉君泣かせるのは良くないよ」

「翔琉ちゃん、女の子泣かせるのはちょっと」

「よくない」


 まさかの全員から総批判。

 いや、俺悪くないでしょ!

 てか、俺はあまり泣いてる女の子への対処が分からんのよ!


「え、俺ですか⁉」

「他に誰がいるのよ」

「一般生徒を恐喝するのは良くないと思うなぁ」

「あぁ、君大丈夫? 私がいるから安心しなさい」

「……」

「ちょっとみんなして酷いですよ!」


 ムスッとしながらジト目で俺を見つめる美鈴に、ちっちっちと首を横に振りながら注意する先輩。


 そして、鈴夏さんはいつも通りお姉さんのように俺の足元で泣いている女子生徒の背中を擦っている。ちなみに椎名先輩は沈黙と鋭い視線を送っていた。


 いや、怖すぎるだろそれにしても。


 そんな状況にどんよりしていると涙を流していた生徒がゆっくりと立ち上ってこう言った。


「この人じゃなくて、違くてっ……」

「ん、無理しないでいいんだよ?」


 優しく背中を擦る鈴夏さんの手を彼女は払いのけて、横でポカンとしていた俺の手を掴んだ。

 

「え」


 そうして、バシッと足を広げて仁王立ち。

 目元からは恐くなっているのか涙がだらりと溢れている。


 急に何?

 という疑問と流れるように変化していく状況に怖くなった不安が沸々と湧き上がっていく中。


 名前も知らない1学年の女子生徒はガシリと俺の腕をさらに掴みこみながら言い放った。


「ま、前の、通り魔事件でうちのことを助けてくれた松本君に会いに来たかっただけなんです!!!」


 唐突の告白。

 そして、固まる空気。

 刻々と流れる状況は加速した。


「え?」


 庇ってくれた台詞は俺の事をさらに死地へと誘おうとしていた。



 ☆☆☆



「い、いきなりびっくりしたよ~~急に泣きだすし、手を繋ぎだすし、私もびっくりしちゃった」

「ほんとですよ。急に酷い視線で見つめられるし、生きた心地がしませんでしたよ」


 急な展開に皆動きが鈍っていたが、伊達に生徒会長をしていたわけではない先輩が率先して彼女を引きはがして客用のソファーに座らせた。


 そこからはすぐさま分担。

 俺と先輩がとりあえず彼女の正面に座り、手が空いていた鈴夏さんがお茶を沸かす。


 もちろん美鈴はうるさく突っかかってきそうだったのでちょうどやらなきゃいけなかった各クラスの会計録を回収させに行かせた。


 毎度の事こういうことをさせられる美鈴も美鈴だが、最近は扱いが少々酷くて可愛そうなんじゃないかなと同情さえ覚えてくる。


 鈴夏さんがいるせいでそれも顕著だし、姉貴というのが凄まじい権力を持つのか思い知らされたほどだ。女、恐るべし。妹の比ではない。


「あ、お茶どうも」

「んーん。可愛い子にはしっかりとおもてなししなきゃだからね」


 それに、ボーイッシュでもないのに女子の顔を「ぽーっ」とさせる方法を教えてほしいものだ。


「それで、あの、朱莉さん? でしたっけ」

「——は、はいっ!」

 

 勢い良し返事良し。

 

「今日は何しに来たんですか?」

「それはさっきも言ったじゃないですか! 私、松本君に助けられたので色々と積もる話があるので会いに来たんですよ!」

「積もる話?」

「翔琉君、あの時の事は確かに感謝だけど……もしかしてなんかしてた?」


 自信気な赤色ショートカットの朱莉さんの言葉に先輩の耳がピクリと動く。

 

 ギギギとまるでロボットのように俺の方を向くと訝しげな視線を向けてきた。同時に全視線が集まって俺の背筋はゾゾっと冷たいものに撫でられる。


「してないしてない!」

「でも、私と別れた後数分くらい時間あったし……」

「急な憶測たてるのやめてくださいよ! この僕があんな状況で女性にちょっかい出すと思ってるんですか⁉」

「……まぁ、それもそうか」

「そうですよ! ほんと、急に心臓に悪いですって!」


 そっかと認めてくれた先輩。なんとか不名誉な事態は避けられそうだった。さすがにこれ以上色々と疑われるのは嫌だったので色々と話してもらうことにした。


「あの、それで朱莉さんはどこで俺に助けられたんですか?」

「確か、会長さんもあそこにいましたよね?」

「え、まぁ」

「朱莉、その後ろにいたんですよ」

「後ろというと……あ!」


 正直、一緒に寝た記憶で忘れかけていたがなんとか朱莉さんの顔を見ながら思い出していくとふと思い浮かんできた。


「俺が先輩を助ける前に倒れてた人ですよね、手にけがしてて……」

「はい、そうです。危うく殺されそうになったところで見逃されて、その後目を覚ましたら松本君が倒しててっ」

「倒したなんて、あれはたまたまですよ」

「そんなことないです! 朱莉、あれ見てびっくりして! 凄く嬉しくてお礼を言いたかったんですけどそのまま搬送されて……それでどこの人なんだろうって探してたらうちの高校で生徒会にいるって聞いて来てみたんです!」

「それは……別に大したことしてないですって」

「してます! 色々とお礼したいですし、命を救ってくれたんですから!」


 深々とお辞儀する彼女の気持ちは嬉しかったが真面目に何かをしたわけではない。

 それにお礼だなんて……いただいても困るし、隣の先輩の目が怖かった。


「そ、それはまぁありがたいんですけど。さすがに何も――」

「何もできないなら私の体でも!!」

「え、いやそれは!!」

「じゃあそれ以上の事を――⁉」

「どうしてそうなるんですか!!」


 先輩からの視線が痛い。

 わけわからん言われるのは俺の方だと理解してほしいものだ。


「とにかく、気持ちは受け取ったから何かあったらまた来てよっ」

「え、いや私はまだ!」

「いいからほらほらいきますよぉ~~」


 さすがにこれ以上言われると過激なことになりそうだったので彼女は生徒会室から追い出すことにしたのだった。






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