第15話「一方その頃先輩は」


※伊丹真礼


 二人を帰らせた後、私は一人黙々と生徒会室で仕事に取り掛かっていた。


 やっているのは今月末にある生徒総会の提出案まとめに、書記の二人が提出してくれた学級代表会の議事録の確認。そして、再来月に始まる文化祭の原案に、来週の来賓の講演会での挨拶の原稿作り。


 我ながらあまりの仕事の多さにびっくりはしているけど、別に今日中に終わらせる必要はない。


 そりゃもう、現代日本に生きとし生ける残業バトラーの皆さんのようになりたいわけではない。ていうか、社畜なんてお断りだ。


 ただでさえ、精神すり減らす仕事しているって言うのに……この小さい胸を張って、精一杯背伸びして、そして近くには本性を知っている後輩がいて、右往左往して袋小路な私。


 あぁ、もう悲しきかな。


 完璧完璧って後輩も女の子たちも言ってくるけど、私はただ必死に頑張っているだけなのだからあまり言わないでほしい。そんな誉め言葉のために頑張ってるわけじゃないのだから。


 それに、どんなに整っていて、勉強が出来て、スポーツも出来て、生徒会長なんてやっていても皆胸の大きな美鈴君とか他の生徒会メンバーに目が行くし、なんなら後輩まで胸は大きい方がいいとか言う始末だし、私に生きる場所はないのかな?


「はぁ……」

「あらあらぁ。どうしたの、溜息なんてついちゃって」

「っひゃ!?」


 いきなりの声に驚き、ガラガラガッシャンと席から転げ落ちた。


「あ、ごめんなさいっ! 大丈夫、真礼さん?」

「いててて……」

「あぁもう。膝から血が出てるわ。ほらっ、絆創膏つけて」

「うぅ……いっ⁉」

「動かないの、ほらしっかり」

「い、痛いって」

「ほんと真礼さんは見た目通りドジなんだからぁ……」


 そんな風に優しく膝に絆創膏を付けながら言ってきたのは夕立千歳ゆうだちちとせだった。


 黒髪ロングにまん丸の黒縁眼鏡、もちろん大きな胸を宿す私の幼馴染。昔から私の表と裏を知っていながら一般生徒としてたまに協力してくれる憎もうにも憎めない女の子だ。


「ドジって……それとこれとは関係ないし。というか、び、びっくりしたんだけど?」

「それはごめんなさいっ」

「許してもらいたいなら慣れないテヘペロ顔するのやめてくれない?」

「あははは~~。私にはまだ早いかしらね」

「そう言うことじゃないんだけれど……」


 にこやかと笑みを浮かべる彼女。

 ちなみにもう分かったかもしれないが千歳は不思議ちゃんだ。特に名前にさん付けとどんなに親しい人でもそう呼ぶのはその一つに当たる。


 小学生の頃からその気はあったにはあったが爆発したのはつい最近で、中学生になってから天然と揶揄されて一部の女子から嫌われるなんてこともあった。


 もちろん、その時は私が守ったけれど学ばないというかなんというか、お姉さん気質で接することは良いんだけれど同性からあまり人気なタイプではない。


 その点、世の男たちには大人気らしいけどね。


「あ、そうそう。忘れてたわねっ。これ渡したくて来たんだった」

「ん、何?」


 そう言うと千歳は懐から一枚の紙を取り出した。


「生徒総会の5組の案ね、よろしく」

「あぁ、それね。分かった」


 期限はまだ1週間もあるのに、こんなにも早く出してくるのは本当に彼女らしいっていうか。


 天然ちゃんで不思議ちゃんで、それでもおっとりしてお姉さん気質で勉強もできて真面目にこなす学級代表。


 律儀なところとのギャップに惚れるってやつなのかな。


 まぁ、確かに私が男の子だったら好きになってるかもね。


 こんな大きなもの見せられてその上おっとり系天然で、その上勉強もできるギャップお化けなんだから。


「それ、今日はもう終わりかしら?」

「うん。なんか疲れたし、今日は終わりにしようかな」

「分かったわ。ちょうど、私も変える準備できてるから一緒に帰りましょ」

「ちょうどってそのつもりで来たくせに」

「さっすが真礼さん、私の考えはお見通しなのかしら?」

「そうでもないわ、たまたまね」


 そう呟くとやや不服そうな表情をして俯く千歳。

 なぜだか悲し気にする彼女を前に、私は思う。そういうところがよく分からないんだよね。




★★☆



 すっかりと暗くなった帰り道。最近はよく翔琉君とばかりいっしょに帰っていたためあまり千歳と帰ってはいなかったけど、二人で歩くのはなんか不思議と懐かしくは感じなかった。


