第16話『ハッピーウォッチ』

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16『ハッピーウォッチ』  




 ちょっと前のコマーシャルで、渡辺謙や桑田佳祐が人格化したスマホになって持ち主と会話するというのがあった。


 ほのぼのとしたコマーシャルで、続編がいろいろ作られている。


 アイデアとセンスのいいコマーシャルだと微笑んだ人が多いのではないだろうか。



 でも、あれは事実なんだ……と、言ったら驚くだろうか。



 わたしが使っている腕時計は二代目である。


 初代はSEIKO5という自動巻で、高校入学の時に叔父からもらったもので、32歳のときまで健在だった……。


 と、書き出したら、本箱の隅に置いていたSEIKO5が、こう言った。


「まだ現役だわよ」


「ちょっと待ってね」と、ボクは本棚に目をやる。


 名前の通りSEIKO5は女の子である。読めば分かると思うがSEIKO=セイコである。


 自意識の強い子で、動いている間はチ、チ、チ……と、絶えずボクの行動に舌打ちしている。


 セイコは本体は健在なのだけど、ステンレスのベルトが16年間の使用でだめになった。


 ベルトを交換しようと思って時計屋さんのウィンドを覗くと、3600円と正札が掛かっていた。


 当時のわたしの給料は16万円。小遣いは3万円だった。



 で、考えた。



 セイコというのは几帳面な子なんだけど、絶えず腕にはめて構ってやらないとスネて、すぐに止まってしまう。


 ひらめいて、家電の量販店に行った。


 ショーケースに並んでいるのはどれも電池式多機能のデジタル時計ばかりだった。


「浮気するのぉ?」


 セイコが口をとがらせた。


「ちがうよ、スペアの時計にするんだ。セイコのボーイフレンドになるようなさ」


「え、ホント!?」


 セイコがときめいた。


 セイコといっしょにショーケースを覗いた。


「女の子はだめよ。かっこいい男の子にしてね」


 セイコのきびしい面接に合格したのはカシオ君という多機能時計だった。


 時間はもちろん、ストップウォッチ、万歩計、消費カロリーまで計算してくれる。


 マイナーチェンジした二代目なんだそうだが、不器用なボクは時計としての機能しか使えていない。


「フフ、使いこなせないんじゃない」


 セイコはボクのことをよく知っている。なんせ高校一年からの付き合いである。


 カシオ君はセイコのように舌打ちすることもなく、ボクの腕で時を刻んでいた。


 冠婚葬祭の時はセイコにした。


 カシオ君のボディーはブラックだけれど、ついている四つのボタンは鮮やかなオレンジ色で、式服を着ると、いささか目立ってしまう。


 で、この二つの時計は平和に共存していた。


 このカシオ君は優れもので、25年間も電池を交換せずにすんだ。ちょっと信じがたいことだけど、ある日液晶の文字盤が息絶えそうに薄くなったとき「えーと……」と考えると25年であった。考えているうちに、液晶の文字盤が消えてしまった。


「ほんと、あなたって無神経なんだから」


 セイコの蔑む声がした。付け替えたベルトが黒の合皮の安物なので、機嫌が悪い。


「ごめんね」


 一言応えてやると、シルバーのミニのワンピースに黒のベルトをルーズに締めていた彼女は、ボクの腕に絡みついてきた。




 時計屋さんに行った。




 すぐに見つかるだろうと思ったら、なかなか見つからない。やっと、商店街の外れに見つけた。


「すみません、電池の交換してもらえますか……」


「これは……年代物ですなあ」


 時計屋さんは、そうつぶやいてカシオ君の裏蓋を外そうとした。


「なかなか外れませんなあ……」


 思いのほか、時計屋さんは難渋した。


 そこに電話がかかってきて、年代物の黒電話を持ってオカミサンが出てきた。


「お父さん、電話」


「すんません、ちょっと家内にやらせますわ」


 奥さんが代わって、裏蓋を外す……四つのネジの二つまで外したとき、セイコが舌打ちしながら言った。


「恥ずかしいのよ、ちょっと横向いていてあげて」


 わたしは、店の奥の棚に並んだ時計たちに目をやった。左手に絡みついたセイコは、いたわるように中身をむき出しにされ、電池を交換されているカシオ君を見つめていた。


「はい、直りましたよ。元気な娘(こ)だけど、大事にしてあげてくださいね」


 奥さんは自然にそう言って、クリーニングスプレーをかけた。


「え、これって、女の子なんですか……?」


「ですよ、セイコとペアのカシオでしょ」


「え、まあ……」


「カシオでペアだから、カシオペア。ギリシア神話に出てくるエチオピアのお妃さま。で、マイナーチェンジの二代目だからアンドロメダ。ギリシア神話の中でも、トップクラスの可愛い娘さんですよ」


「はあ、……」


 ハンチクな返事をしていると、奥から、ご主人の声。


「おーい、電話かわってくれって」


「え、クロノスさんじゃなかったの?」


「アルテミスちゃんにかわっちゃった」


「やれやれ、あの娘、長話だから……」


 一瞬目が回った。



 気づくと、そこは、商店街のはずれの空き地だった……。



 今は、座卓の上に二つの腕時計は仲良く並んでいる。


 油断すると直ぐに人の姿になり、妹の栞(しおり)と、お喋りなんかしている。


 女という字を三つ重ねると、どうしてもそうなってしまう。



 ファンタジーの世界も例外ではないようだ……。

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