第23話『恋する式神』
23『恋する式神』
「to Newyorkって言うと二枚切符が出てきたの」
「え……」
「分からなきゃ、いいです」
瑞希は、素っ気なく言った。英語科準備室は、あちこちで忍び笑いが起こった。
「それ、toとtwo(2)のひっかけですよ」
野崎先生が解説してくれて、やっとボクも笑えた。
瑞希の目が輝いた。
「これじゃ通じないんだと思って言い直すの。for Newyorkって、そうすると四枚切符が出てきて焦っちゃう。で、思わず、えーと……って言ったら八枚出てきちゃった!」
アハハハハハハハハ
準備室は大爆笑になった。
瑞希は、時々準備室に来て質問する。で、そのあとに、こういうジョ-クを言って行く。
ボクは、瑞希のジョークをそのまま授業で使わせてもらって、なんとか面白い英語の先生でやってこれた。
新採のボクは、最初のころ、授業がまるでダメ。五月の連休頃には、すっかり自信を失っていた。
ボクは早稲田の英文科を、かなり良い成績で卒業し、自信満々で、この神楽坂高校に赴任してきた。
しかし、自分が出来ることと、上手く教えられることが別物であることを、その一カ月足らずで思い知った。
お袋は、ダメなら、さっさと辞めてうちの仕事を手伝えと言う。
実家は、有限会社で、小なりと言え貿易会社である。ボクには親父のような商才がないので、教師になったが、これもうまく行かない。それまで、勉強については順風満帆だったので、正直落ち込んだ。
で、連休が明けて最初の授業のA組に行くと、転校生で阿倍瑞希が来ていた。
パッとしない黒縁のメガネにお下げという姿で、およそ、今時の可愛いという基準からはズレた子だった。
でも、授業は熱心に聞いてくれ、その時間の終わりには、この学校に来て、初めて授業らしい授業ができた。
瑞希は、よく質問に来るようになった。で、オヤジギャグみたいなジョークを披露していく。
で、気づいたら、授業で、そのジョークを言ってしまう。瑞希は、自分が教えたくせに、みんなといっしょになって笑っている。おかしな奴だ。
極めつけは、AETのジョージに授業中に「こう言ってみて」というやつだった。
小道具まで用意してくれた。学級菜園で採れたジャガイモが、黒板の前に並べられていた。ジョージはアイダホの農家の出で、ジャガイモが懐かしいらしくいじりだした。
「ジョージ、掘った芋いじっでねえ」
「オー、イッツ、ツーオクロック」
教室は、爆笑の渦になった。
What time is it nowになることに、初めて気づいた。
そして、二学期の期末テストが終わった日、廊下で瑞希と出会った。下校するんだろう、いつものお下げを毛糸の帽子の中に入れて、ダサさが、いつもの倍ほどになっていた。
「先生、英語の詩を作ったの。聞いてくれる?」
「うん。じゃ、準備室行こうか」
「ここで。あんまり時間ないから」
「うん、いいよ」
瑞希は、白い息一つして言った。
「あ、その前に。あたしが口走ったジョークは、オリジナルじゃないの。先生は、そのへんの研究が足りません」
「あ、そうなんだ」
「じゃ、いきます。ホップ、あなたに近づいて。ステップ、あなたに恋をして。ジャンプ……しても届かなかった」
「ハハ、なかなかいいじゃないか」
「タイトルは『恋の三段跳び』だよ」
「ピッタリのタイトルだよ」
瑞希は、なにか言いごもって、うつむいた。
「どうした……?」
「最後に、あたしの顔見て」
「え、いつも見てるよ」
「これが、ほんとのあたし……」
瑞希は毛糸の帽子とメガネを取った。
息を呑んだ。
ロングの髪がサラリとあふれ、切れ長の潤んだ目が、眉に美しく縁取られていた。瑞希は、こんなに綺麗な子だったんだ……。
「じゃ……じゃ、さよなら!」
瑞希は、廊下を小走りに下足室に向かった。
「瑞希!」
ボクは、思わず後を追った。
ウロウロと昇降口のロッカーの谷間を探したが見当たらない。
瑞希のロッカーの下に、白い紙の人型が落ちていた。拾い上げてみた。
an obstinate personと書いてあった。
朴念仁か……。
その夜、お袋からメールが来た。
祈願成就のお参りが満願になったと……神社は清明神社だ。
式神の写メが添付されていた。
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