第14話【大西教授のリケジョへの献身・3】

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14【大西教授のリケジョへの献身・3】   





 明里は夜を待っていた。


 研究室の中は、何度か来て様子が分かっている。


 廊下には監視カメラはあるが、研究室にはない。幕下大学の予算上の問題なのか、研究の秘密を守るためなのかは分からない。


 明里は、LEDのライトにブルーのセロハンを被せ、部屋の目的の場所に向かう。狭いロッカーに夕方から籠もっていたので、体のあちこちが痛い。



「イテテ……これね、スタッフ細胞は」



 これだけの大発見の研究対象を、ほとんどセキュリティーなしで保管している。


 大学も瑠璃の助手という身分の軽さ、若さ、そしてまだまだ動物実験の段階であることなどで、マスコミが騒ぐほどには関心を持っていない。失踪した大西教授のことも半年の休職期間が過ぎれば退職処分にする予定だ。


 だから、明里は半月ここに通い、研究室の内部や、機器の操作を覚えていった。父を取り戻すために。父が退職になれば、大学を続けることも難しくなる。人より少し見場がいいというだけの母は生活能力はゼロである。


 カチャリ


 コピーした鍵で、スタッフ細胞の保管庫はあっさり開いた。


 覚えたマニュアル通り、左腕の皮膚にチクッと針をたて、切手大のスタッフ細胞の膜を貼り付けた。薄い膜は血を吸って、ピンク色になったかと思うと、数分で、皮膚と同化した。


 一瞬不安がよぎる。


―― 二十歳のあたしが、三十年まえに戻ったら、赤ちゃん以前……存在さえしなくなるんじゃ ――


 でも、明里は好奇心と欲望と、もう一つ訳の分からない感情に身を任せた……。



 朝日のまぶしさに気が付くと、同じ研究室の床に寝転がっていた。



「失敗?」



 思わず声が出たが、見渡した研究室の様子が少し違った。


 机や椅子に木製のものが混じっている……机の上にパソコンやモニターがない……そして決定的だったのはカレンダー。


 日付は1985年、昭和60年の5月になっている。


「か、鏡……」


 立ち上がると、すぐ洗面の鏡を見た。心配していた消滅は起こっていなかった。


 そして微妙に変化があった。


 おでこに出来ていたニキビがきれいに無くなっている。頬に触れると不摂生からきていた肌荒れもなくスベスベになっている。ネイルカラーが無くなり5ミリほど伸ばしていた爪はきれいに切りそろえられていた。耳のピアスの穴も無かった。床を見ると、渋谷で買った星形のピアスが転がっている。


 そして、暑いことに気が付いた。夕べは2021年の2月にいたので、ダウンジャケットにムートンのブーツである。


 明里は、ダウンジャケットを脱いで、ブーツを誰のものともしれないサンダルに履きかえた。


 しかし、まだ暑い。


 モコモコになるのが嫌いな明里はジャケットの下は厚着はしない。それでもタイツと、シャツの下のヒートテックは暑苦しい。


 時計を見ると、まだ7時過ぎ。こんな時間に来る者もいないだろうと、タイツを脱いで、ヒートテックを脱いだところで、研究室のドアが開いた。


「あ……」


「う……」


 明里の上半身は、ブラ一枚だった。


 で、その姿に驚いているのは、写真でしか見たことのない若い日の父であった……。

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