「久々なんだよね、一緒に帰るの」

「そうかしら? この前も帰った気がするけれどねぇ」

「いつ?」

「うーん。多分半年前くらい?」

「それを人は昔って言うんだよ、さすが千歳脳ね」

「んもぉ、照れるわぁ」

「褒めてないわ」

「それほどでもぉ」


 どこかの夕方でやっているクレヨンの男の子を連想させるやり取りだったが千歳と私にとってこれは日常茶飯事だった。


 特段ふしぎなことでもないため、私はそんなA級のボケもかわして悩み相談をすることにした。


「ねぇ、相談いい?」

「相談? 何々ぃ、恋愛でもしてるの?」

「まぁ、そうなのかなぁ……」

「おぉ~~ようやく真礼さんに春が来たのね!」

「言い方……そんなあたかも私に恋愛なんてなかったみたいな言い方して!」

「そりゃそうよぉ? こんなに一緒にいても男っ気一つもないんだから」

「……そう言うこと言われると何も言い返せないんだけど」


 ぐぬぬと服の端を噛むことしかできない私がどんなに虚しいことか。

 あれだけもてはやされても、恋愛という一戦場では私の武器などないに等しい。あんなカール自走臼砲みたいな爆弾級の武器もちこまれたら私なんて木っ端みじんだ。


「それにしても、誰なの? もしかして、あの書記君?」

「うぐっ……どうしてそれを」

「そりゃぁ、私がどれだけ真礼さんと一緒にいると思っているの?」

「11年間だけど」

「それじゃあお見通しね!」


 お互いがお互い掠り合っているのはこれまた不思議なことだ。


「でも、ちょっと違うけどね?」

「え、違うの?」

「うーん。半分当たってるっていうか、当たってないって言うか、そんな感じかな」

「どういうことかしらぁ?」


 説明は正直言うと難しい。

 人を好きになるのには理由はないというけれど、かく言う私もそれだからだ。


 ある日、細々と生きる気力すらも失ったような男の子を拾って、それから一人で生きていられるように見守っていく毎日。


 最初こそなんで話しかけたんだろうなとも思ったけれど、そこから彼の心の内を見ていく中でだんだんと惹かれるようになった。


 そんな感じだ。

 でも、正直それが本当に好きな気持ちなのかも分からないし、これからの立場的なものを考えて付き合ってしまうのも憚られる。


 何より、本人から何も思われてないところだ。

 事あることに彼はアピールしてくるしそれにキュンキュンしちゃう私も私だけど、翔琉君自体が何もアクションを起こしてくれない。


 1年もいるんだよ?

 そろそろ何かしてくれてもいい頃合いだ。

 来年からは受験生で今以上に勉強しなきゃだって言うのに、何もしてくれないんだから私からアクションを起こして受け入れてくれるはずもない。


 それに、そうでもしなきゃ来年くらいに私は……やだよ、そんなの。


 やっぱり、男は胸なの?

 それが結論だよ! 

 貧乳じゃ悪いですか⁉


「なんて顔してるのよぉ」

「頭の中で壮絶なる戦いをしてきたからね」

「これまた熱い夜を妄想で……」

「お、おい! それは勘違いだぞ!」

「お盛んでございましてぇ、幼馴染として冥利につきまして」

「ち、違うって! だから、そんなんじゃないし! ただ、なんでかなって考えてただけだし!」

「そうなの?」

「う、うん」

「まぁ、真礼さんが言うならそれでもいいかしらねぇ」

「信じろ」

「うーん。でも、あれじゃないのかしら? 恋は戦って言うし、ことを敷いては仕損じぬとも言うわぁ。あんまり急いで戦ってしまったらそれこそ袋小路。ゆっくりと進めばいいんじゃないのかしらねぇ」


 散々と馬鹿にしてきたと思ったら唐突に真面目なことを呟いてくる彼女の言うことは確かに的を射ていた。


 たかが1年。

 そんな程度であんまり考え込むのもおかしいって言う話は確かになと腑に落ちる。


「ひとまずは、流れに任せていくのもいいなじゃないかなって私は思うわよ?」

「流れに身を任す、か」




 そうして、一週間後。

 まさかゆっくりと行こうと思っていた矢先にになるなんて思ってもいなかった。

 




 


 

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