第13話「烏目美鈴との下校」
そして、殴られた腫れも徐々に引き、すっかりと元の期限に戻った美鈴と先輩と共に仕事を終わらせたのち。
他に仕事があると言っていた先輩を学校に残して帰ることになった。
いつも登下校する帰り道は夕立が降ったのか地面に水たまりができていて、沈んでいく夕日がそんな水たまりを綺麗に彩っていた。
ぽつんぽつんと木の上から滴り落ちる雫に耳を澄ませながら歩いていく。隣に見える顔は小学生の頃から見ている幼馴染のムスッとした表情だった。
「カケルと一緒に帰るのは久々ね」
「んー、そうだな。いつから帰ってないっけ?」
「高校初日は……そうだ。途中であいつに邪魔されたんだったわね」
「あいつ呼ばわりはするなよ。そういう美鈴もあの日誘われただろ、生徒会に入らないかって?」
「それとこれとは別よ。だいたい、生徒会に入ったのはカケルが心配だっただけだし」
「本当に美鈴は心配性だなぁ。別に気にしなくて大丈夫なのに…ほんと、それが副会長までやってると、何が起こるか分からないもんだな」
「別に……まぁそうね」
今となっては懐かしいのだが、あれはまだ数か月前の事だ。
合格して勧誘を受けて、それを怪しんだ美鈴がついてきて雑用係として始めたはいいもののそれまで副会長をしていた人が転校を理由にやめちゃったところで仕事ができる美鈴になったんだっけか。
ちなみに俺はたまたま席が空いていた書記になっただけだったけど、この学校で1年生ながらに副会長になれるのは中々すごいことだ。
もちろん、美鈴が嫌がっている男からの熱い視線もそうだし、女子からだって色々とアプローチされる。まぁ、それも全部美鈴がいらないと粉砕したんだけどな。
この高校での生徒会と権限は強い。それを手にした若き美鈴は俺よりも凄いものを持っている。
小学生からずっと見てきてよく知っているのは俺だからな。
「カケル」
「ん、どうした?」
「パン屋さん寄っていい?」
すると、少し恥ずかしそうに美鈴は言い出した。
「パン? 高岡さんのところ?」
「うん。なんかメロンパン食べたくなっちゃって言うか、カケルと行きたくなったって言うか」
「ははっ。美鈴って結構子供趣味なところあるからな」
「子供で悪かったわねっ」
「悪くはないって、ほら、いつもツンツンしてるのにそう言うところは甘いだろ? ほら、コーヒーだって飲めないところとかさ」
「飲めなくて悪いわね……だって苦手なのよ、苦いのが」
「甘いの大好きだもんな」
「えぇ。でも、わたしってそんなにツンツンしてるの?」
「うーん。他の人と話すときは結構してないか?」
「……分からないわ」
自覚なしか。
美鈴はそう言うけど、先輩の裏の顔よりも美鈴の裏表というか、俺と俺以外へのあたりはわかりやすいくらいに違う。
先輩の場合は生徒会長モードも友達モードの顔も年上の威厳を残しながら話してくるけど、美鈴の場合は同い年だしそう言うのは全くない。
口調が変わるというよりは話し方がマイルドになるというか。幼馴染として長い間を一緒に過ごしてきた弊害なのかな、これが。
「まぁでも、人間って裏の顔がない方が珍しいからな。むしろ人間味があっていいな、そっちのほうが」
「遠回しにディスられてる気がするんだけど……」
「褒めてるから安心してくれ」
「そ、そうならいいんだけど」
「おう。それじゃ、パン屋行くかっ」
「えぇ、そうねっ」
甘いもの、いかにも女子っぽいものが好きな美鈴を横目に俺たちはいつもの帰路から少し離れた。
帰路を離れてから10分ほど。
俺たちの母校の小学校が見えてきてボールを持った小学生が返っている横を歩いていくと昔からお世話になっているパン屋さんが見えてきた。
「こんちは~~」
「こんにちわ~」
古めかしい扉を横開きでガラガラと開けて中に入るとよく見た顔が出迎えてくれる。
「あらぁ、二人とも! いらっしゃい」
にこやかと出迎えてくれたのはかれこれ10年近い付き合いになる高岡のおばさんだった。
「おばさん、こんちは」
「うん、こんにちはぁ。今日は美鈴ちゃんだけかい?」
「え、まぁ。先輩はまだ仕事してるんで」
「あら、生徒会長さんも忙しいのねぇ」
「特殊な学校ですからね、生徒会の権限も強いのも相まって仕事がたんまりで」
「もう社会経験みたいなものなのね。二人とも凄いわよ」
「あははは、お世辞はそこまでにしてくださいって」
談笑している中、美鈴と言ったら挨拶も知らんぷりで後ろのパンの一覧を眺めていた。
「それにしても、美鈴ちゃんはずっとあんな感じよね?」
「え、まぁ……」
さすがに苦笑いが漏れる。
振り返ればまるで盗み食いする泥棒みたいな貧相な仕草で美味しそうにパンをトレイに乗せてを繰り返していた。
「美鈴、あんま食べ過ぎんなよ、太るぞ?」
「……うっさい! 太ってないし!」
「太ってるとは言ってないって。せっかく男子に人気な体がだらしなくなったらあれだろって言ってるだけだよ」
「別にどうでもいいもん、あんなやつら。サルみたいでキモイ」
「……そこまで言うなよ」
ほんと、ギャップ萌えなのかは分からないけど、この学校の男子たちはこんなこと言う女子が好きなのか……理解ができないな。
「とりあえず、じゃあ俺も一つだけ買っていきますね」
「うん。よろしくねぇ~~」
そう言ってパンをいくつか買って薄暗くなった道を帰っていく。
久々の買い食いにちょっとだけ悪いことをしている気分になったがこれはこれでいいものかもしれない。
「カリカリもふもふっ!」
紙袋に入ったパンをバクバク食べまくる美鈴。
どこかの炎髪灼眼の討ち手みたいなことを言いながら食べる姿に笑みがこぼれる。
俺もそんな幼馴染の顔を見て、買った焼きそばパンを口の中に入れる。変わらない懐かしい味だが、それがまたいい味で一つ食べれば手が止まらない不思議な力が宿っていた。
「んっ、うまいな」
「はむっ」
「ん」
誰もいない道で咀嚼音が響く。
一個食べ終わったところで美鈴が何やら見つめてきた。
「どした?」
「え、いや、なんでもないわ」
「たべたいのか?」
「……う、うん」
ペコリと頷き、申し訳なさそうな瞳を向けてくる彼女に俺は食べかけのパンを向ける。
「じゃあ、俺も食べさせてよ」
「え、あぁうん」
お互いに食べかけのパンを交換して、俺はパクリと一口。
「おぉ、さすがだな。めちゃうまいっ」
「か、かんせt……kいs」
「美鈴、食べないのか?」
すると、もぐもぐしている俺の方を見つめてくる美鈴。その手には手が付けられていない食い欠けの焼きそばパン。
「な、なんでもない!」
お腹いっぱいなのかな、そう思って声を掛けるとなぜか逆上した。
「はむっ、はむっ!」
「って、お前、全部は——」
「んんん!!!」
なぜか切れだした美鈴によって俺の焼きそばパンは全部なくなった。
「お、おい……」
「ん! はえひて!」
「え、ちょっとメロンパン全部――」
一口だけ食べたメロンパンもさっと奪い取られて一気に食われてしまう。頬を膨らませてムスッとした表情で睨みつけてくる美鈴。
「知らないわよ!」
「えぇ」
急なツンツン態度に振り回されながら今日も今日とて一日が終わったのだった。
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