第24話〔左足の裏が痒い……〕


24〔左足の裏が痒い……〕   





 左足の裏が痒くて目が覚めた。


 覚めたと言っても、頭は半分寝ている。無意識に膝を曲げて手を伸ばす。


「まただ……」


 そう呟いて、あたしは再びまどろんだ……。


 目覚ましが鳴って、本格的に目が覚める。


 お布団をけ飛ばしてササッと着替えて時計をチラ見。


 ……58秒


―― よし、2秒早い ――


 やっと1分を切って、小さくガッツポーズ。


 そして、お手洗いと洗顔、歯磨き。


 それから部屋に戻って、制服に着替える。そして、念入りにブラッシング……したいとこだけど、時間がないので手櫛で二三回。自慢じゃないけど髪質がいいので、特にトリートメントしなくても、まあまあ、これで決まる。


 むろん、セミロングのままにしておくのなら、これでは気が済まない。キュッとひっつめてゴムで束ねた後、紺碧に白い紙ヒコーキをあしらったシュシュをかける。



 これで、標準的なフェリペ女学院の生徒の出来上がり。



 お父さんが出かける気配がして苦笑、直ぐにお母さんの声。


「早くしなさい、遅刻するわよ!」


 遅刻なんかしたことないけど、お母さんの決まり文句。あたしと声が似ているのもシャクに障る。


「はーい、いまいくとこっ!」


 ちょっと反抗的な感じで言ってしまう。実際ダイニングに降りようとしていたんだから。


 お父さんが、ほんの少し前まで居た気配。お父さんの席に折りたたんだ新聞が置いてある。


「まだ、そこに新聞置くクセ治らないのね」


「え……」


 洗濯物を、洗濯機に入れながらお母さん。


「そういうあたしも、お父さんが出かける気配がするんだけどね」


 と言いながら、ホットミルクでトーストとスクランブルエッグを流し込む。


「また、そんな食べ方して。少しは女の子らしく……」


「していたら、本当に遅刻しちゃう」


「それなら、もう五分早起きしなさい!」


「こういう朝のドタバタが、年頃の女の子らしいんじゃん」


「もう、減らず口を……」


「言ってるうちが花なの。ねえ、一度トーストくわえたまま、駅まで走ってみようか!?」


「なにそれ?」


「よくテレビドラマとかでやってんじゃん。現実には、そんな人見たことないけど」


 これだけの会話の間に食事を済ませ、トイレに直行。入れてから出す。健康のリズム。


 消臭剤では消しきれなかったお父さんのニオイがしない。ガキンチョの頃から嗅ぎ慣れたニオイ。




 これで、現実を思い知る。




 お父さんは、もういない……三か月前の事故で、お父さんは、あたしを庇って死んでしまった。


 最近、ようやくトイレで泣かなくなった。


「よし、大丈夫」


 本当は学校で禁止されてんだけど、セミグロスのリップ付けて出発準備OK!


「いってきまーす!」


「ちゃんと前向いて歩くのよ、せっかく助かった命なんだから」


 少しトゲのある言い方でお母さん。


 あのスガタカタチでパートに出かける。あたしによく似たハイティーンのボディで。


 あの事故で、お母さんはかろうじて脳だけが無事で、全身、義体に入れ替わった。オペレーターが入力ミスをして、お母さんの義体は十八歳。


 一応文句は言ったけど、本人は気に入っている。区別のため、お母さんはボブにしているけど、時々街中で、友だちに、あたしと間違われる。


 駅のホームに立つと、急ぎ足できたせいか、また左足の裏がむず痒くなる。



 保険の汎用品なので、痒みは感じないはずなんだけど……。

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